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平成19丁亥(2007)年11月の記録(新しい日付けの順)

平成19年11月30日(金)

 晴れ。

 宮崎からじっちゃい夫妻がやってきた、じっちゃいは、大病の後、三ヶ月に一度、経過観察のために熊本市内の病院で診てもらい、その帰りに大好きな阿蘇で一泊して帰ってゆく。いつも孫娘のA生ちゃんと一緒だが、今日は保育園の行事があるとかで、二人旅だった。A生ちゃんは娘と同じ年で、訪ねてくるたびに仲良く遊んでいる、今日は手紙を届けてくれた。「A生ちゃんおてがみありがとう」。

 今日の来訪の主目的は、前回の熊本行きの際に我が家に置いていったパソコンの引き取りであった。氏も宮崎でライブカメラを計画中で、その環境設定のために小生がパソコンを預かっていたのだ、午後から夕方までかけて説明をしたが十分にノウハウを伝えきれずに少々消化不良気味になったが、またの機会もあるだろう、その間、Xさん、退屈そうでさぞかしご迷惑であったろう。
写真

平成19年11月29日(木)

 曇り

 婆様デイケア。

 明日じっちゃいがやって来るので、その準備で、屋根裏にしまいこんでいた預かりもののPCを降ろしてきて今日一日試運転をした。

 TOMUさんに、変な表現だが、新しい中古PCが届く、ネットオークションで落としたやつだが、これが素晴らしくリーズナブルな掘り出し物だったようだ。当たり外れがあるかもしれないが、新品を買う必要は全く無い。

 2000m。62.4。

平成19年11月28日(水)

 今日も雲の多い一日だった。

 午前中、金魚の水槽の掃除と、チェンソーの整備をした。来週また薪材の切り出しに行く。

 午後、急に思い立って、白菜を漬ける。毎年、年末に漬けているが、それはそれとして、その前に一度漬ける事にした。
写真1写真2写真3



平成19年11月27日(火)

 昨日以上に曇る、降ってもおかしくないくらいの天気だったが雨は降らなかった。

 久しぶりに、特に目的もなく、たまたま手に触れた本を何冊か開いたりして取りとめもなくのんびり過ごす。

 税務署から、税の申告などの電子申請の案内が来ていたので、その届けをする、昨年からその環境は出来ていたが税に限らず電子申請はまだやったことがない。

 久しぶりにプールへ。2000m、63.4。


平成19年11月26日(月)

 曇り。しばらく続いた好天もようやく変化の兆しが見えてきて今日一日どんよりした空模様だった。

 婆様デイケア。

 最近、宿場通りのカメラの調子が良いので豆腐屋に顔を出す機会が減っていたが、今日通りかかって偶然にカメラを見上げたところ、カメラの防水ハウジングのケーブル取り出し口が強い太陽光線や、風雨などで劣化して、破れているのに気がついた。カメラ下の地面に置いてあるACアダプターを格納してあるポリタンクのケーブルの取り出し口も劣化してボロボロになっていた。ポリタンクに付いているフレキシブルの注ぎ口を利用して作ったものだからもともとこういった使い方には向いていないのだろう、ポリタンクの中には大分水が溜まっていたのでもう大分前から破れていたのだろうか。幸いにACアダプターが冠水するするところまではいっていなかった。フレシキブルの注ぎ口だけ買ってきて簡単に交換できるかと思ったが、カメラのハウジングとは結構細かい細工をしてジョイントしていたことを思い出して、結局カメラを取り外して少し手の掛かる修理になってしまった、二三日運転を休止することになる。

 そもそもカメラを設置したのは何時だったろうか、どのくらいの期間で劣化するのだろうかと思って遡ってみた、そして平成18年8月16日の日記にその記述があった、一年ちょっとの耐性になる。

 G**より依頼のあった開局申請の書類、本日無事送る。小生のうっかりミスで申請手続きが二度手間になるところだったが、郵便局のこまやかな対応でそれが回避できた、このあたりが身近な郵便局の良いところである。


