平成14(2002)年 6月の記録(新しい日付けの順)

平成14年 6月30日(日)

 今日で一年の半分が終わる、終日殆んど雨。
 
 ロフトのシャックの整理とライブカメラの過去ログのCDの焼き付け作業の続きをするが、溜まりに溜まったデータの多さにどうもスムーズにいかない、大量のデータだとこんなにも遅いものか。

 哲兄からメール、いよいよ7/3ブラジルへ出立とのこと、向こうでの健闘と二年後の無事の帰国を祈る。


平成14年 6月29日(土)

 夜半よりかなり大量の雨、九州南部では更に大雨とか。
 
 そんなわけで、今日は週刊誌を買いに出ただけで、屋外の作業は無し、ロフトのシャック周りの雑物を屋根裏に上げたり、通販で届いたドライブを交換してCDの焼付作業などで一日終わる。
 

平成14年 6月28日(金)

 そろそろ天気が崩れそうなので、午前中に裏の梅を採る、梅干用である、4キロくらいはあっただろうか。

 夕方、昭元さんが山から薪用の落葉樹を積んで来てくださる、冬に備えて乾燥をさせるため積み上げる、これから何度か運んで下さる由、有難い。


平成14年 6月27日(木)

 晴れ。
 
 午前中、母を大阿蘇病院に、昼からカミサンを温泉病院の母親学級に。その間に本日リニューアルオープンしたホームワイドで買い物をする。6000円のアーク溶接機など買い込む。この溶接機は1.6mmの棒までしか使えないが、家でチョッと付けるくらいならこれで十分だろう。


平成14年 6月26日(水)

 曇り時々小雨。
 
 職安で最後の失業認定を受ける、爾後完全に無収入となる、果たして大丈夫なのか。まあ飢えることはあるまいが。
 
 カミサン温泉病院に、二週間毎の検診。

 本日ホームページのカウントが10,000人に到達した、偏にライブカメラの効果だろう。


平成14年 6月25日(火)

 小雨時々曇り。
 
 通販でCD-RWドライブを注文する。
 
 午後から時々残る小雨の中、大石の移動作業をする、これで大体片付いた、さあ倉庫をどう作るか、これからの予定は全く立っていない。


平成14年 6月24日(月)

 今日は前線が停滞して、一日中、大雨と言って良いくらいのたっぷりの雨が降った。
 
 CD-RWドライブが不調でどうしてもうまく作動しないので市内まで買いに行ったが、今やSCSIインターフェースのドライブはもう殆んど無く、ATAPIとUSB接続のものばかりである、仕方が無い、通販で探すか、秋葉原が無いことが田舎に住んで唯一不便だと感じる部分である。


平成14年 6月23日(日)

 晴れ。
 
 浅山滉兄が昼頃寄ってくれる。昨日市内で用があって近見に泊り、今朝、伸さんの所に行ってから来てくれたのである。

 朝一番で波野の道の駅に蕎麦粉を仕入れに行って、昼食は小生の打った蕎麦を供した。

平成14年 6月22日(土)

 晴れ。
 
 イクさんの指導で先日漬けたタクアンの漬け替えをする。塩に漬けていた大根をビール漬けにするとのことで、ビールと砂糖を使って漬け直す。3〜4日で食べられるようになるそうだ。

 午前中、家族総出でジャガイモの収穫をする。涼が植えて行った株はまだ少し早そうなのでその分を残して全部掘り出した。

 株によって、ジャガイモの大きさに非常にバラツキがある(良く出来た方の画像、右が男爵、左がメイクイン)。

 種芋の良し悪しもあるのかもしれないが、多分、土を深く耕さなかった所の芋が小さくて、良く耕した所の芋が大きいような気がする。

 また種芋を浅く植えた所だと思うが、芋が表面に顔を出して太陽光線に当たって青く変色してしまっているものもあった。

 全体的には小さな芋が多かったようで、初めてのジャガイモ作りの経験は、次回の作付けに大いに勉強になったと思う。

 男爵とメイクインと合わせて何十キロあったろう、食べる度に掘り起こせればいいのだが、そうはいかないようで、とりあえず日の光の届かない床下に運び込んだが当分イモ尽しの毎日になるのかな。


