平成25癸巳(2013)年7月の記録(新しい日付けの順)
平成25年7月31日(水)
晴れ。久しぶりに夏らしい天気が戻ってきた。
最低気温 23.3℃ (05:21)、最高気温28.3℃ (15:31)
今日は光の森に映画を観に行った。娘が夏休みで家に居るので一緒に行くかと言ったが、観ても分からない映画だと思ったか、友達のところと学校のプールに行くといって別行動だった、もうそれが出来る年齢になったのだ。
「終戦のエンペラー」、マッカーサーが大東亜戦争の戦争責任を、特に天皇の戦争責任を「日本の戦後」を念頭において調査するストーリーだが、特にスペクタルシーンがあるわけでも無く、このあたりの歴史は大体分かっているのに、それでもスクリーンに引き込まれてあっという間に終わった感じがする、開戦の責任についての調査、掘り下げ方が足りないとは思うがそれでも十分に面白かった。ラストのほうでマッカーサーとの会見の席上(有名なツーショットの写真のあの会見だが)、天皇陛下がマッカーサーに対して発言されたお言葉、知っていながら思わず涙した、やはりオレは日本人だなあ。
昭和天皇もマッカーサー元帥も実物とは全然似ていないはずなのにこれが不思議と全く違和感が無い。といってもマッカーサーについて写真で知る程度でそれほど知っているわけではないが。天皇陛下については雰囲気が実によく出ていたと思う、これが演技なのだろう。天皇陛下の画面での扱いも礼を失しないよう非常に気を遣った作り方をしてあった。アメリカ人が作る日本を舞台にした映画だから我々日本人からみていると、日本の文化や風景や日本人の描き方などにはやはり少し違和感があるが、それでもよく日本を理解して作った映画だと思う。ストーリーの横糸に登場する女優、名前は知らないが、あの時代の雰囲気によく合った女優さんだった、小生の好みだ。ハリウッド映画だから、当然採算を考えているのだろうが、どこで稼ぐつもりだったのだろう、日本公開だけではないだろうが、アメリカでも売れるテーマなのだろうか。今日は平日なのに珍しく観客が入っていた。と言っても、中高老年ばかりで若い人は見当たらなかったが。
映画とは全く関係が無い話だが、たまたま見ていた動画サイトで盆踊りが流れていたが、考えてみたら、坂梨には昔からの伝統行事がいくつかあるが、盆踊りはしないなあ、以前、町村合併前に、町主催の夏祭りがあったがその時はやっていたが、それは祭の行事のひとつとしてやっていたのだろう、地域に根づいた盆踊りの風習は無いなあ、歴史的に無かったのだろうか、改めて考えてみたら阿蘇一帯でもあまり聞かない。阿蘇を離れた人がお盆の時に沢山帰ってくる、馬場八幡の前夜祭の賑わいのように、お盆の時期にそういった催しをやると良いと思うが坂梨青年会、やらないかなあ、尤も盆踊り自体はもう消えゆく文化なのかもしれない。昔行ったことがある郡上踊りが懐かしく思い出される。
平成25年7月30日(火)
今日も曇り時々雨。この天候、気象解説によると「戻り梅雨」なんだそうである、梅雨が往ったり来たりするわけが無い、上手い言い方を見つけたものである、これを「方便」というのだろう、早く明けた分の帳尻合わせか。ここ二三日気温が低めなので温泉の温かさが気持ちが良い。
最低気温 23.9℃ (05:30)、最高気温 26.5℃ (12:49)
今朝も4時前に目が覚めてしまった、今日は住民健診なので朝は何も摂ることが出来ない、起きぬけに飲むコーヒーもお預けだった。朝一番で「採尿」をした、「採便」二回分は昨日までに済ませておいた。
健診会場は坂梨公民館(写真1・写真2)、居住地域別に受診時間が決めれていて、小生の開始時間は午前10時前。昨年の健診で潜血反応が陽性で、再検査で憩室炎だったことを問診票に書いておいたところ、問診で、憩室炎の人はバリュームを飲むとまた憩室炎が悪化する恐れがあるので、改めて医療機関で内視鏡検査をしてください、今日はバリューム検査はしません、と言われたので、憩室炎と言っても、たまたまその時だけで、別に治療も何もする必要が無いと言われたから大丈夫だ、バリュームをやってくださいといって、最終的に同意書を書いてやってもらった。
検査項目は他に胸部レントゲン、エコー、血圧測定、採血などなど。最近はプールをサボっているので腹回りが1センチほど増えていたが、このくらいなら別に大丈夫ですよと言われた。空いていて順調に進んであっという間に終わった。最近は血液から大抵のことが分かるので便利である、前立腺の検査も血液でやって、その精度は非常に高いと言うことを聞いたことがある、前立腺に関しては以前から全く問題ないので今回も大丈夫だろう。
バリュームを飲んだので下剤を飲んだが、夕方になって効いてきた・・・・あっ・・・・
平成25年7月29日(月)
今日もまるで梅雨のような空だった、時々思い出したように激しい雨が降っていた(本日の降雨量午後5時半現在41mm)、この天気いつまで続くのか。気温もともすれば肌寒いくらいだ。
最低気温 23.0℃ (14:34)、最高気温 26.7℃ (11:01)
娘の昼飯に、昨日の精進揚げに冷凍してあるエビを解凍して揚げて天丼を作ってやった、どうだ美味かったろう。天丼のたれ(2人分)・・・みりん 大さじ6、しょうゆ 大さじ2、ダシの素 小さじ1、砂糖 大さじ2
昨日、根子岳の登山口に車が残されていたことから遭難ではないかと捜索が始まっているとラジオが伝えていた。車が見つかったのが昨日で、山に入ったのはもっと前かもしれない、単独登山の70歳の男性のようだが、コミュニケーション手段は持っていなかったのだろうか、滑落ならそのヒマは無かったろうが、たとえそれでも、レバタラになるが、その登山者がハムでAPRS無線機を携行していたらと、どうしてもそう思ってしまう、最悪、何かのアクシデントで無線機が壊れたとしても、そこまでの軌跡は残るのだ、厳冬期ではないが雨が続いてる、なんとか無事で見つかるといいが。
平成25年7月28日(日)
曇り、きょうも時々雨が降る。
今日、山口県と島根県に「今までに経験したことのないような大雨」が降った。こういった表現は昨年7月に阿蘇地方を襲った豪雨の時に初めて使われた言葉ではなかったろうか。今日も雨雲レーダーを見ていると次から次に「真っ赤な雲」が流れ込んでいた、昨年その激しさを経験しているのだけに雨の凄さが良く分かる。近年の雨の降り方はどうもこのような傾向が強い。
今日は昨日に引き続き、太郎の子守で過ごす。娘とカミさんは、娘が習っているピアノ教室の発表会だと思うが、城南町(だと思う)の方に出掛けて行った、帰りは深夜になるらしい。発表会だと「思う」、と書いたのは、応援しようと言う気にならないからだ、娘はロクに練習もしないでよくまあ出る気になるものだ、どちらかと言うと内向的なくせに舞台に上がって恥ずかしくないのかと呆れてしまう、娘も娘なら母親も母親だ、こんないい加減な練習量なら棄権しろと小生なら言うところだが言わない、たとえ身内同士発表会といえどももっと真剣に身を入れてやったらどうだ。(写真1・写真2・写真3 カミさん撮影)写真2に一緒に写っているのはKちゃん、娘が保育園時代、二級上で未満児クラスで一緒だった、どこかに当時の写真があるはずだが、その後、転居で阿蘇を離れて、ピアノの発表会で時々一緒になるが、ずいぶんのびやかに成長をしているなあ)
太郎、今日昼間ちょっと鼻血が出ていたので、風呂に連れて行って大量に出されると対応が面倒なので今日は連れていくのはやめた。ここ一二回、ようやくアゼリアの大浴場の浴槽の中に入れるようになって、手を引いてだが、浴槽の向こう岸まで歩いていけるようになった、ブクブクの近くまで恐々だが近寄ることができるようになった。満三歳になって、催したときに自己申告をしてお漏らしをしなくなった、大の方も大人用の便座に小さな便座を乗せてそこに座ってするようになった、あと残っている課題は、朝、登園時(帰る時もだが)、先生におはようございますの挨拶が出来ない、今日はちゃんと言う、決意を新たに毎朝出掛けるのだが、イザその時になると言わない、妙に意識してしまうようだ、その時以外は園ではウルサイくらいよく喋るらしいが。