平成19年11月25日(日)

 本日も快晴、この三連休を利用して阿蘇に遊んだ観光客は快適な旅だったろう。今朝の最低気温、氷点下3.8℃。

 カミサン、職場から阿蘇のPR活動で熊本市内に出かける。

 浄福(坂梨にある地区名)のI原さんが、馬場八幡の連絡事務で訪ねて来られる。

 今日は娘の相手をしながら薪を割る。

 そしておさんどんで夕飯を作ったが、娘が、先日彼女の叔母(小生の妹)から貰ったお土産の包丁セットで手伝うと言って聞かないので、小生の横で大根の千切りを手伝わせる。アリガタ迷惑ではあるが已むを得ず。


平成19年11月24日(土)

 文句なしの快晴が続く、本当に気持ちがよい。最低気温、2.7℃。

 午前中、TOMUさんが訪ねてくださる、そして午後、滝室の「ひごたい工房」の主ご夫妻が散歩の途中にフラリと立ち寄ってくださる、氏は坂梨宿場會の仲間でもある。全くの素人ながら驚くほど立派な古民家を独力で建てられ、これは驚異的ですらある。

 一昨日作り始めた鯖寿司、ようやく出来上がり、昼と夜、家族で十分に堪能した。飯の酢の和え方が少し足りなかったようだが十分に満足のいく出来栄えであった。


平成19年11月23日(金)勤労感謝の日(新嘗祭)

 快晴。明け方氷点下になる。

 馬場八幡の新嘗祭のために、朝10時に集合して神社を清掃、立ち枯れの木々を切り倒すなどの作業をして、午後2時頃から、阿蘇神社宮司を迎えて神事を執り行う。その後、年末年始の行事などの打合せをする。

 昨日から宿泊の姪夫婦ら、今日一日阿蘇火口見物などに出かける、夕方、離熊を前に前夜内牧温泉に泊まった娘婿のご両親も我が家をお訪ねくださる。

 当初の計画では、客人たちに蕎麦を打つ約束で準備をしておいたが、馬場八幡の仕事が予想以上に長引いて、結局蕎麦打ちは出来ず、それどころか、空港に発つ直前にようやく戻ってご挨拶できた有様であった。

 それでも、文句のつけようの無いほどの晴天が何よりのもてなしになったようで、初めての「阿蘇」を心から堪能していただいたようである。

 そして、午後5時半過ぎに連休で渋滞するなか我が家を発って、ギリギリ8時の飛行に間に合ってなんとか無事に帰っていった。

写真1写真2


平成19年11月22日(木)

 晴れ。

 愛知県より、小生の妹夫婦とその娘(姪)夫婦と生後五ヶ月の長男、それに娘婿のご両親が鹿児島起点の九州旅行で湯布院を経由して夕方、三泊目、最終滞在地、阿蘇にやってきた。

 姪の婿さんのご両親は、温泉の旅情に浸りたいと、内牧温泉に投宿した。生まれてまだ日が浅い姪の子は婆様からみると曾孫になる。婆様が生きているうちに抱かせたいと言って連れてきてくれたそうである。(写真1写真2

 娘も、お客様が嬉しくてたまらないようで、トイレに「といれ」、タオル掛けに「おきゃくさま」などの表示を作って精一杯のホスピタリティ精神を発揮していた、そして盆と正月が一緒にやってきたように沢山お土産を貰ってご満悦の様子だった(これで我が家のクリスマスプレゼントは省略できそうだ)。

写真1写真2写真3写真4

 今日、カミサンが関鯖を仕入れてきた。「居眠り磐音」の豊後関前藩(架空の藩であるが佐伯藩だと言われている)の近くでとれた鯖である。ここから佐賀関は近いので関鯖は比較的容易に手に入る、都市圏ほどの高値はしないだろうが、それでも安くは無いだろう、値段はあえて聞かなかった。