平成14年 6月21日(金)

 昨日の午後から雨が上がり、曇りの朝を迎えたが、その後は晴れ上がる。
 
 今日は夏至である。冬は米塚あたりに沈んでいた太陽が、鞍岳の近くまで移動している 。

 途中遮るもののない所に住んで、毎日こうして山の端に沈む太陽を眺めていると、昔の人が太陽の運行などから自然に暦を生み出していったことが分かるような気がする。

 新聞に柴犬の雑種の里親探しの広告が出ていたので朝一番で電話をしたが、昨日の夕刊に載ったとのことで、昨夜のうちに既に決定済とのこと、いつもこうだ。

 ここは夕刊が無い地区なので夕刊の広告が翌日載るのだろう。同じ購読料を払っているのにこのようなハンデがある、不公平の感は否めない。

 今回電話をした御宅は、偶然にも我が家と同じ姓、9月頃また生れるだろうから、その時には電話をくれると約束してくれる。


平成14年 6月20日(木)

 昨夜から本格的に降り出した雨で大地も十分に潤い、周りも一層緑を濃くしている。

 午前中母を大阿蘇病院に。


平成14年 6月18日(火)

 晴れ。
 
 午前中、農協売店までイクさんの農薬購入にお供、ついでに小生も雑草刈鎌と追肥用の肥料を買ってくる。

 イクさんの指導で我が家の大根を抜いてタクアン作りをする。


平成14年 6月17日(月)

 晴れ、時々曇り。

 午前中、母が梅酒を漬け込んだ、5キロ造ることにした、一体誰がこんなに飲むのと母は呆れ顔、少々造りすぎたか。

 午前中、刈払い機で倉庫予定地の雑草を刈る、この時期、あっという間に雑草だらけになる。


平成14年 6月16日(日)
 
 倉庫予定地に積んであった伐採した竹の枝をはらって燃やした、この時期の焚き火は暑い。

 母が、昨日収穫した梅を焼酎に漬けるべく一つ一つ布巾で拭いてヘタを取った、漬け込みは明日にすることにした。


平成14年 6月15日(土)

 今日も快晴。
 
 昼から家族総出で梅を採る。全く手入れをしていないので、店頭に出るような綺麗なものではないが、無農薬の梅がたわわについていた。量ったら7キロくらいあった、これで梅酒を造るのだ。

 我が家の作物でキュウリはよく出来ている、でも一番の出来は大根である。どうだ見てくれ!カミサンの足と比べても遜色ないだろう


平成14年 6月14日(金)

 晴れ。
 
 トウモロコシに追肥をする。


平成14年 6月13日(木)

 畑のキュウリ類の支柱を何本か作り、雑草を少し抜く、天気は晴れ。
 
 夜、6月定例の宿場会。嘉悦先生の坂梨宿の古文書講義あり。この中にも太邑が出てきた。

 宿場会の地図作成委員会が発足、小生もメンバーになってしまった。


平成14年 6月12日(水)

 今日は気持ちよく晴れた。
 
 午前中はカミサンを温泉病院に。
 
 午後はダイニングからデッキへの出入口の網戸の取り付け作業をする。


平成14年 6月11日(火)
 
 母、二週間ぶりにNTT病院に。術後の経過順調の由、一ヵ月後メガネの調製とのこと。

 台風は九州南端沖をかすめて四国沖を進んで低気圧になった模様、今日は時々強い雨が降り、大地が潤う。


平成14年 6月10日(月)

 二日ほど姿を見せなかったコラッが夕方顔を見せる、てっきり何処かで死んだかと心配していたのだが、どっこいしっかりと生きていた。

 夕方から台風接近により雨模様、同時に九州地方梅雨に入る。


平成14年 6月 9日(日)