あ、もうひとつクリアできない事がある、それは電池で動くオモチャを怖がることだ、手で何度か押してはずみ車の力?(何と言うのだろう)で動く車は怖くないが、電池で動く車、何もしないのに動くことに納得できないようである、それでも、最近は決められた線路の上を走る分にはいいが、線路無しで自分の方に向けて走らせると血相を変えて怖がる。だからそれを逆手にとって、言うことを聞かない時に、太郎に向けてスイッチを押そうとするとすぐに言うことを聞く、さて、これがいつまで有効か。
夜は太郎に我家の農産物、ジャガイモとナスとタマネギの精進揚げを作ってやる。
平成25年7月27日(土)
曇り時々雨。一夜明けても阿蘇上空にだけ雲が発生して時々雨を降らせていた。梅雨末期の雨と言う訳ではないだろうし、今回の大雨はどういう種類の雨だったのだろうか
最低気温 23.9℃ (03:50)、最高気温 27.0℃ (14:44)
学童五輪ミニバスケットボールとかで、娘は母親と朝早く宇土市に出掛けて行った。意地悪な見方をすれば、全国紙が拡販のために行っている「甲子園」のローカル版であり、こちらは県下の小学生のミニバスケットボールの大会である、誰か頭のいい人が考え出したのだろう。まだ心身未発達な小学生を・・・・以下相当長文を伏字にした、気が小さいので一度アップしたが・・・************************************************************************************。まあ、大部分の人は純粋に楽しんでいるのだろうが。(写真1・写真2・写真3・写真4 カミさん撮影)
そういわけで、太郎、半日保育の後小生と過ごす。今日は太郎の方から、トトロが見たいというので、プレーヤーをかけてやったところ一人で見ていた。もう何度も見ているが、成長するにつれて理解度がどんどん深まるのだろう。それから、「働く車」が家の窓から見えたので、わざわざ外に出て見学をしていた。
残念ながら娘の小学校は初戦で散ったそうで、明日の試合は無くなったが、明日は娘のピアノの発表会とかでまた終日子守になる。当初のつもりでは今日の試合に勝って明日も試合に出てさらにピアノの発表会も掛け持ちするつもりだったらしい。もっとも娘は応援で出場は無いのだが。いずれにしても小生は二日間自由が奪われるのだ。
平成25年7月26日(金)
今朝は三時半に目が覚めてしまった。窓を開けて寝ていたので雨音で目が覚めたのだろうか、雨雲は阿蘇上空の狭い範囲にしかないのだが、結構強い雨が降っていた。その程度で終わるかなと思っていたところ、その後、だんだんと雨の勢いが強くなって、昼ころから雷も鳴りだして、その雷は夕方になってもずっと暴れ続けている(午後8時、現在進行形である)。
大雨洪水警報が出されているが、復旧工事中の外輪の山肌は泥を止める草が生えていないので、泥水が濁流となって道路に落ちて川のようになっていた。ようやく復旧工事が終わった豆札川などは石垣の上あたりまで水が来ており濁流となって渦巻いている。
豆札川の下流域にあたる黒川は警戒水位を超えているとか(写真1・写真2)。小生が住む阿蘇谷を流れる川がこの黒川、南阿蘇を流れる川が白川、この二本の川が立野で一本になって白川として熊本平野に流れ下り、熊本市中を通って有明海に注いでいる。従って川底よりも低い地形の熊本市も洪水の心配がある。午後8時現在で今日降った雨の量は210mmを越えており、まだ降り続いている。レーダーを見るとようやく雨雲が切れかかっているが、雨雲は阿蘇より北西あたりで次々に湧いているので、このまま収まるかどうか分からない。ふと去年のことが頭をよぎる。
今日はとにかく雷が凄くて昼ころからサーバー類を休止したが、雷はその後もずっと暴れ続けて、停電もあり、ADSL回線が非常に不安定になっていてPPPが頻繁に確立できない、ちょっとした天候不順でインターネットが使えなくなる、考えてみたら、このような時の情報発信が大切なのに、脆弱なものである。7時過ぎになって無理をしてシステムを再稼働しているがまだ雷が鳴り続けている。
今日の昼飯は「鳥すき」、娘に好評だった。
今日、保育園でお誕生会があったそうで、太郎は7月生まれなので、何人かの7月生まれのお友だと今日は主役だったらしい。色紙を貰って来た。
平成25年7月25日(木)
明け方さっと強い雨が降ったがあっという間に通り過ぎた。我家の雨量計では1mmとなっていた。今日も西日本は暑かった、西日本と言う場合は本州の西半分を指す場合と、九州までを含めて言う場合とあるようだが、この場合はもちろん九州までを含めるが、それでも九州の真ん中あたりは色が赤くない、今日も豆札は30℃に達しなかった、それに今日は風が強かった。一時のカラカラ天気でなくて、雲が多くて、風があり、空模様も気になって梅干しの土用干が出来ない。3日ほどカラリと晴れてくれないか。
最低気温 23.5℃ (00:42)、最高気温 29.4℃ (14:03)
午前中、草刈りをする、それ以外は、作業なし、今ひとつエンジンが掛からない。
クマデンのライブカメラ、店の前の東バイパスの様子を映すカメラを運用しはじめたようである、まだ試験段階だろうか、アングルが適正でないように見受けられる。それに、時々開かない。これは、使っているブラウザのせいだろうか、IEだと開くが、Google Chromeだと時々開かない。このようなライブ映像は公共性があって有難いし非常に良いことだと思うが営業時間内のみの運用というのはちょっと残念、今のところ一台での運用なのだろう、外が映るようになったが、反面、店内の様子が映らなくなった、そのうち、きっと両方が映るようになるだろうと期待している(と勝手なことを言っております)。
今日の昼飯、マーボー豆腐、箸休めは搾菜(ザーサイ)、統一性を欠くのでデザートは杏仁豆腐でもと思ったが、生憎無かったので、パイナップルの缶詰。
平成25年7月24日(水)
西日本は今日も暑かったらしいなあ。ここ阿蘇は今日は曇りがちで風が少し強かったので気温はそれほど上がらなかった。朝などは、窓から入る風に思わずさむーとばかりに窓を閉めたくらいだった。
最低気温 22.8℃ (00:26)、最高気温 28.3℃ (15:00)
ラジオ体操で一日が始まる。子どもたちだけでなくに隆一さんのように村の人たちも一緒に体操をすれば良いのに。(ラジオ体操の写真は今日までだな)
昼飯に、シイラの竜田揚げと春雨のサラダ、春雨のサラダはサラダオイルと酢をタップリ入れて、それに辛子を沢山入れる。好評だった。(写真1・写真2)
午後から、7MHzのワイヤーをコイノボリの柱に付け替える。
平成25年7月23日(火)
晴れ。大暑だそうだが、空はもうなんとなく秋めいている、もう虫の声も聞こえる。
最低気温 22.1℃ (05:26)、最高気温 28.4℃ (14:42)
今朝もラジオ体操に行く、始まったばかりなので日記に書く。小生は保護者で全く参加する必要は無いが、もう、毎年の習慣である、もしかしたら小生が出席率は一番かもしれない。
夏休みの学校プール開放の監視当番に行く。保護者が三人で監視にあたる。午後1時半から3時半まで。昨年は水害で中止になったが一昨年は小生も水着の準備をして、こどもたちと一緒にプールに入った。今年は風があって、少し寒そうだったのでやめた。坂梨小学校のプールの水は山からの自然水で常時流れ込んでいてとにかく冷たいのだ。それでも大勢の子どもたちは楽しそうに遊んでいた。