 我が家の婆様は昔から鯖寿司が得意で、親戚筋等で、婆様が作った鯖寿司が伝説になっているくらいである。カミサンも以前一度だったか婆様を真似て小生が作った鯖寿司を非常にうまいと言って食べていた、あの味音痴のカミサンでもあの鯖寿司の味が忘れられなかったようである。カミサンも「いづう」の味を知っているが、それには及ばないまでも、ウマイのである。

 ということで、婆様が生きているうちに小生が完全にその技を会得しようと今日また挑戦することにした、いわば一子相伝のワザである(と言うほどのことは無い)。

 婆様の事前説明を聞いてから手際よく三枚におろして塩をたっぷりまぶして一昼夜寝かせるところから始めた(我ながら上手くおろせたと思う)。魚屋は刺身で食べて欲しかったようだが、我々はあくまでも鯖寿司が食べたいのである。


平成19年11月21日(水)

 晴れ。最低気温、阿蘇乙姫、-1.7℃(07:20)

 寒い日が続いているので、薪を少し作る。シーズン始めでまだ薪の補給の段取りが軌道に乗っていないので、とりあえず3〜4日分くらいだろうか、雨が無さそうなのでデッキに積んでおいた。タキギと少し細いやつと丸ごと放り込む太いままのヤツと取り揃えておいた。

 近々続いて来客の予定があるので、散らかり放題のシャック周りを整理して、久しぶりに美しいスペースが出来上がった、そして2〜3週間もすれば元に戻るだろう。

 2000m、63.4。



平成19年11月20日(火)

 晴れ。

 プール、先週はずっと館内の整備点検で休館だった。久しぶりに泳ぐ。水中眼鏡が大分くたびれてきたので新調したが、ガラス部分の透明度が上がって水中で50m先までハッキリ見える、それに曇り止め加工がしてあるので、曇り止め液を泳ぐたびにガラス部分に塗る手間が省けてすこぶる具合が良い。

 2000m、63.7。


平成19年11月19日(月)

 今朝はこの冬一番の寒さで、阿蘇乙姫で−5.1℃(6:30)、我が家の温度計は、これより少し後の気温、こうだった

 いつものように軍手で犬の散歩に行ったが、指先が痛くなって感覚が無くなるほどだった。

 今朝の寒さは植物にも過酷だったと見えて、かろうじて生き延びていた木々の葉も余命を断たれたようにハラハラと一気に雪のように散っていた。アジサイの葉なども一晩で真っ黒になっていた、反面、たかななど冬の葉物は元気だった。

 先日、軽トラックの定期点検の際に、燃料ポンプが少し異音がするので、保障期間でもあるので念のために交換しておきましょう、ということだったので、今日改めて菊陽町まで交換に行ってきた。

 婆様デイケア。


平成19年11月18日(日)

 日本列島寒気団が降りてきていて今日あたりから冷え込むと予報していたと思ったが、朝の冷え込みは大したことなかった。しかし日中の気温は上がらなかった。

 そんななか、阿蘇市主催の健康ウォーキングに家族で参加した。町村合併で会場が、一の宮町、阿蘇町、波野村と持ち回りになったようで、昨年は旧阿蘇町内牧、そして今年は旧波野村の道の駅(神楽苑)を基点に行われ、3キロコース、5キロコース、10キロコースとあったが、我が家は5キロコースを歩いた(写真1写真2)。途中のチェックポイントでは、くじ引きで頬っぺたに赤いシールを貼られたり、風船割りをさせられたりと趣向が設けられていて子供たちにも飽きないような工夫がされていた。

 このウォーキングは一の宮町時代から毎年行われていて、保育園も一の宮町時代に「五園の会」という保育園、幼稚園の連絡組織が主催側で参加していた関係で我が家も娘がまだ歩けないころから乳母車を押して参加している。その保育園も町村合併で参加がなくなったが、我が家は今年も参加した。気温が上がらずに寒いウォーキングになったが、沢山の知った顔があった。神楽苑では丁度新蕎麦祭りをやっていて神楽の奉納もあった。