 晴れ。
 
 今ひとつ、体調すぐれず、作物用の支柱にする竹を数本まとめる他はほぼ完全休養、全く外出せず。


平成14年 6月 8日(土)

 昨日午後から強烈なめまいに見舞われ、本日も不調につき活動はほぼ全休。
 めまいは持病のようなもので一年に何回かは襲われる。自己診断だが「良性の頭位性めまい」だと思っており二三日もすると収まる。


平成14年 6月 7日(金)

 昨日、佐藤建設の西森愛子さんがご主人と一緒に届けてくれたイネゾウムシの殺虫剤を朝一番で散布した。

 一昨日、建築端材を薪に、と届けてくれた際に、我がミニ水田にイネゾウムシが発生しているのを見て家から殺虫剤を持ってきてあげると言ってくれていたのである。

 そのまま投げ入れるとオブラートのように袋が溶けて、薬剤が流れ出すようになっている。

 他の生き物には影響が無さそうである、いつの間にかオタマジャクシに手足が出ている。
 そう言えば先日放したオタマジャクシよりはるかに多いオタマジャクシが泳いでいる、多分小さな田んぼでも蛙が卵を産んでそれが孵ったのだろう。

 西森さん曰く、このくらいの田なら、10キロ位は穫れるよ、とのこと。こんなに小さな田んぼでもそんなに穫れるかなあ。

平成14年 6月 6日(木)

 今日は熊本市では104年ぶりに6月の最高気温を更新したそうである、これは観測史上最高で、35.4度だったとのこと、阿蘇も暑かった、29.4度。

 午前中、母、大
阿蘇病院に。
 
 本日、アイガモ農法をやっている馬場(隣村)の岩下さんの田にアイガモが放たれた。この日のために大分前から自宅でカモを飼って用意をしていたそうである。

 畝の間を気持ちよさそうに餌を啄ばみながら泳いでいた。もう少し慣れると畝ごとに一匹づつが入り、丁度何かのトラックレースのようにもっと横の方に広がって泳ぐそうである。

 周囲には電流を流した電線が張ってあり、これは、外からの野犬やキツネなどがカモを狙って進入するのを防ぐためのものだそうで、人が触ってもビリッとするらしい。
 
平成14年 6月 5日(水)

 本日も下界は真夏日だったらしい、ここでも直射日光はさすがに暑い、昼間の肉体作業はつらい。梅雨には何時になったら入るのだろうか。 
 
 志賀さんは毎日のように田に出て、畦の草を刈ったり、肥料を撒いたり、殺虫剤を撒いたりと忙しそうである。兼業と専業の差はどれくらいの収量の差になって表れるのだろうか。

 殺虫剤といっても、一時期のような強い農薬でなく、田の生物たちにも影響の無い程度のもののようで、聞くところによると、稲ゾウムシという害虫が付くのを防ぐために、小さな袋に入った殺虫剤を所々に投げ入れて、それが田の中で溶け出すようになっているようである。

 我が家のミニ水田にも、稲ゾウムシがしっかりと付いている、殺虫剤を少し貰おうかな。

 あくまで想像だが、蛍にしても一時期のように強い農薬を使わなくなったので、最近になってまた戻ってきたのではないだろうか。

 先日は半信半疑で蛍を観に行き、写真に撮る用意もしていなかったので、今晩は虫カゴと捕虫アミを持って中学校裏の小川に出かけた。

 今晩も沢山の蛍が飛んでおり、短時間の内に十匹余りを捕らえ、家に帰って写真を撮ってから、直ぐに放してやった(蛍の写真を撮るのは難しいものだ)。

 これが都会で手に入れた蛍ならば手放すのは惜しいかもしれないが、周囲りに幾らでもいる所為か、私する気にもならないから不思議だ。それに蛍は、やはり小川のほとりの暗闇の中をゆっくりと気ままにお泳いでいるのを観るほうがずっと気分が良い。

