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平成19丁亥(2007)年7月の記録(新しい日付けの順)

平成19年7月31日(火)

 晴れ。今日も暑かったが、朝や夜は涼しさを通り越して肌寒さを覚えるくらいだ。阿蘇神社・国造神社の御田祭りが終わると秋が来ると言われているそうだが、まだ稲の穂が出たばかりなのに季節はもう大きく動いているのだろうか。

 今日は完全に終日、豆腐屋に入り込んで過ごした。その合間に我が家に取って返すこと数度。宿場通りのストリーミング(動画配信)が出来ないだろうかということになって、それじゃあ一丁やるかということで、取り組んだのである。我が家のサーバーと豆腐屋のサーバーと両方関係する作業なので、巧くいかなくては行ったり来たりを繰り返したのである。

 そんなわけで、悪戦苦闘の結果、夕方になってようやく動画を配信することが出来るようになった。画面は小さいが、やはりリアルタイムに動くというのは静止画に比べて伝わる情報量は雲泥の差である。久しぶりにのめり込んでやったので、まあまあの達成感を味わった(反面、草刈りや色々な作業が出来ないなあ、泳ぎも出来ないなあ、という後ろめたさを感じながら)。(写真)

 婆様、定期通院、午後三時ごろ行く。


平成19年7月30日(月)

 晴れ。

 婆様デイケア。

 やはり泳いでいるせいだろうか、昨日の作業疲れは全く残っていない、今朝も4時にはスッキリと目が覚めた。尤も歳を取ると、疲れは二三日経ってから現れると言うが(そして、朝早く目が覚めるのは間違いなく歳のせいだ)。先週の農・水・環の草刈りの後も、疲れは出なかったから、地力がついたのだろう。ということで、今日も昼間プールへ、3000m、64.8。

 夕方、娘を保育園から連れ帰る途中、U輔さんがアイガモを田から引き揚げるているところに出くわした、もうアイガモもお役御免だそうで、次なる御勤めのために貰われていくそうである。ちょっとした小動物園、丁度通りがかったAちゃんと娘、一緒に楽しそうに覗き込んでいた。(写真1写真2

 また台風だ


平成19年7月29日(日)

 晴れ。

 参議院議員通常選挙と衆議院議員補欠選挙の投票日、坂梨公民館にて投票する

 娘は馬場豆札子供会の遠足で母親に連れられてファームランドへ出かけ、小生は宿場會の恒例行事、天神橋の清掃に出かける。今回は川の中に入って作業をすることが多くて、作業風景を撮る余裕が無かったが、川面を覆っていた竹やぶが綺麗に取り払われて、こちらに住むようになって初めて国道方向から橋が見通せるようになった
夜は宿場會の暑気払い。(写真1写真2写真3写真4写真5写真6写真7


平成19年7月28日(土)

 晴れ。暑いのはもうニュースにならぬ、それでもここでの「暑い」は贅沢な不平だろう。

 ホームセンターで子供用のプールが特価で400円也、さっそく大喜びで入っていた。

 動画配信にチャレンジ、静止画のライブカメラとはちょっと要領が違って、LAN内では一応成功したが、外部からは開かない、ポート設定に問題があるのだろうか。


平成19年7月27日(金)

 晴れ。今日も炎天下は暑かった、You might think but today's hot fish.(はるか昔、こう言って戯れたものだが英語圏の人が見たら何と言うか)

 お盆が近づいたので、午前中、墓地までの山道の草刈りをする。とにかく年一回なので道が無くなっている。一気に墓地の草も刈ろうと思わないでもなかったが、うまい具合に刈払機の燃料が切れたので、これ幸いとばかりに墓地の部分は改めてやることにする。

 昼過ぎ、市の包括支援センターのM垣さん来訪。婆様のバギー操作が心もとないという周囲の声があるので、もっと安定性のある車にしたほうが良いかどうかの打ち合わせである。