健康ウォーキング(1/3)全10枚
健康ウォーキング(2/3)全10枚
健康ウォーキング(3/3)全10枚

 今年もそろそろ竹田市の竹楽だなあと思って検索を掛けてみたら、残念なことに、一昨日から今日までだった。昨年は雨で十分に楽しめなかったので今年こそと思っていたが残念なことをした。

 ところで、このあたりは、新聞の全国紙は、支社、印刷所、輸送態勢などの関係からだろうかあまり読まれておらず、圧倒的に地方紙が顔を利かせている。その地方紙、見事なまでに己が県の事しか記事にしない。特にここは県境で、大分や宮崎に隣接していながら、ほとんど隣県のニュースは伝わってこない。隣県でも同じような事情だろう。このボーダレスの時代にもっと相互に情報を流し合えば良いものをと何時も感じている。特に観光情報などは共有すればもっと集客効果もあるだろうにと思うが、地方紙とはそういうものなのか、あるいはその程度のレベルなのだろうか。考えてみたらテレビも同じである、見事に県境で情報を遮断している。因みに、竹田市は阿蘇市の隣の市なのであるが殆んど情報は伝わってこない。

 ついでに、小生が住まいする所は、市役所から直線距離で2キロくらいだろうか、小中学校も同じ位の距離にあり、小学生など当然歩いて通学するくらいの距離にある、そうでありながら、新聞は朝刊のみしか配達しない、2キロ手前では朝夕刊を配達する、競争が無いということはそういうことなのである。選択肢が無いから仕方なく取っている、まあ、新聞の役割もそろそろ終わりを迎えようとしているがそれにしても業腹である。


平成19年11月17日(土)

 晴れ。小春日和の一日。

 近々、来客が数組ある予定なので、終日客間や散らかり放題の小生のシャック周りの片づけをする。特に小生の遊び場周辺は一日がかりになるほどの散らかり具合なのである。


平成19年11月16日(金)

 晴れ。気温少し緩む。

 婆様、入れ歯の調整と髪結いに連れてゆく。入れ歯の方はうまくいった様で、普段食べられない少し固めの食べ物も、「ウンこりゃあ具合が良い」と言って食べていた。

 文庫本が山ほど貯まったので、ホームセンターから文庫本専用の書棚を買ってきて組み立てる。

 午後、TOMUさんのお宅に伺いPCの調整や何やら。


平成19年11月15日(木)

 小春日和。阿蘇乙姫最低気温が0.7℃、阿蘇山頂が3.3℃だったそうだから放射冷却現象というやつだろう、今朝もうっすらと雲海が出ていた。

 婆様デイケア。

 小生、午後から古閑医院でインフルエンザの予防注射を打ってもらう。カミサンと娘は先日終わっている、残るは婆様だけだが来週に接種の予定に入っている。娘はもう一度受けたほうが良いらしいので、近いうちにまた連れてゆくつもりだ。


平成19年11月14日(水)

 短時間だったが久しぶりに雲海が出る。朝少し冷え込み、日中は小春日和。

 軽トラックの定期点検で菊陽町まで出かける、2時間程度で終わる。

 三時から婆様大阿蘇病院に定期通院。

 TOMUさん邸に阿蘇移住後初めての訪問をする。

 夜、保育園の保護者会役員会があり、年末の行事などの打ち合わせをする。



平成19年11月13日(火)

 小春日和。朝少し冷え込む。

 昨日に引き続き、DI局の隠れ家に薪の切り出しに出かける。全体的には順調だったが、一本だけOMがロープで引っ張って気をつけてはいたが物置の屋根を直撃してへこんでしまった。あと数本倒したい木があるが、どう考えても隣家を直撃する方向に傾いているので今回は見合わせることにした。切り出す際に軽トラックの長さに合わせて180センチの長さで切り揃えたが、太いものになると一人では持ち上げられないほど重い、それにしても小生より10年は先輩のDI局はタフである。小生はもうクタクタである。ということで今回の出動無事に終わり、たっぷりの薪を積み上げる事が出来た



