平成14(2002)年11月の記録(新しい日付けの順)

平成14年11月30日(土)

 曇りで明ける。昼頃から雨の予報に、午前中、急いで薪の山にシートを被せる。予報どおり、昼前に雨になり、午後から本格的に降りつづける。

 昨日と、今日降り出す前と、カミサンひとりで堆肥を運んで、耕運機を運転して、畝を立てて、何かしら植えていた。

 夕方近く、宿場会の志賀聡雄、葉子夫妻と石田順子さんが、子供の誕生を祝ってお訪ねくださる。皆さん自分たちの昔を思い出してか、代わる代わる抱いてくださる。さすが子育ての大先輩達だけあって抱き方は小生より上手く、抱かれ心地が良いと見えて、子供も気持ちよさそうに眠っていた。

 また、聡雄さん持参のそば粉で、葉子さんが蕎麦掻きつくりを我が家の台所に立って実演してくれる。熱湯でこねるのが一般的だが、彼女の流儀では、ゆっくりと弱火から練り上げるやりかたで、ソフトで非常に美味しい出来上がりである。母も美味しかったと喜んでいた、これは蕎麦を打つより簡単でいい方法を教わった。


平成14年11月29日(金)

 今日も氷点下5度、庭に放置してあった散水用のホースのノズルが凍って破裂。
 
 ジャ・ジャ・ジャ・ジャ〜ン、昼前とうとう軽トラックがやって来た。此処ではどんな車より輝いて見える車なのである、中川さん、ベンツよりもだよ。

 距離計はまだ5キロしか示していない、そもそも此処に来るのにも搬送車に乗って来たのだから、何たって出来立てのホヤホヤなのである。

 縁起を担いで大安に納車を指定する人もいるようだが、生憎本日は仏滅だそうで、営業マンが気にしていたが、こちらはそんなこと全く気にしない、仏滅大歓迎である。

 こと運転に関しては、縁起や神仏には一切頼らない、だからお祓いなども絶対受けないし、フロントにお守りなどぶら下げない、それでも40年近く無事故無違反、いや違反はしょっちゅうだが、捕まったことは一度も無い。
  「自惚れるな、無事故無違反で来られたのはオマエの運転が上手いからでは決して無い、ただ運が良かっただけだ」という言葉を肝に銘じて、常に謙虚な気持で運転するようにしているのだ、何も神仏を否定するものではない。往々にして、このようなことを書いた後に何か起こりがちだ、気をつけねば。

 今日も薪割り、今日は斧で縦に割る作業に入った。


平成14年11月28日(木)

 快晴、氷点下5度、無風、気持の良い小春日和の一日。

 先日のサルに続いて、今度はイノシシだ。朝7時ころ畑の向こうで動くものがあるので、目をこらすと、何と、イノシシではないか。

 卯の鼻のほうから下りてきて、田の方へ、多分、えさを探しながらだと思うが、ゆっくり歩いているではないか。

 慌ててカメラを構えて待っていると、今度は山に向かって、いわゆる「猪突」で駆け抜けて行った。シャッターを切ったが小生のデジカメのズームではハッキリと捉えることが出来なかった(正面の樹木の下に駆けているイノシシが写っている)。いやあ、イノシシまで出るんだ、此処は。
 
 今日は子供が生れて100日目だと言うことで、「御食い初め」なるセレモニーを執り行った。セレモニーといっても、作法に則ったものではなく、要するに「我が家流」である。

 そもそも、小生は「御食い初め」なるものは全く知らなかった。先日武藤と電話で話した際に、彼が、そろそろ「御食い初め」だろう?と聞いてきたので、それは一体何だ?と聞いて初めて知ったのだ。

 勿論カミサンは知っていた。ただ武藤は、その日に離乳食を食べさせると言っていたが、それは嘘っぱちで、まだミルク以外は全く駄目な状態だから、あくまで食べさせる真似をするだけだそうだ。あの男も、もう二昔も三昔も前のことなのですっかり忘れたのだろう。


平成14年11月27日(水)

 クマがいなくなった。朝のうちは風が強くて寒かったので、いつもの散歩の時間をずらして犬を迎えに行ったら、犬小屋が空っぽだったので、尋ねたら、事情があって知り合いに貰ってもらったそうである。

 先方には、毎日散歩させられない事情があったので、小生が恰も己の犬が如く、毎日散歩に連れて行ったのだが、お節介だったのだろうか。それがお向かいにとっては随分と心理的な負担になっていたのではないだろうか、と申し訳ない気持でいっぱいである。それにしても寂しい限りだ。


平成14年11月26日(火)