ボタン電池、ゲーム機や家電に使うタイプはホームセンターに色々売っているが、時計などに使う小さな電池はなかなか無い、今回欲しかった電池、SR626SWは特に特殊な電池でもなさそうなのでもしかしたらその辺りに売っているかもしれないが、二度手間になるのが嫌なのではじめからネットで買った。時計用のボタン電池、高いのやら安いのやら色々あるが、このボタン電池は普通一個150円前後ではないだろうか、ところが今回買ったやつ、5個入りで送料込みで397円也、逆輸入品と謳ってあるが日本製マクセルである、適正価格とはいったい何だろう。
平成25年7月22日(月)
晴れ。今日も阿蘇高原は30℃以下をキープ、決して観測装置が壊れているわけではない。
最低気温 19.9℃ (05:42)、最高気温 29.8℃ (16:14)
今日から夏休みのラジオ体操が始まった。ここの登校班は、全部で8人だが、その半分は鬼塚地区でここから更に歩いて15分ほど奥にある、ラジオ体操だけのために毎朝出てくるのは大変だろう、今朝は向うで独自にやったのだろうか、今朝は豆札の子どもたちだけの体操になった。(写真1・写真2)
午前中、阿蘇市健康づくり推進員の研修会が一の宮保健センターであり参加した。4月の委嘱式の日は会場が一杯だったので、そんな人数でどうやってワークショップをやるのだろうと思っていたら、今日は、阿蘇市のなかの一の宮と坂梨地区だけの研修会だったので人数は多くなかった。今日の説明で、阿蘇市は一人あたりの占める医療費と介護費が全国のなかでもうんと上位に位置している、その源は生活習慣病にあるというころである。生活習慣病は気をつければ予防できるので、住民はもっと自分の健康に注意を払って、重症化してあわてることにならないよう市が実施する集団定期検診をもっと積極的に受けて欲しいということであった。そして、市が負担する医療費の財政負担は結局は回り回って税金と言う形で市民一人一人にかかってくるのだからとも言われた、宜なるかな。ついでに統計を見ると九州の各県はほとんどが上位を占めている、これは何か、食生活など何か地域性にでもよるのだろうか。
阿蘇市のプール・温泉施設「アゼリア21」で小学校の4年生以上の児童が参加する阿蘇郡市学童水泳記録会が開かれた。記録会は朝から開かれていたが、小生は午前中の研修会が終わって昼ころから出掛けたが、娘たちが出場するのはこれからだというので、応援に間に合った。
娘は5年生だから、去年はあったか?とカミさんに訊いたら、昨年は水害で中止になったそうで、娘にとっては今回が初めての記録会になった。阿蘇郡市の4年生以上は全員出るのかと訊いたところ、カミさんは、確かではないが、全員のところも、一部のところもあると言っていた。確かに坂梨小学校では、僅か6年生が3名、5年生は4名だったか、内5名は娘を含めて水泳スクールに行っている子どもたちで、観客席から見ていると、他の学校ではかろうじて泳いでいるという子も何人か見られたので、そういう学校は恐らく全員参加だったのだろうか、坂梨小学校もどうしてもっと出なかったのだろうか。大勢の他校の子どもたちのなかに埋もれるようにして座っている坂梨小学校の子どもたち、雰囲気に呑まれて皆緊張してこわばった表情をしていた。来年は是非全員参加を願いたいものである。今日の記録会、4年以上だが、それでも会場は沢山の子どもで溢れていた、おお、阿蘇郡市の子どもの数も捨てたものではないなと頼もしく感じられるほどだった。それに応援の保護者を加えて、アゼリアは恐らく一年で一番の混雑だったのではないだろうか。応援の大歓声と熱気で会場内はむせ返るほどだった。
今日出場した坂梨小学校の子どもたち、ほとんど全員が水泳を習っているせいか、フォームは確かに美しい、それでスピードが出ないのは、これは筋力の差だろう、特にうちの娘、ガリガリで、あれではいくらフォームが良くても早くは泳げないだろう、敢えて言う、これは偏に母親の役割だ、もっと太らせなければ、もっと食べさせなければ。食欲が無ければ、何を食べさせたら良い、かどう料理したら食欲が出るか、一生懸命考えて工夫をしなければ。
二階の観客席から見る機会はあまり無いが、今日見ていて、改めて50メートルというのは結構距離があるなあと思った。自己流とは言え、それを小生な苦もなく泳いでいるだから小生もなかなか捨てたものではないなあとちょっと気分を良くした。
明るい室内と言っても所詮室内だ、写真を撮るにはやはり暗い、安カメラにとっては反応が遅い、ピントが甘い、かなりの枚数がピンボケになった、こういう時に、やはり良いカメラが欲しいなと思う。
阿蘇郡市 学童水泳記録会 連続写真 (1/7)
阿蘇郡市 学童水泳記録会 連続写真 (2/7)
阿蘇郡市 学童水泳記録会 連続写真 (3/7)
阿蘇郡市 学童水泳記録会 連続写真 (4/7)
阿蘇郡市 学童水泳記録会 連続写真 (5/7)
阿蘇郡市 学童水泳記録会 連続写真 (6/7)
阿蘇郡市 学童水泳記録会 連続写真 (7/7)
平成25年7月21日(日)
晴れ。
最低気温 20.8℃ (05:33)、最高気温 29.0℃ (14:34)
ボンに2回目のフィラリア予防薬投与する。
昨夜、観測ロケットS-310-42,S-520-27号機の連続打上げが内之浦宇宙空間観測所で行われるということだったので、午後11時打上げの一発目が見えるかなと思って太郎は寝ていたが、家族で南の空を見ていたが、薄い雲が掛かり月明かりもあったせいか、全く見えなかった、果たして打上げがあったのか無かったのか。と思っていたら、IES局が見えたよと写真を送ってくれた、へえ、見えたんだ。(右端に中岳噴煙そして右端上に月)
今度は8/22に同じく内之浦から新型のイプシロンロケットの打ち上げがある、ここからは見えるか見えないか分からないので、夏休みでもあるので、県境を越えて宮崎方面に少し走ってちょっとでも見えるところまで行ってみようかなと思いうとどのあたりになるだろうか。志布志や鹿屋あたりまで行けば、ランチャーは見えなくても、ロケットが上がるのが見えるだろうか、或いは都井岬か、いずれにしてもちょっと遠すぎるな。
昼前、太郎を連れて坂梨公民館に第23回参議院議員通常選挙(という呼び方をするらしい)の投票に出掛ける。今夜はテレビラジオは開票速報で騒がしくなるだろうが、今回は決して不愉快な騒々しさではなさそうだ。
今日は完全に子守の一日。娘は明日開かれる阿蘇郡市学童水泳記録会の練習でクラスメートとアゼリアに練習に行った。
夕方、6mがバリバリ開けていた。
平成25年7月20日(土)
晴れ。今日も我家の観測装置、真夏日の30℃手前で踏ん張っていた。
最低気温 21.3℃ (05:23)、最高気温 29.9℃ (16:26)
ラジオから流れる「夏期巡回ラジオ体操・みんなの体操会」の声に、あっ今日から夏休みか、慌てて娘を起こしに行ったところ、布団の中から眠そうな声で「土日は休み!」と言われてしまった。そうか、そうだったな、せっかくの週末、早くから起こされるのはたまらんという親の声によるのだなあと想像する。バカな親がいや、実際に土日を休みにさせるだけの相当数の親どもがいるのだろう、そんな親は子どもを叩きだしてから二度寝をすればいいのだ、土日が抜けたラジオ体操なんて気が抜けたラムネだろう。ラジオの公開体操は土日でもやるのだろう、その地の親どもはどう言っているのだ。学校だか、教育委員会だか、あるいはPTAになるのか知らないがつまらん遠慮をしたものである、土日でも堂々とやれよ。そう言えば確か、ラジオ体操にはお盆休みもあったような気がする。
昼前、6mをワッチしたら8方面がやたらと開けていた、いよいよかなと思って、午後の仕事を終えてスイッチを入れたらもう聞こえなかった。ちょうどじっちゃいがアンテナの調整を終えたばかりだったので、Eスポ情報を伝えたが、初めて電離層伝播を体験したのではと思う、QSO出来ただろうか。