平成19年11月12日(月)

 雨のち晴れ。朝起きて地面がかなり濡れていたのに驚いた、予報では天気が良いはずだったからだ。今日は久木野村で薪材の切り出しをすることになっていたので一瞬駄目かと思った。しかしその後どんどん天気は回復して、デイケアの婆様を送り出したあと予定通り薪の切り出しに出かけた。

 実はID局の隠れ家が久木野村にある。久木野村、現在は白水村と長陽村と合併して南阿蘇村となっている。

 普通であれば、合併によって「町」を名乗るところ、ここはあえて「村」を選んだ、どこかの自治体とは大違いだ。しかも合併と同時に村議会議員の定員を減らして直ぐに選挙をした、これもお手盛りで改選のための猶予期間を設けて議員だらけになったどこかの自治体とは大違いだ。

 閑話休題。

 ID局はその隠れ家にも無線機を置いており、時々場所を変えてはここで無線をやったり、読書をしたり、時には昼寝をしたりもするらしい。

 その隠れ家に二十年ほど前とおっしゃったか、クヌギの苗を植えたが、大きくなりすぎたから、その大きな木はお前に薪としてやるから切り倒しに来いということになって、ありがたく参上した次第である。

 小生、普段、薪に近い状態で横たわっている木ばかり相手にしていて、立ち木と面と向かうのは、以前、豆札の公民館建築の際に村の共有林を切り出すために山に登って大きな杉を相手にして以来である。

 杉などに比べたら確かに細いが、実際に切り倒すとなると話は別で、しかも生え方(傾き方)で、当然倒れるであろう方向に家があり、自然の法則に逆らって反対方向に倒さなければならず、最初の二本ばかりは、チェンソーの刃が傾いた木の切り目に挟まれてニッチもサッチも行かなくなって、ウインチで引っ張ってもらったり、倒した木が途中で隣の木に引っかかって傾いたまま動かなくなったりと悪戦苦闘した。

 その後は順調に捗って、夕方には二台の軽トラックにタイヤが沈むくらい(もちろん積載量制限を越えない範囲?)で帰ってきた。ヘトヘトである。明日もまた出かける。

 クヌギ切り出し行連続写真(11枚)

 南郷谷(南阿蘇)はこちら側に比べて落葉樹が多くて、今は紅葉の真っ盛り、色見あたりからの根子岳の景観がそれは素晴らしい。
(写真1写真2



平成19年11月11日(日)

 晴れ。

 宿場會で旧街道、滝室坂へ続く道の除草作業をする。夏場と違って草の伸びの勢いが強く無いので作業は楽であった。朝のうちは気温が低くて少し着込んでおいて正解だった。

 昼から、我が家の設計をしていただいたT石さんがお隣に用があったついでに立ち寄ってくださった。

 薪割りを少しする。


平成19年11月10日(土)

 東日本は天気があまり良くないようだが、ここは素晴らしい秋晴れ(もう冬か)。

 薪置き場、塗装や細部の仕上げが残っているが概ね完成する。ついでにデッキの手摺りの隙間を利用して出窓的に収納ボックスを造り付ける。

 昼前、カミサンが娘のインフルエンザのワクチンを受けに古閑医院に連れてゆく。娘、ずっと風邪っ気が抜けずに、接種のタイミングを探していたが、ここ二三日ようやく調子が戻ったようなので今日出かけたのである。