 曇り、午前中、母を宇治歯科と大阿蘇病院へ。
 本日も少し残った薪材の切断をする、当分これが主たる日課、寒くなったので午後早々に切り上げる。夕方、雲で隠れていた高岳が姿をあらわし、山頂付近が雪で少し白くなっていた。時々パラパラ来ていたが、山では雪だったのだ。


平成14年11月25日(月)

 曇り、風少し冷たし。
 
 あともう少し残っているが、今日で大きな材木の切断を概ね完了する。この約40センチ位の長さに切断したものを、今度は斧で縦に何本かに割る作業が待っている。


平成14年11月24日(日)

 快晴、氷点下1度、日中は日差しが強く、半袖姿で屋外作業をする。
 
 昼過ぎ、阿蘇山を一周する阿蘇郡内の町村対抗駅伝大会が我が家の前を通る。
 
 その交通整理のために来ていた交通指導員姿の人が、突然、我が家のほうへ入って来て、懐かしそうな素振りで話し掛けてきたので、どなたかとお訊ねしたところ、仲町の事務用品店「丹波屋」さんのご主人だとのことであった。

 そして驚いたのなんの、丹波屋さんは我が家の父方の親戚にあたるそうで、しばらく来ないうちに家が建っていてビックリした、子供の頃、まだ昔の家屋敷があった頃、良く此処に遊びにきた、ということであった。

 我が家は、母系家族というか、母方の親戚との往き来は非常に多いのだが、父方の親戚とはどうしたことか、ほとんど交流が無かったので、またまた新しい人の繋がりが出来て、と言うより、発見できて、何だか非常に嬉しい一日となった。近いうちに改めて家系図を持って訪ねてくれるそうで楽しみである。

 夕方、カミサンは、ご近所でお祝い事があり、女性だけの集いがあるとかで、会場の民宿「阿蘇の四季」へ出かけていった、その間、婆様と二人で赤ん坊をあやして、何とか母親不在の時間を乗り切ったものの、何で泣くのか判らず、いやあ、閉口した。


平成14年11月23日(土)

 曇りの朝、冷たい風少々、日中は穏やかで暖かい一日。

 本日は新嘗祭であるが、皇室服喪中につき、国旗掲揚は遠慮する。我が家の新嘗祭も、多忙により脱穀が間に合わず、ついでと言っては極めて不敬だが、延期することにした。

 午前中、佐藤林業に薪材を貰いに行く、中島さん、休日出勤していた。遠く離れた大津から見る阿蘇山は盛んに噴煙を上げており、我が家から見るより活発に活動しているように見える。

 そう言えば、最近阿蘇山の火口の深い所で何となく気になる動きが見られる、普段であれば、月に一度の阿蘇山情報が、ここのところ何度か出されており、普段に比べ、孤立型の地震の回数が増え、火口付近の温度も上がっているとのこと、過去にも十年だとか二十年くらいの間隔で爆発しているので、近いうちに噴火するのだろうか、地元の人は全然騒いでいないので、文字通り「杞憂」だと良いのだが。

 午後はまた大きな材木の切断作業を続ける。


平成14年11月22日(金)

 晴れて夜明ける、気温高め、気持のよい朝。
 
 終日チェーン・ソーで太い落葉樹の切断作業に汗を流す。
 
 年に一度の浄化槽の清掃日、我が家の歴史上、浄化槽を使う環境は初めてなので興味深く覗き込む


平成14年11月21日(木)

 
 気温は高め、天候すぐれず、終日時雨模様、午前中は母を宇治歯科と、大阿蘇病院へ。
 午後、斧の柄付けのほかは屋外作業を中止して、久しぶりに床屋へ、徹底的に短く刈ってもらう。

 高円宮殿下薨逝、47歳。


平成14年11月20日(水)

 氷点下2度で夜明ける、晴れ。

 子供、この世に生を受けて本日で3ヶ月、「もう」という気もすれば、「まだ」という気もする。

 明日から天気が崩れる予報なので、午前中、佐藤林業に木材を貰いに行く。今回はあまり残材が出ておらず、この先、少々心配である。もう一人、市内の人が薪材を貰いに来ていた。

 午後から、落葉樹の径の大きいものを選んで等間隔に切断する。

 夕方、18日に注文した斧の柄が、早速宅配便で届いた、田舎に住んでいると宅配便は本当に有難い。


平成14年11月19日(火)

 氷点下4.5度、雲ひとつない夜明け、NHK朝の全国ニュースでも、珍しく阿蘇山の上空から冬枯れの牧草地を中継していた。

 午前中堀残した里芋を母と堀ってシートに広げる、母は引き続き、保存用、差し当たり食べる分など、幾つかのダンボールに分ける作業を夕方まで続ける。保存できればの話だが一年分は優にある。夕食は早速「衣被ぎ」にして腹いっぱい食べる、大好物である。