今日は、裏の畑で、単管を使って薪の集積場所を作り始めた。単管は一本でも結構重量があるものだが、それを何本も組み合わせて立方体を作るとなると結構重労働になり、汗だくで取り組んだ。今回の手法は、先ず、地中に打ち込まない状態で組んでみて、これで良しとなったら、設置場所を決めて、四隅のパイプを地中に下側の横パイプの深さまで(約40センチ)打込む予定でいる。しっかり組んだパイプ構造の四隅をどうやって垂直に打込むかが、自ら編み出した一つのノウハウだ。2×4mなので8平米になる、姿が出来てくるとだんだん欲が出てきて、生コンを打って、いっそうのこと四方に壁を張って小屋にしてしまおうかなどと思い始めたりしているが、まあ、とりあえずは薪小屋だ。(写真1・写真2)
今日はカミさんが休みで太郎を連れて出かけたので、昼飯は娘のリクエストで素麺。本当は蕎麦が良いのだけれどと言っていたが、準備が大変なので素麺にしろとなった。ただ、素麺と言っても、ただを茹でただけで、ハイ出来あがりではなくて、ちゃんと栄養バランスを考えて作ってやった。これもお袋の真似である。
薬味に擂りゴマ、ミョウガは庭にあるが、大葉が無い、村の中を歩いて二三あたったが無い、そこにちょうど裕子さんが通りかかったので、大葉ありませんかと訊いたところ、あそこにあるから持って行っていいですよ、と言ってくださったので、少しもらってきた。それから、干しシイタケを甘く煮たもの、トマト、最後にタンパク質に玉子焼き。(写真1・写真2・写真3)
選挙運動も今日までか、とうとう誰も一度も選挙カーやってこなかったなあ。
平成25年7月19日(金)
晴れ。昨夜、日記をアップした後、2mm弱の僅かな量だったがひと雨あった、朝にはもうその痕跡が無いほどの雨だった、それでも少しは大地は潤っただろうか。
巷では連日、真夏日だ猛暑日だと言っているが、ここでは29℃までは行くが30℃という気温がひとつの大きな壁になっていることが良く分かる、あと僅かであるが、なかなか30℃は越えることが無い、今日もギリギリ30℃には達しなかった。午後7時まえ、日記をかいている時、また、少し雨が降っている、打ち水になる。
最低気温 20.5℃ (05:51)、最高気温 29.8℃ (15:29)
今日は子どもたち、終業式。登校時に定点撮影をしようと思ったが、鬼塚組が少し遅れたので、時間差で撮影。明日から長い夏休みが始まる。(写真1・写真2)
娘の下校時を校門前で待ちかまえて、阿蘇温泉病院の耳鼻科定期通院、午前の受付締めきりにギリギリ間に合わせる。(写真1・写真2)
RKK終業式ニュース (6.7MB aviファイル)
この病院はいつも耳鼻咽喉科が一番混む。今日も娘が午前の部の最後の受付けだったが、午前の診療が終わったのが午後1時半ころ、それから薬局に回って薬を貰って、と全部終わった頃には午後2時近くになっていたので、内牧の蕎麦や「赤川」に寄って蕎麦を食って帰ってきた。娘はちゃんとした蕎麦が食えると言うので大喜びだった。
この「赤川」、もう何度か来ているが、亭主どのに店名の由来を訊ねたところ、熊本藩の加藤忠広(2代藩主)が改易され際に、庄内藩にお預けとなったことで熊本とは縁がある地であることや、亭主どのが好きな藤沢周平の出身地が庄内地方であることなどから、庄内地方を流れる赤川を店名にしたそうである。ここには蕎麦の他にうなぎが旨そうだが、今年は特にうなぎが高いからなあ。
夕方近く、JLZが実家の草刈りをしてとかで、帰る途中、APRSのマニュアルを受取りにちょっと寄って行った、これでAPRSの環境整備の条件は整った(とプレッシャーをかけておく)。
ワイヤーアンテナを張るために枝打ちした杉の根元付近にロープを巻くための金属棒を2本打ちこんだ。この程度であれば杉の木にダメージにはならないだろう。ホームセンターで、「PC付き打込み棒」と称して売っていたが、これは本来何に使うものだろう、アンカー用ではないと思うが、そもPCとは何ぞや。
夕食時、我々が何かの話をして注意がそれている間に、太郎が牛乳パックを手にとって、自分のカップに注ごうとして、封を切ったばかりのパックだったので重くてバランスを崩して、あっという間も有らばこそ、完全に一本分を食卓の上にぶちまけてしまった、床もびしょびしょ、いたずらをしていた訳ではないので叱るに叱れず、全員唖然!!!器に集めてボンの臨時ボーナスになる。
平成25年7月18日(木)
朝方は曇っていたがその後晴れ。大気が不安定なのか、結構積乱雲が出ていた、夕方には小国あたりを通って大分方面に雷雲が通過して行ったが、ここはギリギリ降らなかった、ひと雨欲しいところである。日中は風が吹いて気温ほどの暑さは感じなかった。
最低気温 21.4℃ (03:10)、最高気温 29.3℃ (14:18)
急に夜が明けるのが遅くなってきたような気がする、今朝は横に寝ているはずの太郎にモロに蹴れたはずみで目が覚めてしまった、外は真っ暗、眠気はもう無いが今何時頃だろうかと思って枕元の時計を見ると4時、いつもだと既に薄明るくなっているころだと思ったがまだこんなに暗かったか?夏至もとっくに過ぎてもうどんどん日が短くなって行っているのだろうか。
ちょうどその頃、新聞が配達されて、センサーライトが点灯したが、ボンはすぐ近くを配達人が横切るのに地面に横たわったままピクリともしない。明るくなってモニターを見ても、あれから全く動いた気配が無い、ちょっと心配になって、オイ!ボンと声を掛けたところ、むっくり起き上がった、何事も無かったようだ、あいつは新聞配達には全く吠えない。
九州はずっと安定した天気が続いているのでここのところあまり雨雲レーダーや天気図を注意していなかったが、東北地方はまだ梅雨が明けておらず、大雨が降っているのだなあ、まったく思ってもみなかった、日本列島はやはり南北に長いことに改めて気付かされる。
今日は午前中、草刈りをしていて、裏の方にひとつ薪を納める小屋風のものでも作ろうかと例によってふと思い立った。それには、残っている単管では量が足りないなあ、となると、以前北側の塗装用に組んで、まあ、もう要らないと言えば要らない足場がそのままになっていたので、これを解体するところから始めないとならないなと、急遽、足場の取り壊しをした。解体する時も順序良く解体していかないと、色々面倒なことになるので、組み立てた時の順序を思い出しながら逆の順序で解体していった。最後に地面に打ちこんだパイプはハンドウインチで抜いた。
これで小屋を作るには十分の量のパイプが確保できた、ヒマを見て少しずつ、やって行くことにする。裏に小屋を作ると、畑から車を乗り入れて、小屋前に直接材木を落とせば薪作りが効率よく出来るだろう。
そう言えば、太郎、昨日、ようやくアゼリアの浴槽に完全に入り、手をつないで浴槽の一番奥まで歩いて行った。最近はどうにか浴槽に入るようになったが、入った所の浴槽の縁にへばりついて決して中の方までは行かなかった。最近はお姉ちゃんが自宅のふろで顔を湯に浸ける特訓をしてくれていたこともあったのかもしれない。同じクラスの女の子や、もっと小さなクラスの男の子が平気で入っていたのに、臆病者でなかなか出来なかった。
平成25年7月17日(水)
晴れ。
最低気温 20.8℃ (06:16)、最高気温 29.2℃ (15:12)
台風8号が発生したが、日本には影響が無いだろう。
太郎を保育園に送ってから、チェンソーを持って、以前から主と風呂で約束していた「なごみ野」の繁りすぎた樹木の枝落としに出掛ける。葉が繁りすぎると芝が全く育たなくなるそうである。確かに日陰は芝が枯れていた。脚立に上って数本の木の上部を切り落とす。ボランティアのつもりだったが過分のギャランティを頂戴してかえって恐縮する、高所恐怖症の人から見ると、高い(それほど高くは無いのだが)木に登ると言うことは何か特別なことのように見えるのだろうか。
梅干しの天地返しをして、溶け切っていなかった塩をよくかき混ぜて漬けなおした。天地返しはもっと早いうちにするものらしいが、梅酢が十分に出ているし、この時期にやったからといって特に問題は無いだろう、とにかく梅酢さえ出ればもう失敗することは無い。
平成25年7月16日(火)