 そう言えば初夏になると、毎年銀座数寄屋橋ソニービルで、ある地方の観光宣伝で蛍を展示していたのを思い出す。

 同じ「虫」でも、尻に青白い明かりを灯すほうは喜ばれて、片や、茶色で脂ぎってテラテラしているのは蛇蠍のごとく嫌われる。もしゴキブリの尻が光ったらアナタ一体どうする?オカミサン。


 我が家の菜園のキュウリが初めて実った。今日の収穫はたった2本だけだったが、勿論晩の食卓に乗った。

 我々のような素人にでも、土と太陽と水と空気が自然に育ててくれるのだ、あとは人が少し手助けをしてやればいいのだ。尤もこの少しの手助けが、結構大事なことを小生はまだあまり分かっていないようである、アキさんのところのジャガイモと我が家のとでは、大きさに随分開きがあるようである。


平成14年 6月 4日(火)

 志賀さんが畦の草刈をしていたので、小生も我が家と接する畦の草を刈払機で刈り取る、僅かの長さなのに、もうクタクタ。志賀さんは何倍もの距離を一人で刈るのだからその体力には驚く。稲も大分成長してきて、緑色が濃くなり、一本一本の茎もしっかりしてきているのが良く分かる。

 今晩は坂梨公民館で町村合併の説明会があったのだが、サッカーW杯の日本・ベルギー戦があったので、後日、他の会場に行くことにして欠席した、結果は2:2の引き分けだった。

 どうも一の宮町と阿蘇町と波野村と産山村とが合併する方向で進んでいるようだ。


平成14年 6月 3日(月)

 昨夜、雷と一雨で畑の作物も一息つく、しかし今日も日中は暑い日だった。
 
 ホームワイドで改装売りつくしセールが始まっていて、インパクトドライバーなどを安く買う。展示品の大型のスチール倉庫が5割引きで売られており、昨日ちょっと躊躇したのが間違いだった、今日既に売約済となっていた、悔やんでも悔やみきれない、残念無念。
 
 夕方、中島純一さんが、阿蘇はいま蛍が見頃だとの電話をくれたので、夕食後、中学校の裏の小川まで行こうとしたところ、家を出て直ぐの所にある小川でも蛍が飛んでいた。

 さらに中学校まで足をのばすと、沢山の蛍が乱舞していた。
 
 帰ってから畑に出てみると、なんのことは無い、近くの小川の蛍がここからでも見えるではないか。そう言えば最近は夜間、外に出ることもなくなったので、そういった自然現象にも気が付かなかったのだ(写真に撮るには捕まえなければ駄目だろうから、近いうちに網を持って捕りに来よう)。

 おまけに蛙の声に混じって卯の鼻の方角からコノハズクの声まで聞こえてきた。以前、カミサンがコノハズクの声が聞こえるよ、と言ったことがあるが、コノハズクの声なんかそう滅多に聞こえるものではないよ、愛知県の鳳来寺山あたりに行かなければ聞こえないんだぞ、と言ったことがあるが、ここでも聞こえるのである、間違いなくブッポウソウと鳴いている。なんだか非常に嬉しい夜であった。


平成14年 6月 2日(日)

 今日は熊本市内は32度を超えたそうで、阿蘇乙姫も29.2度だった由。
 
 井戸の水面に浮いているゴミ類を色々な方法で掬い上げる、水は冷たく一応は澄んでいるので、多分井戸水は湧いていると思う。


平成14年 6月 1日(土)

 今日から6月、晴天が続く、雨が欲しい。
 
 ジャガイモ試し堀り、まだまだ小さい。
 
 ここでは本格的な物置は是非必要なのだが、その前に、家の隅にちょっとした物置を作ろうと思い、足場パイプで骨組みだけは組んでみた。屋根を竹で葺こうかと思い、孟宗を大量に一定の長さに切って二つに割ってはみたものの、さてどう細工するか。