 BSアンテナの修理をする。テレビアンテナなどを取り付けたポールにハシゴをかけて安全ベルトを腰に巻いて恐る恐るよじ登ってアンテナを取り替えた。こちらに来るときに二つあったBSアンテナ、一台はもう要らないだろうから捨ててこようかと思ったが、持ってきておいて良かった。コンバータ部分の故障だろう、無事に復旧した。

 今年の梅干が完成した、出来は良い方だろう。
平成19年7月26日(木)

 晴れ。晴天が続く。

 婆様デイケア。

 昼プールへ、3000m、64.1。


平成19年7月25日(水)

 晴れ、雲少し多し、暑さは相変わらず。熊本市では猛暑日を記録したそうだ。

 二三日前から、BS放送が受信できなくなっている、何台かある受信装置全部が駄目なので、アンテナだろうと思うが、ハシゴを伸ばして上まで登るほど見たい番組があるわけでもないのでそのままにしてある、婆様は困るだろうか。

 昼プールへ、3000m、65.0。


平成19年7月24日(火)

 梅雨明け十日、という言葉がある、今日もよく晴れた。

 この晴天のもと、梅漬けの土用干しを始めた、三日三晩だったか、屋外で強い太陽に曝し夜露に濡らして梅干を完成させるのだ。

 婆様をへカットに連れて行く。

 先日の保育園納涼祭のアトラクションで大人のラムネ早飲み競争があったが、それを見ていた娘が非常に興味を覚えて飲みたいという。今日、保育園の帰りに寺沢さんに寄ったところ、納涼祭以降ラムネが普段より沢山売れていますよと店員さんが笑っていた。小生が子供の頃は確か一本5円だったと思うが、現在は80円くらいする。今の保護者が子供の頃はもうラムネは一般的な飲み物でなくなっていたのだろう、既にビー球を途中の窪みに止めてビンの口を塞がないようにして飲む方法を知らない世代のようだ。娘も珍しそうに飲んでいた。昔は一体成型でビンが作られていたが、今はビー球を入れる口はプラスチックのねじ込みキャップになっている。

 昼プールへ、夏休みに入って芋の子洗い状態になっている。2000m、65.4。
平成19年7月23日(月)

 すっきりと晴れた、大暑の今日、予想通り梅雨明けの発表があった、早速の猛暑、ここでも真夏日になった、それでも風はひんやりと爽やかである。

 婆様、デイケア。婆様の介護保険の認定、今までどおり「要支援2」で決定通知が届いた。

 間もなく御田祭りだからそれを見てから帰ったら?と勧めたが、そうも行かないとカミサンの両親が今朝発って行った。帰りは佐賀関から四国に渡って、四国を少し見物してから明石海峡大橋を渡って、名神東名で帰るそうだ、今回は台風で納涼祭が一週間延期になってその分長い滞在になり、畑のことや家周りのことをいろいろやってもらい有難かった。(写真1写真2

 夕方、K男さんT代さんたちと、少し残っていた祭りの後始末の手伝いをする。
平成19年7月22日(日)

 曇り一時にわか雨。

 「農地・水・農村環境保全向上対策(略して農水環)」。いまだに意味がよく分からないが、今日はその農水環で、豆札・馬場・福原から多数の人が参加して、近辺の川、用水路などの草刈りをした。この制度は非農家の住民も参加対象に入っており、小生も刈払機を持って参加した。とにかく何町歩もの広い範囲の田んぼを流れる幾筋もの川の両側の葦やセイタカアワダチソウなどフルに一日かけて刈り取った。普段農作業に慣れた村の人たちも今日は疲れた、と音をあげるくらいハードな一日だった。
農・水・環境連続写真(全8枚)

 娘は大分前から自転車が欲しいので、お年玉やお駄賃を貯めて自転車を買うんだと決めていたようだが、今回どういう経緯で買ってもらったか知らないが、草刈りから帰ってみると、おじいちゃんに念願の自転車を買ってもらったようで大喜びだ。小生も小学校に入ってからだが、今でいうならレンタル自転車だろうか、終戦直後で、自分の自転車など夢のまた夢、5円とか10円で自転車屋で借りて自転車に乗るのを覚えた。自転車に乗れるようになった時の喜びは今でも忘れない。娘の補助輪が取れるのは何時のことだろう。