晴れ。屋内や日陰に居る分には風があり湿度が低かったので気持ちが良かったが、炎天下の作業は大変である。
最低気温 20.7℃ (04:35)、最高気温 29.7℃ (15:29)
太郎、昨夜発熱、二三日ちょっと下痢気味だったがそれも治りかけの時だ、39度近くまで上がって苦しそうだった。座薬は入れずに様子を見ることにして、ちょっと寒いくらいだったが窓を開放して寝た。朝にはほぼ平熱近くまで下がって、特に悪いところもなさそうだ、用心のために保育園を休ませる、幸い、母親も休みだったので小生は助かった。
小生、草刈りと先日収穫したジャガイモの葉や茎やアンテナ支柱を作るために枝打ちして積んであった杉の枝などを燃やす。ずっと雨が無かったで良く燃えた。この時期の焚き火は拷問にも等しい。
朝、6m、久しぶりにEスポが出て7エリアが聞こえていたがすぐに消えた。ずっと無線機の前に居た訳ではないのでその後どうなったか知らない。
坂梨「滝室窯」の石田裕哉さんが個展を開いている、14日の熊日に掲載されていた、会場は熊本市中央区出水の「織庵」である、盛況を祈る。
平成25年7月15日(月) 海の日
晴れ。比較的凌ぎやすかった。
最低気温 22.9℃ (00:57)、最高気温 29.1℃ (15:31)
カミさん仕事、こどもたちは休み。
「海の日」の由来はあるのだろうが、海軍記念日の方がピンとくる。小生が以前住んでいた神奈川県茅ケ崎市ではこの日「浜降り祭」が斎行される。寒川神社を始めとして、茅ヶ崎市・寒川町の各神社の神輿数十基が払暁宮出しをして海に入って禊を受ける。以前は祭礼の日が決まっていたが、十年ほど前から海の日に斎行されるようになった。(寺さんからのメール)
今朝午前3時前に鶴峯神社に集結した近隣4基の神輿が宮立ちするのを見に行きましたが、仕事があるので残念ながら海には行けませんでした。(写真1・写真2)
今年も約40基の神輿が浜に集合しましたが海岸の写真はHP「茅ヶ崎熱血情報」をご覧ください。じっちゃいがとうとう6mのHB9CVを揚げたそうだ。ところが、せっかく揚げたのにずっとCONDEX最悪で、ここのところ全くEスポが出ていない。ここと佐土原とでは距離があり過ぎてGroundWaveでもコンタクト出来ない。じっちゃいのブログに写真が載っていたので、拡大してみたところ、どうも、組み立て方法が間違っているようなので、そのことを伝えておいた。
太郎に本当のトマトの食べ方を教えてやる。トマトは丸齧りに限る。
最近、時々「うまかな・よかなスタジアム」という名前を耳にする。その昔、国体が開催された時に作られた熊本県民総合運動公園陸上競技場、愛称「KKWING」という運動競技のメッカがあり、J(2だが)リーグのサッカーもここで行われている。近年、赤字公共施設の財政改善策の一つとして施設命名権を売るようになって日本各地に企業の名が付された球場などがいくつか誕生しているが、この競技場の施設命名権を取得して名付けられたのが、この「うまかな・よかなスタジアム」である。我々、熊本県人は(と言いきるほど小生は既に立派なクマモンであるが)面白い名前を付けたものだと思わずニヤニヤするが、他県の人には分かるだろうか。(うまかな:美味果菜、よかな:良果菜)・・・おいしいねえ、良いねえ、という意味で、施設命名権者はある青果卸売市場会社だそうである。因みに、クマモンとは熊本の者(もん)という意味も込められている。
平成25年7月14日(日)
概ね晴れだったが雲が多くてスカッというわけにはいかなかった、その分、風もあって気温も大して上がらず比較的過ごしやすかった。
最低気温 22.7℃ (02:49)、最高気温27.7℃ (13:26)
本日、村の行事、「夏の天神祭」。午後三時から天神社で神事斎行の後、集会所で直会。(写真1・写真2・写真3・写真4・写真5)
以前、古い無線機のチェックをしたところ何年も火を入れていなかったので、コンデンサーの液漏れのせいか、何台も動かなくなっていた。そのなかにハンディ機のIC-2NとIC-03Nも含まれていた。ところが最近、MQYが同じIC-2Nが使えたと言うことだったので、だったらこちらも使えるのでないかなあと思って、改めて通電してみたところ、IC-2Nはヘリカルホイップアンテナの外皮が破れて中が見えている以外は完全に生きていた。一方のIC-03Nもスケルチが全く効かないながら、これも無事生きていた。インターネットで検索してみたところ、ポテンショメーターの部品剥離が原因で起きるようで、もう部品が無いので接着剤を使って修理したレポートが出ていた、これも直せそうである。
平成25年7月13日(土)
晴れ。台風7号が影響しているのか、午後になって一時にわか雨、すぐに過ぎる、単なる夕立か、日が暮れる頃も空は雲が多かった。(写真1・写真2)
最低気温 22.7℃ (03:04)、最高気温29.7℃ (14:14)
「ゆとり教育」による学力低下の反省からか、土曜日の授業が復活し始めているようである、いきなり毎土曜というわけにはいかないというわけか、これから少しずつ土曜日の授業が増えていきそうである。子どもは当然反対のようだが、親はどうだろうか、企業の週休二日制が定着して、朝寝が出来る土曜日に親が子どものために早起きしなければならなくなるからイヤだという親も中にはいるかもしれない。小生の子どもころは当然土曜授業があったが、そのかわり半ドンだったので、土曜日の午後の開放感はまた格別だったのを今でも覚えている。
今日はその土曜授業の一回目で、子どもたちは普通どおりに登校して行った。ただ、今日はまあ土曜授業をしたという実績だけ作ればいいのか(どうかわからないが)、学校公開日にして、授業らしい授業もほとんどなくて、プール実習をしたようだ、娘の話だと、学校公開日なので、保護者もプールに入ってよかとばいと言っていたが、誰か入った保護者はいただろうか(後から聞いたところ保護者で入った人はいなかったとか)。そして、午前中で学校が終わって下校する時には、保護者が車で迎えに行って、運動場側から一方通行で入って子どもを乗せて別の出口から順序良く帰って行くという「緊急時下校」訓練を実施した。今日はカミさんが休みなので、太郎を連れて、その訓練に参加した。
今朝、ちょっとして救急搬送騒ぎがあった。子どもたちを送るために家の前の集合場所に出たところ、何処かから小生を呼ぶ弱々しい声が聞こえる、声からしてお向かいのお婆ちゃんだなと分かったので、植え込みのところまで行って、どうかしましたかと訊ねると、ちょっと入ってきてくださいと言う。ああ、多分倒れたか何かで動けないのだなとピンときて、すぐに家の中に入って行くと、朝食後気分が悪くなって動けなくなったところ小生の声が聞こえたから窓から呼んだとのこと。すぐに119番に電話をして救急車に来てもらって、病院に搬送してもらった。その後、市内に住むお姉さんのお宅を電話が通じないので、探して事情を伝えに車を走らせた。だだっ広い田舎で人の家を探すのは結構大変で、まず表札が出ておらず、それに通りに人の姿が無い、運良く二軒ほど訊ねただけで家が分かり、事情と搬送先の病院名を伝えることができた。大事に至らなければ良いがと思っていたところ、夕方連絡が入り、色々検査の結果、特に悪いところは無かったそうで、一安心と言ったところである、暑さにでもやられたのだろうか。
午後、keiさんがXさん御同伴で御入来。どちらかと言えば、旦那が「静」なら、Xさんは「動」か、なかなか快活な女性だ、いや素晴らしい、いいコンビだ、これ読んでるな。
保育園の納涼祭、開始当初時々さっと降る雨でシートが濡れて大変だったが、そのうちに雨も上がり、かえって打ち水効果で涼しい納涼祭になった。
保護者による早食い競争の際に、いつの間にか、太郎と泰増の二人が舞台に上がって、二人で競技に参加しているつもりなのか、あれはかき氷か、一生懸命食べていた。それに気がついた小生が、なんだあの二人はと、思わずつぶやくと、先生が、いつもあの二人はつるんでいますよと笑っていた。帰ってから改めて写真を見ると、早食い競争のシーンではどれにもあの二人が写っていた。カミさんが言うには、競争が終わって保護者がカップなどを机の上に置いて退場する際に、太郎もカップを同じ机の上に置いて退場したそうである、いやはや。