 NHK教育の夕方の子供番組に「みみかの何とか」というアニメ(だと思うが)があって、色々料理を作る話があるらしい。時々放送の音の方は耳に入ってくるが、画面を意識して見た事が無いので怪しいが、多分間違いないだろう。その番組を娘はいつも熱心に見ては後で自分でレシピを書いて、カミサンに作れと言う。先日はカボチャのホットケーキで、今日はそぼろ弁当だった。その度に小生なんかその犠牲に、いや、恩恵に与ることことになる。今日は弁当だから庭で食べるのだといって、家族皆で庭で食べさせられた、今日は小春日和汗ばむほどの陽気で、屋外で食事をするには絶好の日和ではあった。

 庭で食事中、小包が届いた、B荘のお大尽、タイに行ってきたそうで、娘に小さな飾りがついた小箱を沢山送ってくれた。娘は彼女の宝物を入れるんだといって大喜びだった。

 明日は、滝室坂の草刈り作業、月曜日、火曜日と久木野村でクヌギの木を20本ほど切り倒す予定が入っているので、今日中にソーチェンの交換などチェンソーの整備を済ませておいた。



平成19年11月9日(金)

 晴れ。

 薪置き場の細かい部分の製作をする。

 久しぶりに泳ぐ。2,000m、61.9。


平成19年11月8日(木)

 晴れ。立冬だそうだが今日も気温が20℃を超えて屋外では汗ばむような一日になった。

 婆様デイケア。

 午前中、保育園のカラ芋掘りの手伝いをする。梨陽老人会の皆さんと先生方と保護者会の役員の皆さんと事前にマルチを取り除くなどの準備をして、子供たちがカラ芋堀りに挑戦した。もともと泥んこ遊びが大好きな子供たち、あちらこちらで芋を掘り出しては自慢をしたり歓声をあげていた。

カラ芋堀り連続写真(1/5) (全10枚)
カラ芋堀り連続写真(2/5) (全10枚)
カラ芋堀り連続写真(3/5) (全10枚)
カラ芋堀り連続写真(4/5) (全10枚)
カラ芋堀り連続写真(5/5) (全10枚)

 午後から薪置き場の横壁を取り付けた。今日はここまで(写真1写真2



平成19年11月7日(水)

 晴れ。日中の気温が20℃を越えて屋外作業をしていると暑いくらいだった。

 昼前、婆様を宇治歯科へ。先日の入れ歯調整の再調整、今度は具合が良さそうである。

 薪置き場の屋根葺き終わる、後は横壁だ。パイプがむき出しというのも無粋なので、竹でも被せようか。

 TOMUさんがいよいよ阿蘇市民になられたそうだ、一日に引越しをされたとメールを頂戴した。11月に入ったら引っ越すと伺っていたのでもう少し先かと思っていた。荷物運びでもお手伝いしようと思っていたがその機会も無かったようだ。



平成19年11月6日(火

 ほぼ終日雨が降り続く、気温はそれほど低くは無かったが、気分的にうすら寒くてストーブを焚く。

 自宅サーバーを運営していて、それに加えて、別の端末でストリーミングの発信をしようと思って色々試してきたがどうも上手くいかなかったが、今日雨で何もすることが無いのでモデムを提供しているNTTに電話をして色々質問をして、最終的には首尾よくいったようである。


平成19年11月5日(月)

 曇りのち雨、久しぶりの雨にたかなの緑が一気に鮮やかさを増した。

 婆様デイケア。


平成19年11月4日(日)

 晴れのち曇り。

 全国育樹祭が皇太子殿下をお迎えして阿蘇山麓の「阿蘇みんなの森」で開催された(が現場付近には近づかないのでどういう様子だったかを分からない)。昨日まで素晴らしい天気が続いていたが、今日あたりから天気は少し下り坂で、午前中は薄日程度、午後からは雲が掛かり始めた。

 旧一の宮町時代に四つの保育園と一つの幼稚園が五園の会という集まりを作って町主催の健康ウォーキングに参加するなど一緒に行動していたが、町村合併をしてその機会が無くなり、今回新たな試みとして、国立阿蘇青少年交流の家(旧、国立阿蘇青年の家)http://aso.niye.go.jp/で、映画上映会とミニゲームなどをする催しが開かれた。小生、役員をやっている関係で、母子の参加とは別に手伝いに出かけた。