平成19年7月21日(土)

 曇り時々小雨、夕方になって上がる。

 台風4号の影響で一週間延びた保育園の納涼祭が無事開催された。天気が少し不安定で、直前まで小雨模様でハラハラさせれたが、無事開催にこぎつけることが出来た。

 朝から準備に入って、先生方や役員の皆さんはそれぞれの担当部署の準備に忙しそうに走り回っておいでだった。小生の役割分担はK男さんと焼きそば担当で、300食以上の焼きそばを開催時間の5時までに用意しなければならなかったのだが、小生はロートル(死語だな)なので、周りでどんどん手伝ってくれて殆んど何もしなくて済んだ。
ちょっと休憩時のスナップ

 納涼祭の雰囲気は連続写真に譲ることにして、花火を最後に無事に終了でき、片付けの後、先生や役員の皆さんと打ち上げをしてお互いに労をねぎらった。


保育園納涼祭 1/6 
(全10枚)

保育園納涼祭 2/6 
(全10枚)

保育園納涼祭 3/6 (全10枚)
保育園納涼祭 4/6
 (全10枚)

保育園納涼祭 5/6
 (全10枚)

保育園納涼祭 6/6 
(全11枚)

保育園納涼祭 追  
(全 5枚)



平成19年7月20日(金)

 晴れ、のち午後から夕方にかけて時々にわか雨。

 昼前、明日の保育園納涼祭の準備のために、園長先生、C先生、保護者会のK男さんT代さんたちと市役所などから椅子や提灯、焼きそばの鉄板などを借りてくる。昨日までの予報と違って梅雨前線が少し下がってきており、明日の天気がちょっと怪しくなってきている。

 保育園では毎月一日だけおにぎりの日というのがあって、その日は天気が良ければ外で昼食を摂る。ちょうど今日はその日にあたり、年少さん(あるいは未満児さん)たちがデッキで昼食中だった。年中、年長さんたちは、プールがあったので室内で食べたのだろうか。

 夜、阿蘇神社の門前町の夜市に出かける。7月に一回、8月に一回それぞれ開催される。夕方から時々激しい雨が降り、開催が懸念されたが、ちょうど我々が出かけたときに雨が上がり、夏の宵のひと時を楽しんだ。(写真1写真2写真3


平成19年7月19日(木)

 晴れ。

 婆様デイケア。

 今日もカミサンの両親は畑の草取り。

 昼、義父とプールへ。義父は水中ウォーキングを。最近向こうでもプール通いをしているそうである。小生は義父を放ったらかしにしてひたすら泳ぐ。今日は時間の都合で2000mでやめる。64.4.

 台風に備えて倒してあったダイポールの支柱の竹を立てる。21MHzはピシャリだが、7MHzが1.5くらいある、チューナーを通せば大丈夫だが、調整の必要がある。


平成19年7月18日(水)

 まだカラリというわけにはいかないが晴れの一日だった。いつの間にか、朝夕にヒグラシが鳴きだしていた。

 馬場八幡の夏祭り。祭りといっても、神幸行列や神輿が出たりする祭りではない。神社で神官が祝詞奏上をするだけの静かな祭祀である。我々宮総代は神前にお供えするお神酒、鯛や野菜類の準備をして、式に参列した。この祭りは、坂梨ちくでも馬場集落と福原集落のお祭りで、儀式のあとで直会があり、宮総代も参加した。

 今日もカミサンの両親は雑草刈りをしてくれた。ようやく草を追いかける立場になった、このまま追いかけ続けたいものだ。


平成19年7月17日(火)

 曇りだが、かなり晴れに近し、なんとなく梅雨明けももう近いのではと感じさせる、違うだろうか。

 カミサンの両親が畑の草刈りを手伝ってくれる。今日一日では片付かない量である。村の誰かが言っていた、「草バ追いかけている間はヨカバッテン、追いかけられようになるとノサンバイ」、蓋し名言也。梅雨の長雨の間に完全に追い抜かれた、雨の合間に何度か機会はあったが、まだ良いだろうと先送りした結果だ、完全にジャングル化していた。