毎年、小学校一年生は保育園OBとして御招待扱いだが、去年、納涼祭が水害で中止になったので、今年は二年生(去年の一年生)も一緒に招待されて胸にリボンをぶら下げていた、粋な計らいである。最後は花火で打上げとなった。
坂梨保育園 納涼祭 連続写真 (1/6)
坂梨保育園 納涼祭 連続写真 (2/6)
坂梨保育園 納涼祭 連続写真 (3/6)
坂梨保育園 納涼祭 連続写真 (4/6)
坂梨保育園 納涼祭 連続写真 (5/6)
坂梨保育園 納涼祭 連続写真 (6/6)
TS-790のSUB RX DISPLAYのバックライトの球切れのようで、周波数が半分見えなくなった、ムギ球が二個入っていて、一個が切れたのだろうか、尻に火が点いてから交換するとしようか、IC-760PROのムギ球交換をした時の余分の球、たしか在ったと思うが合うだろうか。メインのディスプレーは蛍光表示管だからバックライトは必要ないようだが、どうしてタイプが違うディスプレーを使うのだろう。
平成25年7月12日(金)
最低気温 21.1℃ (05:22)、最高気温 30.1℃ (14:19)
豪雨災害から今日で一年、あの日の天気が嘘のように太陽が照りつけている。もう随分遠い昔のことのように思えるが、まだ一年しか経っていないのか、改めてあの時の雨雨雨のシーンと家族を連れて避難所で過ごしたことが思い出される。災害復旧工事はまだほとんどのところがその途中にある、今連日の暑さの中で、我家の前の崩れた畑の法面の修復も行われている、仕事とは言え、作業員の皆さん、この暑さで大変だろうなと頭が下がる。
この暑さ、犬も大変とみえて、必死で木陰を求めて小屋の回りを少しずつ移動している。しかし真夏の太陽は真上から照るのでほとんど日陰が出来ない。もう大分前になるが犬小屋を新しく作りなおした時に、夏になる前に、立派な日よけシェードを作ってやろうかね、と思っていながらとうとう間に合わなかった。都会の犬に比べたら楽な方だろうと思ったが、結構音を上げているように見えるので、緊急で日陰を作ってやったところ、すぐにその間に入り込んで寝そべっていた。
午前9時のサイレンを合図に犠牲者追悼の黙祷が行われたが、小生も姿勢を正して犠牲になられた人たちの冥福を祈った。
今日は一日みっちりと草刈りで汗を流した。もうすでに今年も草に負けている。いつ頃負け始めるのかと思って考えてみると、梅雨時の天気が不安定で草刈りが思うようにならない時に一気に追い抜かれているようである。
平成25年7月11日(木)
今日も気温が上がった、他に比べても高かった。今日は風があまり無かったので屋根裏部屋は暑かった、今年初めて扇風機を使った、風が動くだけで涼しくなる。
最低気温 21.2℃ (02:56)、最高気温 31.2℃ (14:57)
午後、APRSハンディ機の設定の事でJH4DGN/4が御入来。VX-8の設定は分からないので二人でマニュアルを見ながら頭を捻って動かす。帰りはちゃんと軌跡を描いて行った。ただ5W出力でハンディ機の内蔵ホイップではちょっと苦しくて途中のプロットは飛んでいた。なんでもXさんがハムの免許を取られたとか。
今日、宅配便を送ったが、今まで運賃はどこも大して変わらないと思っていたが偶然「ゆうパック」が得の場合があるということが分かった。クロネコの宅急便は25キロまでしか送れないと思うが(それを越えるとヤマト便か)、「ゆうパック」だと30キロまでOKで、しかも、どうも「ゆうパック」の料金計算は重量は30キロ以内だと重量は無関係で、箱の縦、横、高さの合計で「サイズ」が決まって料金が決まるようである。だからコメの30キロ袋を送る時は断然ゆうパックの方が安く、また重いけど嵩張らないものも「ゆうパック」の方が良いようである。
平成25年7月10日(水)
快晴れ。30℃というのが一つの大きな壁のように見える、必死で30℃越えに抵抗しているように見えたがとうとう越えてしまった、しかし、外で作業をしない限り、湿度も低く涼風が入ってきて快適この上ない。
最低気温 20.5℃ (05:21)、最高気温 30.1℃ (15:36)
台風7号、随分大きな台風だなあ、幸いなことにこちらに来ないで済みそうで良かった。
午前中、カミさんが掘り残したジャガイモ始末をする、最終的に、全部でコンテナー10箱弱の量だった。全体的に良く出来たが、バラつきが結構あって、ショウガのように小さな瘤があるものが結構あった、恐らく土の耕し方が悪かったのだろう。それに、毎年のことだが、出た芽は全部そのまま成長させるので、イモがつきすぎて、小さいイモが沢山あって平均していない、これは芽かきをしないからだ、分かってはいるが、面倒なのと、欲張りなのと、仮に芽かきをするとして、どれを残してどれを抜くかが分からないから、抜いた方が実は立派な芽だとしたら勿体ないことをしたことになるから、これも欲張りなのか。来年は思い切って芽かきをしようと思っている。
梅雨も明けて菜園のトマトが絶好調だ、普通、スーパーに並んでいる赤いトマトは、集荷の時にはまだかなり青い、二三日の流通の間に熟れて店頭に並ぶ時に丁度赤くなっている、だから、お店で買っている人には申し訳ないが、本当に熟れたトマトではないのである。完熟して採ったトマトを食べてみると美味さが全く違うのである。太郎のやつは、自分の分をさっさと食べて、母親が配膳で席を離れている隙に、母親の分までさっさと食べてしまう。
インターネットで見つけた記事、日本じゃないからニホンミツバチとは言わないだろうが(トウヨウミツバチというのか)同種のミツバチだろうに、可哀そうなことを。
平成25年7月9日(火)
山梨県では39℃を越えたとか、今日も各地猛烈な暑さだったらしい、アメダスがあるここ阿蘇乙姫も30℃を越えたようだが、風師庵測候所の装置が置いてある周囲が田んぼであることもあってだろうギリギリ真夏日にはならなかった。今日は山を下りたが下界はムッとする暑さで呼吸が苦しくなるほどだった、下界に住む人たち、夜も大変なんだろうな。ところで、これだけ暑い日が続いていて、去年あんなに騒いだ電力不足危機、今年はあまり騒いでいないなあ、どうしたのだろう。
最低気温 21.9℃ (04:42)、最高気温 29.6℃ (16:17)
朝、交通指導でいつもの辻に立つ。
今日はカミさんが休みだったので、また光の森に映画を観に行った。カミさんには一畝でもいいからジャガイモを掘っておけと言って出かけたら、夕方までに残っていた3畝を粗方掘ったようだ(二階の窓から見ると1畝分は間に合わず掘ったままでまだ土の上のようだ)、御苦労さん。
今日の映画は、「ワイルドスピード ユーロミッション」、この映画、どうやらシリーズものらしい。カーチェイス物とでもいうのだろうか、息つく間もないほどのスピードアクション映画で、正直観た後には何も残らないが、観ている間は理屈抜きで時間を忘れるほど面白かった。
平成25年7月8日(月)
気持ちの良い朝を迎えた。今日も日本各地は厳しい暑さだったようだ、ここも真夏日近くまで気温が上がった、しかし、空気が冷たく湿度もどんどん下がっていったので農作業をしていても苦にならなかった。
最低気温 21.1℃ (05:12)、最高気温 29.3℃ (15:17)
「福岡管区気象台は8日午前、熊本県を含む九州北部が梅雨明けしたとみられると発表した。平年より11日、昨年より15日早い。」(実際には、九州・中国・四国・近畿・東海までだが、どうして、管区気象台で管区内に限って発表して、気象庁として全体的に発表しないのか)、どうだ、実際はとっくに明けていたのだ。台風7号は太平洋高気圧に押されて西に進むようだが、問題は、台湾までやってきてどうなるかだ、往々にして、そのあたりから大陸に向かわずに右旋回することがある、ようやく梅雨が明けたのだから、しばらくは平穏でいてくれ。