 小生は午後から落葉樹の薪作りに精を出し、竹で作った薪小屋に積み上げていった。 


平成14年11月18日(月)

 肌寒い曇りの一日。
 
 午前中、穫り残した里芋を掘ろうとしたが、風が強くて寒かったので少し掘って中止して、薪割りをした。

 途中、カナダ製の斧、その道では斧とは言わずに、アックスと言うそうだが、前々から少しキズがついていた柄が見事に折れてしまった

 柄はヒッコリー材で相当頑丈なのだが、それでも以前から、斧を振り下ろす際に、下手くそなので、刃の部分が、上手く薪を直撃しないで、柄の部分が何度も薪材に当ったりして、少しずつ割れが入っていたのだ。

 お向かいの渡辺さんから頂戴した、代わりの斧があるが、必需品なので長野の輸入元に電話して急ぎ送ってもらう手配をした。

 外国製の斧は、肉を主食として喰らう体力のある人種用に、腕力まかせで「叩き割る」という表現が当てはまるような大きくて重い造りであるが、お向かいから頂戴した斧は、我が農耕民族の体力にあった小ぶりの斧で、職人が丹精こめた鍛造した日本刀のような刃をした斧である、小さいが小気味良く切れる。それでも力に頼って切らなければならない場合もあって、両方必要な斧なのである。

 カミサンが、春菊、小松菜、ホウレンソウ、チンゲンサイを植えた。小生は薪割りで手が離せなかったので、自分で畝を立てて植付けをやっていた。最初は曲がりくねった畝だったが、心を入替えて?やり直し、一応は真っ直ぐの畝が出来たようだ。


平成14年11月17日(日)

 晴れ、晴れ、素晴らしい小春日和。
 
 「地域づくり団体協議会」主催のタウン・ウォッチングが行われた。長い間住んでいながら、意外と知らない自分たちの町を、もう一度見直そうという主旨で行われる催しである。そして、「地域づくり団体協議会」とは、早川さんが会長を務める、一の宮町の色々な町興しのグループが集って作る協議会である。

 前回は宮地地区が観察対象地域であったが出席できなかった。今回は我が坂梨ということで、勇躍参加しが、そぞろ歩くのに、これほどのコンディションは無いというほどの、暖かくて長閑な日和であった。うんと年配者から乳母車を押した若いママさんまで、参加者は約40名、宿場会からも数名が参加した。

 馬場八幡、円通寺と馴染みのところに立ち寄って説明を聞き、あちこちの農家の庭先のノンビリした風情に浸りながら、陽だまりの滝室坂に通じる山道をカサコソと落ち葉を踏みしめてそぞろ歩いていると、これほどの贅沢は無い、たとえ転変地変が起きようともここだけは安全だという浮世離れした気なる。

 まだ坂梨の住民になって日が浅く、何時も車で素通りする道路沿いの旧跡は知っているものの、山道を分け入ったり、細い路地を入ったところにある史跡などは今回が初めてである。

 特に浄土寺は穴場中の穴場、鬱蒼と木々が生い茂る中に、ひっそりと苔むした二十体近い羅漢石仏が木漏れ日を浴びて思い思いの表情で居並んでいる、樹齢数百年の大欅の根元近くのびっしりとビロードのような苔に覆われた大きな岩に穿かれた小さな穴に観音様が安置してある、穴観音と呼ばれているそうだ。60年に一度、御開帳される秘仏もあるという。

 昼食は、坂梨公民館で摂ったのだが、至れり尽せりで、役場の観光課手配の「あぜり庵」の弁当に加えて、オマケ?に我が宿場会の志賀葉子さんと坂本勢さんが、美味しいのっぺい汁を作っておいてくれたので、少々歩き疲れた体には本当に有難かった。

 昼食後は、馴染みの街道筋を見て回ったが、今回のタウン・ウォッチングは、ほぼサイト・「坂梨宿」の「史跡案内」にある所を回り、3時頃、坂梨小学校の師恩碑の前で解散となった。今後、古城、中通の観察があるそうである。

 夜、浅山滉兄が市内での学会の帰りに、ちょっと寄る。


平成14年11月16日(土)