 時間が経つにつれて、今回の地震の被害の大きさが伝わってくる。外見的に建物が残っても、ライフラインがやられると致命的な損害になる。こんなに狭い国土で生活必需品の輸送がママならないなんてどういうことなのだ、戦地のように道が通れなくても空からパラシュートでどんどん投下するなどの手段が直ぐとれるようなシステムが必要な気がする。テレビなどのメディアを通してでは、実際よりも大袈裟に伝わる場合と過小に伝わる場合があり、なかなか本当の姿が伝わりにくいものである。
平成19年7月16日(月)海の日

 一番印象の薄い祝祭日ではないだろうか、国旗掲揚省略。

 曇り、そして時々強い雨、夕方になって上がる。昼過ぎ雷雨で二三度立て続けに停電した(ようだ)。今日は雷が近づいているのが分かっていたので前もってシステムを全部落としておいたから、サーバー関係に停電による直接的な影響が無かったので精神的なストレスは無かった、落雷による停電であれば仕方がない(のかな)。

 婆様、デイケア。

 カミサンはカミサンの両親を案内して(というより、カミサンも初めてで、しかも父親運転の車なのではたして案内と言えるかどうかだが)山鹿の八千代座方面にドライブに出かけたので、小生は一人でノンビリ。

 今日、昼頃、新潟の柏崎などの中越地方で震度6強の大きな地震があった、阪神淡路の震災と同じクラスの地震だったそうだが、勿論、死傷者や、家屋の損壊はあったものの、震度から想像されるような大惨事にはなっていないようだ、倒壊した建物は古い木造家屋が多いようで、あれほどの地震で倒壊が少なかったのは、近年は耐震構造の建物が増えているからだろうか、あるいは阪神や京浜のような人口密集地ではないからだろうか、ニュースを通じて勝手な想像をしているが、本当のところは分からない、それにしても、台風で一喜一憂して、ようやく台風が去ったと思ったら、今度はまた思いも寄らない災害が発生する、世の中ちょっと先は全く分からないものだ。


平成19年7月15日(日)

 梅雨が明けたわけではないので台風一過というわけにはいかないが久しぶりに日が射して夏らしい気候になった。台風は関東地方に近づくにつれてどんどん日本列島から離れていっているようで、今回の台風騒ぎもそろそろ終わろうとしている。

 ハウス内のトマトも風の影響は殆んどなかったが、芽掻きを全くしてなかったのでジャングル状態になり、もはや収拾がつかない状態になっていたので、時期既に遅しという感が無きにしも非ずの状態だが、義父が綺麗に芽掻きをしてくれ、小生はそれを手伝った。
 台風が去った後、虚脱状態で今日はそのほかには何もしなかった、いつの間にか畑がジャングルと化していた、明日は草刈りをすることになるだろう。

今日の阿蘇山
平成19年7月14日(土)

 長い一日が終わろうとしている。でもそんなに長い一日ではなかった、当初の見込みであれば、この言葉、深夜を想定していた。ところが午後7時前の段階で、もう吹き返しもないのではと思われるほど静かになってきた、ボンがあまり吠えて催促するので、散歩に出たところ、風も殆んど無くなって、さすがに太陽は見えなかったが、西の空、太陽の存在が分かるような明るい空になっていた。午前中の予想コースから九州上陸直前に東方向にコースが少し変わり、その分阿蘇では台風の力が弱まった。あそこにきてあのようにコースが変わるとは思っていなかったので、本当に嬉しかった。

 この時間(午後6時)は間違いなくまだ風速25キロ以上暴風域内にある、ところが強風域はおろかもう殆んど吹いていない、それよりも今日は25キロの風速の実感すら無かった、普段の強風注意報の時の方が風が強いくらいだ、暴風域は正円ではないのだろう、阿蘇谷の地勢的なものだろうか。台風の目が熊本より右にある時はいつも阿蘇は大したことは無い、僅か数年の阿蘇暮らしだが経験則によるとそうなる。こういうコースをとる台風の場合は九州山塊の東側の太平洋側に大雨を降らせる、今回も宮崎地方は大雨だった。