ジャガイモの収穫をする、収穫の時期がタイミング良く晴天にあたった。今日は男爵とメイクインを一畝ずつ掘ったが、今年は出来が良い、男爵は一畝でコンテナ約1.6箱、メイクインは山2箱とれた。全部掘ると10箱近くなるのか、豊作貧乏になるなあ。(写真1・写真2・写真3)
ジャガイモの畑に行く時にまた落ちている梅の実が目についた、漬けてくれと訴えているようなので、また追加して漬けた、今日は3キロあったので、全部で18キロになるか。漬けるのは簡単だから構わないのだが、土用干をしなければいけないので、これだけの量、どう広げるかだなあ。
先日溝を掘ったところに、畑に車で入れるようにパイプを埋めてもらった。従来はヒューム管を埋めるのが一般的だったが最近はカナパイプという、見たところ蛇腹様の軽いパイプを埋めることが多い、これだと自由にカーブできるし、軽いので取り回しが楽なのだろう。一見フニャフニャのように見えるが、周囲を土で固めると上を重量物が通っても大丈夫らしい。
(写真1・写真2・写真3・写真4)
平成25年7月7日(日)
今日は東日本西日本各地で猛烈な暑さになったようだ、ここは冬が寒い代わりにこれからの季節、快適に過ごせる。日中28℃近くまで上がったがそれでも風があったので非常に快適だった。今日も雨雲が点々として、時々強い雨を降らせたが、レーダーを見ると梅雨が明けた沖縄地方にも同じような雨雲が出ていたので、これは梅雨のせいではない、とあくまでも小生は梅雨は明けたと思っているのである、そもそも肌で感じる空気が梅雨の空気ではない。しかし、これからはまた台風の心配が出てくる。
昨日の誕生日の夜にプレゼントを渡すと寝る時間が無くなるので、今朝、朝食が終わってから太郎に手渡した。早速姉に手伝ってもらってレールを組み立てて嬉しそうに走らせていた。カミさんは別途、トーマス図鑑という本を買ってきていたらしくて、それを見ると、なんとまあ、そのバリエーションの多いこと、親はタマランな。
連続写真
参議院議員選挙の公示後もここは至って静かであるが、ネット選挙が解禁されて、有権者にどう影響するのか、何が良くて何が悪いのか、小生は全く関心が無いのでその詳細についてよく読んでいないから分からないが、候補者がメールで有権者に投票依頼をするのは認められていると思うが、今のところどこからも全くメールも来ないなあ。考えてみたら、メールを出すにはメールアドレスを知らないと出しようが無いわけで、候補者はもともとインターネットに慣れていないので急においそれとはメールを出そうにも電話帳のようなものがあるわけで無し、肝心のメールアドレスのデータベースを持っていないと言う訳か。スパムメール、ジャンクメールを出す業者のところにはメールアドレスのデータベースが山ほどありそうだからそこから買うか。
平成25年7月6日(土)
今日関東甲信地方で梅雨が明けたらしい、なんだ、入った順序で明けるのではないのか。ここは今日も非常に不安定な空模様で、九州北部方面は非常に厚い雨雲が東に延びていたが、このあたりは終日その影響で筋状のまだら様の雨雲が続き、その雨雲が通過するたびに激しい雨が降っていた、それに、今日もまた風が強かった。それでももうオマケの雨だろう。
最低気温 23.5℃ (13:46)、最高気温 27.0℃ (11:31)
今日、追加で梅を漬けた、今日の分は9キロあったので、先日漬けた分と合わせて全部で15キロになる。まだまだいくらでもあるが、そんなに漬けてもしょうがないだろうからこのくらいにしておこうか。先日漬けた梅はもう梅酢が上がってきている。
田の緑、日々その勢いを増している。、これはオニユリ系の花だろうか(いろいろな分類方法があるようだが、アルストロメリアと言ったり、ユリズイセンと言ったりする花のようだ)、もう少し先、お盆の頃に墓掃除に行く時に薄暗い山道にそこだけ明るく咲いていて刈り払うのが躊躇われてその花だけ避けて草を刈るが、我家の敷地内で見るのは初めてだ。
asobowzzどのから「水前寺菜」という野菜の苗を頂戴した、水前寺海苔は聞いたことがあるが、水前寺菜という菜っ葉は初めて聞く、どんな野菜なのだろう、検索してみると、ローカル野菜として日本各地にあり、金時草だとかハンダマだとか式部草だとか言われれいるようだが、本家は水前寺菜だそうだ、確かに葉の裏は紫色をしている、どんな味がするのかどんな料理法がいいのか、まあ、物は試し、雨が上がったら植えてみようか。
太郎、土曜保育。その太郎、本日満三歳の誕生日。今日から風呂は有料になるので、家の風呂に入れば済むので今までのようには毎日は連れてはいけない、今日は有料入浴の初日なので記念に切符を買って入るところを記録しておいた。子どもの入浴料、市民は150円也。(写真1・写真2)
夜はバースデイケーキで祝ってやる。それにプレゼントはプラレールのジェームスとレールセット。やれトーマスだゴードンだ、パーシーだと色々うるさい。今回は赤い色のジェームスがいいのだそうだ。でも寝る前に包み開けると寝る時間が遅くなるので、プレゼントは明朝渡すことにした。(写真1・写真2・写真3)
平成25年7月5日(金)
午前3時頃、風の音で目が覚めたのか、目が覚めたので風の音が聞こえたのか、はっきりしないが、強い風が吹いていて、そのまま起きてしまった。太郎も小生が早く起きるとどういうわけか早く目覚める。今朝は5時に起き出してきた。カミさんたちが言うには小生のイビキが聞こえていると安心して眠っているが、イビキが聞こえなくなると目が覚めるのじゃないかと言うが、小生、そう一晩じゅうイビキをかいているわけではない。
結局一日中強い風が吹いていた。風は強かったが、雨の心配は全く無く、時々薄日が射していた。まだ二三日は雨が心配されるようだが、おそらく梅雨は終わりだろう、気象庁を待たずに一足先に梅雨明け宣言をするとしよう。
最低気温 24.2℃ (00:00)、最高気温 27.2℃ (13:40)
上村さんから電話がありコインランドリーのUさんのとこの栗の木を切るからということなので、午前中二往復して積んできた、まだ残っているが、明日以降に行くことにした。
薪材の積み込みのために農道を走っていると、2年生の野外観察をしているのに出くわした。
我家の前を走る県道の我家が在る側には公の側溝が無く(我家が出来るまでは何も無かった、我家の反対側にはある)、田の水を流すためだろう、素掘りの側溝があった、その先につながっている市道にはちゃんとした側溝があり、田の水はそこに流れこんでいた。我家の浄化槽の排水も同じようにそこを流れ市道の側溝につながっていた。それで特に不自由を感じなかったのでちゃんとした側溝を付けるように県に申し入れもしていない。あえて言うと素掘りの側溝の方が自然感があって良いと思っている。その素掘りの側溝が、竹藪の天地替えをした際に、埋まったままになっていたが、それでも溢れた田の水は道路面を流れたりして自然とはけていた、我家の排水も浸透升的に吸いこんで溢れることは無かった。ところが、今回の雨で、自然吸い込みが追い付かず、我家の横の側溝は池のようにいっぱいになって、一部は土地のなかにまであふれていいた。まあ、雨季が終われば自然に元に戻るとは思うが、これだけ溜まると蚊などが発生する原因にもなるので、流すことにして、埋まっている箇所を掘りだした。道具はスコップとツルハシ。パワーシャベルならあっという間の仕事だが、人力でやると結構大変な作業である。それでもどうにか掘って、最後の堰きを崩せば水が流れるまでやって、後は明日の楽しみに取っておいて、ひと鍬を残して、今日はオシマイとしようとしたら、その先の市道の側溝が昨年の水害で埋まったままになっていて、ようやく復旧工事が始まったばかりで、小生が水を流すと、その部分で溢れることになるようで、請負業者が小生の溝掘りをみていて、あれが流れてくると、こんどはこちらで溢れることになるので、と急いでポンプを設置して小生の作業の様子を見ていたらしい。その業者がやってきて、もう流してもいいですよと言う。小生は別にそのような事情があるとは知らず、ただ、明日の楽しみにとっておくつもりで今日の作業はやめることにしたのだと言ったところ、そうですか、それでも、出来たら、今日流してもらった方が有難いのですがという。恐らく今晩中に流し切って明日からの作業をやりやくしたかったのだろう。そういう事情なら、やりましょうかと、一旦終えた作業を再開して、最後に残っていた部分を削ったところ、まさに堰きを切ったように、水がどっと流れだした(写真1・写真2)。そしてその流れる先に行ってみると、水の勢いの方が勝って、途中で道路に吹き出していた(写真1・写真2)。まあ、これも暫くの間だろう。