五園の会リクリエーション連続写真(1/2)
五園の会リクリエーション連続写真(2/2)

 交流の家には以前にも一寸入ったことはあるが、じっくり中を見物するのは今日が初めてだ、阿蘇山麓の広大な土地に展開する実に素晴らしい施設である。全国から多くの若者たちが研修などで利用するほか、地元の学校の子供達も気安く利用している。
(写真1写真2

 午後から、薪小屋製作の続きをする。今日のポイントは柱を地中深く埋め込むことである。小屋というよりは下屋であるが、下屋の前面の柱はアスファルトの上になるために、単管を打ち込むには、パイプの先端に通称「ミサイル」という先が尖った金具を取り付けて掛矢で打ち込むと、アスファルト舗装なんか簡単に貫通して地中深く入って行く。

 後は、屋根部分に垂木を打ちつけて、波板で葺いて完成するが、少しずつやることにする。



平成19年11月3日(土)文化の日(明治節)

 晴れ、明け方冷え込む、最低気温は阿蘇乙姫で-0.2℃(06:50)、畑は霜で真っ白、この秋一番の冷え込みとなった、その分日中は風もなく穏やかに晴れ上がり気持ちの良い一日だった。

 ここに来て間もなく6年になるが、来て直ぐに竹で薪小屋を作った、その小屋ももうボロボロで台風が来たら一溜りもなく吹き飛んでしまうだろうと気になっていたが、幸いになんとか持ちこたえていたが、今日ようやく半分だけ取り壊して新しく作ることにした。出来ればまた竹を割って風流に行きたいところだが、これが結構時間が掛かるので、単管で作ることにした、この単管というやつはなかなか便利で、これで何でも作られてしまうのだ。ただ強風に持ち上げられないように地中にある程度打ち込んでやる必要がある。今日は大まか骨組みだけで終わった。

 ここに来て直ぐに薪小屋を作ったと思って遡って日記を見てみたが見つからない、ようやく平成14年11月14日に出来上がった記録があった、移住約一年後で、今回の取り壊しも奇しくも11月だ。

 午後、突然、滉兄が大津まで来たと言って婆様の様子も見に寄ってくれた

 明日、阿蘇で全国育樹祭が催されるがその祭典に皇太子殿下がご臨席されるそうで今日阿蘇入りされたそうだ。

 カミサンと娘、お稽古事の発表会だとかでおめかしして出かけていった。



平成19年11月2日(金)

 晴れ。

 午前中、入れ歯の調整のために婆様を宇治歯科へ。

 午後から夕方まで昨日に続いて薪作り、今日はこれだけ

 年に一回の浄化槽の汲み取りがある。

 保育園で文化祭が始まっている、いつもお母さんたちが描く子供の似顔絵が面白い。(写真1写真2写真3

 午後、DI局来訪。

 夜、冷え込んできたので久しぶりにストーブを焚く。


平成19年11月1日(木)

 うす曇り。

 婆様デイケア。

 今日はプールをやめて薪割りに専念する。これだけの薪材を今日一日でやっつけるつもりで終日かかって作業をしたが、あまり能率が上がらなかったと見えて夕方でこの状態だ、ほとんど変化が無いように見える。でも薪小屋には結構ストックが出来たようだ。

 昨日夕方娘と先日播いたたかなの状況を見た所、まだ全然芽が出ていなかった、ここのところずっと雨が無いので芽が出ないのかなと心配したが、今日になって一斉に芽が出てきた。ただ、明日の朝は霜注意報が出されてるの少し気になる。

 椎茸が見事に生え続けている、バターで炒めてレモン醤油で食べるのがウマイ。椎茸のホダ木には椎茸以外は絶対に生えないと言い切れるのだろうか、毎回そのことが気になる。


 




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