 毎度の事ながら、台風が去った後のなんとも言えないこの虚脱感、どっと疲れる。今回ばかりは相当の被害を覚悟していたが、我が家の農作物も殆んど被害が無かった。そして雨も少なかった、今回は、風は東からだけの風だけで、いつものような西からの雨の吹き込みも無かった、それにカミサンの両親が居てくれて助かった、人間が多いと気が紛れてなんとなく安心するものである。今だから言えることだが、関東ではなかなか味わう機会が少ない洵の台風を経験できなくて残念でしたねと冗談がでた。

 蛇足ながら、台風が通過するまでは、何度も何度も進路を確認するが、一旦通り過ぎると急に関心がなくなる、人間というものは現金なものである。

 実は今日は来週に延期された保育園の納涼祭のほかにもう一つ村の行事があった。天神祭である、今年は我が家がその天神祭の座元で、行事全般の運営責任者だったが、保育園の行事と重なるので、その役を正士さんご夫妻にお願いして次回の番に変更してもらっていた。

 この台風だから、当然延期になるかと思ったら、「やる」とのこと、ただ時間を二時間繰り上げて一時から実施された。それに先立って朝から天神社の草刈りをして新しいシメ縄を張り、女性たちは料理作りをした。阿蘇神社の神官のお祓いは雨の中だった、そして直会の時間には結構風が吹いていたが皆さん平気な顔をしていた。小生が、我が家の菜園の様子に一喜一憂しているのに、なるようにしかならない、その時はその時、という覚悟というか開き直りというか悟りというのか、自然相手に土と一緒に生きる人たちの逞しさ、図太さ、さすがである。


平成19年7月13日(金)

 ほとんど一日小雨が降っていた、レーダーで見ると宮崎県はずっと激しい雨が降っていたようだが、熊本県は不思議と雨雲が無かった。

 いよいよ明日台風が来る、それも当初の東寄りのコース予測から北寄りのコースに変わりつつあり、熊本県を目指している、覚悟を決めるほかなさそうだ。

 今日は義父と二人で家周りの整理や薪小屋の補強や畑の養生などで一日外で過ごした。気休めかもしれないがトマトハウスは二重にベルトで固定した、義父がついでに手遅れくらいに育った脇芽を要領よく掻いてくれた、多分、明日の台風で全滅だろうが。

 普段色々なものをデッキや家の裏などに置いているので、それらは全部風に吹き飛ばされて危険物になるので片付けるのが大変だった。

 まだまだ遣り残したところがあるが、もう後は仕方が無い、運を天に任せるほか無い。
 
 夜、宿場會7月例会。

 明日は長い一日になりそうだ。



平成19年7月12日(木)

 久しぶりに太陽が顔を出した、数日ぶりに阿蘇の峰の緑が新鮮だった。

 この過疎地域にまた新しいホームセンターがオープンした、今日はその開店の日で、アドバルーンが上がっていた。宮地駅から少し坂梨方面に向かって直ぐの昔の自動車教習所の跡地にナフコが開店したのだ。少し前に我が家の裏手の方に開店したコメリ、前からあるホームワイド、ロッキー、農協のホームセンターなどいくつもあって、パイの奪い合いをしている、大丈夫だろうかと他人事ながら心配になる。

 今日、カミサンの両親が千葉からフェリーでやってきた、今週末の保育園の納涼祭で我々夫婦が役員で子供の面倒が見られないだろうとの事で、カミサンが頼んで来てもらったのだ。ところがその納涼祭が台風4号の接近で一週間延びた、従って最低一週間は居てもらうことになる、カミサンは久しぶりの両親との再会で多分大喜びだろう。

 カミサンの両親は昨夜大分の大在埠頭に着いて、遅かったので大分で一泊して、今日はあちらこちらドライブをして、丁度婆様がデイケアから戻る時間と相前後して到着した。

 その台風4号、非常に大きな台風のようで、真っ直ぐ向かって来ている、明日は家周り畑の養生で忙しくなりそうである。



平成19年7月11日(水)