 曇り後晴れ。
 
 午前から昼過ぎまでかかって、家族で里芋の収穫をするが、多く作り過ぎて、本日は、ほぼ半分で終わる。

 先日の寒波で一気に芋の葉が枯れてしまい、霜が下りる頃が里芋の収穫時期だとのことだったので、少し焦り気味であったが、丁度今頃、あちこちで里芋堀りをやっている。

 その後に、カミサンが何かを植えたいというので、急遽堆肥を入れて耕運機で鋤いておいた。

 堆肥をひっくり返していると、長さが6〜7センチ、直径も2センチはあろうか、大きな昆虫の幼虫が出てきて驚いた、カミサン曰く、クワガタだかカブトムシの幼虫だそうだ。小生は初めてだが、カミサンは弟が昔飼っていたので知っているそうだ。そっと堆肥の中に返しておいた。


平成14年11月15日(金)

 昨夜来の雨も、明け方には上がり、風もなく穏やかで、煙突の煙が真っ直ぐ昇っていた。
 
 ほとんど曇りの一日で、雨の後は地面が柔らかすぎて農作業も出来ず、今日は晴耕雨読の「雨読」だと決め込んでいたら、しっかり屋内作業が待っていて、午前中、二箇所の棚吊り作業をやらされた。

 夏から積んであった落葉樹の材木の山に、ようやく手を付ける時間が出来てきたので、午後いっぱいをかけて、チェーンソーをフル稼働して薪の寸法にドンドン切断していったが、まだ山ほど残っている。


平成14年11月14日(木)

 曇り、夕刻より小雨。
 
 竹などを燃やしながら、下屋の最終仕上げをする。ライブカメラで見ていると、家の裏手で焚き火をすると、アングル的に家から炎が上がっているように見えるらしく、義父が千葉から心配して電話をしてくる。

 本当を言えば、下屋製作は、最終的には、かなりいい加減な造りになってしまった。納得いくまでやると、完成が何時になるか分からず、肝心の薪を貯蔵が出来なくなる惧れがあるので、とりあえず撮影用に格好を付けて、軒先の切り揃えや、その他は、今後暇を見つけてやることにして、一応完成したことにする。


平成14年11月13日(水)

 今朝の気温はニ三度程度、穏やかな一日。
 
 終日デッキ下の大掃除と、薪割をして終わる。ほぼ一年ぶりのデッキ下の掃除のため、吹き込んだ笹や、クモの巣などで、かなり汚れていたが、綺麗に掃き出して、奥に残っていた材木も全部取り出して、総て薪にした、これで数日分の薪の確保が出来た。

 朝、大人しい秋田犬を連れて散歩している人と時々言葉を交わすが、その人が、犬の里親情報を持って訪ねてくれた。残念ながら柴系の犬ではなかったが、心遣いに感謝する。

 夜は宿場会11月例会。新メンバーの紹介があった。今夜は嘉悦先生も出席、伊能忠敬の測量日誌、高山彦九郎の筑紫日記が紹介され、そのなかの、坂梨滞在の記述のくだりに、往時の往還の賑わいが目に浮かぶようで、出席者全員、非常に興味深く拝聴した。嘉悦先生は「記録する」ということが、如何に大切であるかということを、事あるごとに力説されるが、全く同感である。

 また、大分県安心院(あじむ)町の、グリーン‐ツーリズム(*)を積極的に取り入れた町興しについて、研修会に参加した赤星・早川会員の報告があったが、そこから話がどんどん発展して、坂本会員から、皆で楽しみながらログハウスを造って、旅行者などに開放したり、その他色々なことに使おうよ、という提案があり、全員大いに盛り上がる。坂本助義さんは何と言っても棟梁だから、この提案の実現性は高そうだ。
  (*)グリーン‐ツーリズム【green tourism】都市住民が農村に長期滞在する休暇。1994年制定の農村休暇法に基づく農家民宿の登録制も行われている。(広辞苑)


平成14年11月12日(火)

 今日も暖かい夜明けで、久しぶりに日中はストーブの火を落とした。
 午前中、母を宇治歯科と、大阿蘇病院へ、午後から下屋製作。


平成14年11月11日(月)

 曇り、気温は高め。
 何となく体調が今一のため、午後から下屋製作をするも、早々に切り上げる。


平成14年11月10日(日)

 晴れ、気温3度、風無く気持が良い朝。
 
 午後から下屋製作に没頭、途中、石村さんと坂本棟梁が相次いで顔を見せ、作業を冷やかしていく。


平成14年11月 9日(土)

 曇り、気温零度、風強し。窓を開けると、阿蘇山の麓まで白くなっていた。昨夜、雨音が聞こえていたが、山麓では雪になっていたのだ、早川さんのお宅は間違いなく雪だったろう。

 午後から、大津のナフコに折込み広告につられて出掛けたものの、所期の目的を達し得ず、手ぶらで帰るのもなんだと、佐藤林業に寄って薪材を積んで帰る。


平成14年11月 8日(金)