 明け方近く大雨洪水の警報が出されてたのを夢うつつで聞いていたが、この辺りは大したことも無かったようで、梅雨前線も九州の南に下がって、警報も早々と朝のうちに解除された。昼からは久しぶりに日が射して、高湿度下、この阿蘇も結構蒸し暑かった。

 そして、早くも台風四号が九州を目指している、いつも思うが、九州はボーリングのヘッド・ピンのようで、どんなに方向がずれていても、まるで意思があるかのようにちゃんとカーブして九州に向かって進んでくる。九州が台風の進路の東側に入るとこのあたりの被害が大きくなる・・・・・・・。

 ・・・・・・と濁したのは、東方向にカーブを切ると宮崎や四国方面が被害が大きくなるから、右にカーブを切ってくれとは言いにくし、さりとて左カーブはよほど大きなカーブで無いと効果が無いしという複雑な心境を表しているのである。


平成19年7月10日(火)

 梅雨前線が北上したり南下したりで、降ったり止んだり、梅雨空が続いている、梅雨明けはまだまだ先のことだろう。

 今日は、婆様の病院ハシゴ。小野医院で眼を診てもらい、温泉病院では神経内科にかかり、それぞれ薬を貰ってくる。ついでにボンのフィラリアの予防薬も松野動物病院で貰う。それぞれの病院は皆、内牧に固まってある。

 ボンのフィラリアの予防薬の投与は一月遅いが、上品な座敷犬と違うので大丈夫だろう。


平成19年7月9日(月)

 いわゆる梅雨空、降ったりやんだり、時々強く降ったり。

 婆様デイケア、娘も今日から保育園復帰。


平成19年7月8日(日)

 曇り時々雨。今日も梅雨前線は阿蘇を避けて強い降りは無かった。

 JE6BJC局がHOW TO QSO で来訪。


平成19年7月7日(土)

 雨のち曇り。簡単な記述になったが、昨日から大雨洪水警報が出されたり解除されたりで、詳しい経過も忘れてしまったが、午後になって梅雨前線もようやく九州から離れたようで、とりあず一段落。

 今回は阿蘇より北の方向に大雨を降らせた前線が、南に下がって阿蘇地方の南に大雨を降らせ、幸いに阿蘇谷、ことにこのあたりは心配された雨量にはならなかったようだ、いや、雨量は相当量あったようだが、それが直接大きな被害に結びつかなかったというのが正解だろうか、ただ、今朝ほど箱石峠付近で道路陥没があり、乗用車が複数台巻き込まれて国道265号線が通行止めになったりしている。

 阿蘇はもともと熊本を流れる川の源流部分なので、このあたりが洪水になるということはあまり考えられない(土石流はありうる、また平成に入って直ぐ、流木が山からの流れをせき止めて、それが原因で鉄砲水という大災害があったこともあるが)、今回、阿蘇の山間部などで降った雨が、下流域の平野部で大増水して、緑川水系で危険な状態になり避難騒ぎが起きたり、白川の増水で熊本市中心部で避難準備がされたりと、全国的にも結構大きなニュースになり、我が家でも沢山の人から安否を問う電話やメールを頂戴した。

 この小康状態もどうやら一晩だけのようで、明日からまた大雨が降るようである。
 今日は七夕、娘が保育園で習った七夕の飾りを全部自分で作って笹に飾りつけた。願い事もちゃんと書いていた。


平成19年7月6日(金)

 朝から熊本地方では大雨洪水警報が出され、雷注意報も出されていたので、一時システムを落としたりしたが、幸いに阿蘇地方は雨域から外れ心配されたほどでは無かった、熊本には白川の南を緑川という大きな川が流れているが、その流域が大雨が降って一部氾濫して避難勧告などが出されてた、阿蘇地方の大雨洪水警報は午後7時前に解除されたが、その時点ではまだ結構激しく降っている。