 前夜からの雨、朝方には上がる、気温は高め、午後より風強くなり体感温度極めて低し。


平成14年11月 7日(木)

 本日は立冬、気温は4度くらい、午後から雨との予報だったので、午前中たっぷり薪割をしたが、穏やかな一日だった。
 
 昨日、近くの見通しの良い農道の交差点で軽トラと乗用車が出会い頭に衝突し、軽トラの女性が死亡、両方とも坂梨の人。


平成14年11月 6日(水)

 今朝、氷点下5度、真っ白に霜が降り、氷が張り、屋外の水道のカランが凍りついて回らなかった。しかし風は全くなく、美しく晴れわたり気持が良かった。日中も穏やかに晴れわたり、気温が上がり汗ばむほどであった。

 昨日まで青々としていた里芋の葉が、今朝の霜にやられ、見るも無惨にしおれていた。そろそろ里芋の収穫時期だ。昼からタマネギの作付けを行った。


平成14年11月 5日(火)

 放射冷却でうんと冷え込むとの予報であったが、摂氏1度程度であった。朝日が阿蘇の山々に映えて美しかった。今日は晴天ながら風が強くそして冷たかった。

 形や色も悪く、味も落ちながら、まだ少しは実を付けるので、伐採するのが忍びず、延び延びになっていたトマト、ナスなどの株を全部抜いて耕運機で耕す。ついでに、先日貰った堆肥をたっぷりと鋤きこんでタマネギの苗を植える準備をする。買ってきたら直ぐに植えなければならなかったのに、そのまま放置してあったので、イクさんの指導のもと応急で、ひとまとめにしてとりあえず土の中に仮生けをしておく。


平成14年11月 4日(月)

 そんなにも久しぶりではないのだろうが、朝日が眩しかった。阿蘇山の雪化粧がさらに濃くなった。同じ化粧でも雪の化粧はいくら濃くても大歓迎。

 クマの散歩の途中、家の角を曲がったところで何かの気配を感じて振り向いたら、サルがこちらを見ていた。前々から阿蘇山麓にいるのは聞いていたが、ここで見るのは初めてである、山に餌が無くなって下りてきたのだろうか。ぶあい荘のあるじがサルに農作物を荒らされると嘆いていたが、今のところ、何となく嬉しさが先に立つ。

 薪が心細くなったので、天気が回復している間にと、二三日分を割る、これからこの仕事が日常になる、下屋のもう片方の屋根の竹の配置を終わる、もう少しだ。


平成14年11月 3日(日)

 文化の日、明治節、旗日である。謹んで国旗掲揚。

 雨模様で雪が混じるかも知れないとの予報どおり、朝日が少し顔を見せたものの、ほとんど氷雨の一日だった。屋外作業は早々と中止した。〜聞くだに寒き 冬の雨 窓の小笹(おざさ)にさやさやと 更行(ふけゆ)く夜半(よわ)を 訪(おとず)れて 聞くだに寒き 冬の雨〜そんな一日だった。



平成14年11月 2日(土)

 曇り、夕方一時小雨。朝、高岳の頂上付近がうっすらと白くなっていた、初冠雪である、平年より15日早いとのこと。昨年の初冠雪は11月14日だったが、昨年の記述に、平年より3日、前年より37日早かったとある。雪が降るような天気の時は気温はそんなに低くは無いが、陰鬱な曇り空を見ると、スカッと晴れ渡って低い気温の時よりも寒さを感じるものである。

 片側の下屋の屋根の加工をほぼ終わり、とりあえず阿蘇の強風に耐えられる程度にはなったと思う。あともう片側の屋根と側壁の加工が残っている。

 午後、注文したあった囲炉裏テーブルが届く、早速居間に置いてみる、東南アジア製でビックリするほど安価だった、どっしりしていてなかなか雰囲気が出ている、そのうち此処で鍋でも突っつくとするか。


平成14年11月 1日(金)

 新しい月は、久しぶりのまとまった雨で始まっていた、気温少々高めだ、今年も残すところ、あともう二ヶ月か。

 雨も朝のうちには上がり、晴れ間が見えるようになったが、出足で躓いた形になったので、今日は作業中止を決め込み、午前中はゴロゴロして過ごす。

 昼から、予約してあったタマネギの苗100株を受取りに行き、397円に消費税19円也を支払って持ち帰る。タマネギの苗は、丁度小ネギのようなものである。さて、タマネギはどう植えたらいいのだろ。

 夕方、下屋の屋根の加工を少しして、今日の作業を終わる。