 娘が昨日から咳をして鼻水をたらしていたが昨夜から熱を出して、気管支炎とそれからくる喘息で苦しそうだったので、保育園を休んで、古閑医院でネブライザーをしてもらったが、一日中きつそうで眠ってばかりいた、夕方もう一度ネブライザーをかけてもらったが、その少し前頃になって、ぐっすり眠ったせいかようやく元気を取り戻してホッとした。

そしてまた夜になって再び警報が出された。
平成19年 7月 6日20時15分 熊本地方気象台発表
阿蘇地方 [発表]大雨,洪水警報 [継続]雷注意報
 特記事項 土砂災害警戒 浸水警戒
 雨 7日宵のうちにかけて 以後も続く
   1時間最大雨量 60ミリ
   24時間最大雨量 300ミリ
 付加事項 はん濫 突風


平成19年7月5日(木)

 曇り。明日からまた雨とのこと、貴重な雨無し日なので、残っていたジャガイモ堀りを済ませる。午前中に半分、午後から最後の半分、ようやく片付いた

 昼前、一昨日から阿蘇入りしておいでのTOMUさん邸に顔出しして、その足でプールへ。 3000m。65.1。

 婆様デイケア。


平成19年7月4日(水)

 梅雨前線が九州北部に居座ったままで、そこに低気圧が発生して東に移動するにつれて台風並みの風雨が一日中荒れ狂った。

 オマケに午前中、昼前にかけて雷が大いに暴れたので、システムの電源を全部落として息を潜めていたが坂梨にも落ちたようだ。

 午前中に出されていた大雨洪水警報も昼過ぎには解除されたが、その後も強い風と雨は一向に収まる気配はなかった。

 午前中に西方海上からどんどん流れてこんでいた雨雲も午後には東に移動していったが、にもかかわらず阿蘇上空だけは海からの湿った空気が阿蘇山にぶつかって新たに雨雲をどんどん作り出したのだろうか、一日中強い雨を降らせ続けた。風も一日中10m前後の風が吹いていた。

 夕方になってようやく雨も風も収まってきたが、今年はビニールハウスという心配の種がもうひとつ増えてこれからの台風シーズンが思いやられる。


平成19年7月3日(火

 曇り。夜に向けてまた大きな雨域が近づいている。

 婆様、大阿蘇病院定期通院、今日は午後三時過ぎに行く。

 昼、プールへ、3000m、65.6。体重測定のあとサウナに入る。
 サウナで体重を減らしても一時的なものなので、あくまでもその前に体重計に乗る。いつも同じ条件で体重を量るようにしている。それは泳いだ後、風呂に入る前である。

 週末と休館日の月曜は泳がないので、金曜日からの泳がない期間の三日間に体重がどう変化するかと注意していたが、見事に65キロ台に落ちていた。これはちょっと食い過ぎないようにしただけである。空腹を覚えるほど我慢はする必要は全く無い、惰性で食う部分をやめれば良いだけである。一生懸命ダイエットに励んでいるいるように見えるが、全くそんなことは無い。週に何日かゆっくり泳いで、食いすぎないようにするだけである。60キロ台はいけそうだなあ。
 ところで、サウナは良い、良いと良く聞くが、一体何に良いのだろうか、どういう効用があるのだろうか、それが分からずにとりあえず入っている。


平成19年7月2日(月)

 今日一日中、時々強い雨が降っていた、そして夕方、阿蘇も含めて広範囲に警報が出された。

18時18分 熊本地方気象台発表
阿蘇地方 [発表]大雨,洪水警報 [継続]雷注意報
 特記事項 土砂災害警戒 浸水警戒
 雨 2日夜遅くまで
   1時間最大雨量 60ミリ
 付加事項 はん濫 突風

 婆様、デイケア。

平成19年7月1日(日)
 曇り。

 降りそうで結局降らずで一日終わる、陽射しもあった。朝のうちは昨夜ちょっと降ったようで畑が濡れていたのでジャガイモの収穫はせず、しばらく放置することになる(腐るかもしれない)。

 一日ノンビリ道楽三昧で過ごす。










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