5年生集団宿泊教室
今日が最終日で、午後2時まえに全員元気に小学校に戻ってきた。
この全員元気で、というところを少し、細かく書くと。午前中、学校から電話があって、夏子が軽い喘息を起こしているので、皆より一足早く車で学校まで送りますという連絡があった。そうか、やぱり出たかと、そのつもりでいたら、追い掛けて電話があり、元気を取り戻したので皆と一緒に解散式をやって一緒のバスで帰って来たいとのことですから、そうしますということだった。行く前からちょっと怪しいなとは思っていたので、最後まで皆と一緒に行動を共に出来た良かった。保健の先生の話では、今日の行動でちょっと走り過ぎて発作が出たらしく、すぐに収まったそうである。今回の旅行は、時期が時期なので雨に祟れたが、それでも山の子たちが、海で過ごす間はほぼ全予定を消化できたので本当に良かったと思う。先生方は何事もなく、ホッとされていることだろう。
ふるさと体験教室 帰着 連続写真
今日は、太郎、アゼリアの入浴料無料最後の日だった。つまり、無料の三歳未満は今日までなのである。それを自覚したかどうか、今日はほぼ完ぺきに浴槽に入ることができた。
平成25年7月4日(木)
今日もまだら模様の雨域が通過していき、時々強い風と断続的に激しい雨が降っていたが、雨量はたいしたことなかった。天気図を見てみると梅雨前線がかなり北に上がってきている、このまま上がっていって今回の雨が終わるとなんとなく梅雨明けのような気がするが気が早いだろうか。
最低気温 23.5℃ (05:53)、最高気温 24.8℃ (13:23)
ここ数日間の連続雨量は113mm、本日の雨量、午後6時20分現在 17.8mm
昨日から風速計が異常値を示し、肝心な時に役立たずメ、と思って色々チェックしたが、電源のアースが切れていたのを発見、修理して無事復旧した。
梅干しの漬けこみをした。今回は6キロ漬けた。丁度いい塩梅は梅1キロに対して180グラムだそうだ、この量、多すぎても少なすぎてもいけないそうである。まさに「塩梅」という言葉はこういう時に使うものだ。重しはゴミ袋に水を入れたもの、これだとアタリが柔らかで均等に重みが加わり梅の実を傷つけないとある。昨日の強風でまたかなりの実が落ちていたので、拾って量ったらこれも6キロくらいあった、第二次の漬けこみ用に二三日置いて追い熟をかける。
5年生集団宿泊教室
生憎の雨のため、予定していた杵島岳登山は中止になって、午前中は、海で拾った貝殻や流木を使った手作り記念品の創作と、「日達聖人と仏舎利塔」という道徳の授業、午後からは阿蘇火山博物館へ移動して学芸員によるミュージアムツアーを行ったそうである。 そして今日が今回の宿泊教室の最終日だそうで、雨のために計画していた草原テントというわけにかず、その代わりに体育館で全員が寝袋で寝るそうだが、最後の夜を皆でキャンドルの集いで過ごして今回の旅の締めくくりをするそうである。
平成25年7月3日(水)
九州各地、昨夜は熱帯夜だったそうだ、ここは高地なので全くそんなこと思いもしなかったが改めて記録を見てみると、ここでも午前零時に最低気温23℃を記録している。日付が変わる前にはそれよりも高かったのかもしれないが、それでも寝苦しさなどは全く無かった、このくらいだと太郎が布団を蹴飛ばしても心配せずに済むので安心して寝ていられる。
今日は昼過ぎから、突風と激しい雷雨。(最大風速が記録上、50.1 m/s 15:35となっているが、停電で観測装置が誤動作したもので、こんなには吹いていない)
今日は山を下りて光の森で映画を観た。「アフター・アース」、例によってハリウッドの未来モノだ。内容は他愛無いものだが、そこはハリウッド映画、大人の鑑賞に十分に堪える作品だった、予告は観ていたが、全く予想をしていなかったストーリー展開だったので十分に面白かった。
午後2時を過ぎていたが、映画が終わって帰る頃から強い雨が降りだした、多分、雨域の移動と一緒に帰って来たのだろう、一時間ほどまるで夕方のように薄暗い中、雷鳴と滝のような強い雨をついて帰ってきたが、阿蘇も道路が川のようになるほど強い雨が降っていた、自宅に着く草々、停電も起きた。大雨警報も出された。APRSの電波が届かなくなるほど雨が強かったこと、帰り道の軌跡が飛んでいるのを見ても分かる。
その雨も一時間ほどで小降りになったが、ようやく護岸工事が終わったばかりの川、組んだばかりの石垣の上ギリギリまで濁流が流れていたそうだ。雨が止んで暫くして、通ってみたが、馬場集落にかかる橋際、復旧工事が遅れていて、確か昨日ギリギリに最後の石垣を組んで、その裏側、まだクンクリ―とを打っていないところもあって、もし、間に合わなければ泥の土手が崩れて工事やり直しなるところではなかったろうか。
あれからそろそろ一年、今後もまだまだ梅雨末期の集中豪雨が心配される。昨日のニュースを聞いていると、阿蘇における昨年の豪雨災害による道路、河川、砂防、農地などの復旧工事はまだ全体の30%くらいしか終わっておらず、なかでも土砂崩れの砂防ダムはまだ一件も完成していないということである。
一方で、と決してお役所の仕事(お役所仕事とは言っていない)と民間企業を比較するつもりは毛頭無いが、以下、たまたま同じ日の報道である。
JR九州で「ななつ星in九州」http://www.cruisetrain-sevenstars.jp/という鉄道ファンにはたまらない(だろう)超豪華版のツアーがこの秋から計画されている、このツアー用の列車一編成を、機関車ごとわざわざ新しく作ったと言う記事が、MSN産経フォトhttp://photo.sankei.jp.msn.com/ ( http://photo.sankei.jp.msn.com/kodawari/data/2013/07/02jr_kyushu/ )に載っていた、総費用30億円だそうだ。このツアーは阿蘇も走ることになっているが、昨夏の水害でトンネルが崩壊して、豊肥線が不通になっていた。しかしあれだけの大崩れのトンネルも含めて、この8月には完全復旧するそうだ、阿蘇路を走るこのルートはツアーの目玉の一つだろうから、運行に間に合わせること、おそらく至上命令だったのだろうな。
5年生集団宿泊教室は水俣での水俣病学習を終えて、夕方無事に阿蘇青少年交流の家に戻ってきたそうで、明日から阿蘇での活動になるが、明日の予定、杵島岳登山、雨が心配だ。
平成25年7月2日(火)
曇り時々青空が広がったかと思うと一時雨。
最低気温 18.8℃ (02:20)、最高気温 25.7℃ (10:55)
この先の天気が分からず、雨続きになるとまたジャガイモの収穫の時期を逸する惧れがあるので、曇り空の下、掘ってみようかと思って、身支度をして道具を揃えて畑に行ったところ、生育の差が結構あって、もう大丈夫かなと思われるものもあるが、全体的にまだ茎が青々としていて、あともう一週間くらい先だなと思って、試しに男爵とメイクインを一株ずつ抜いてみたところ、心配していた皮目肥大もなく今年は見事な出来具合のようだ(写真1・写真2)。早速昼飯にジャガイモを茹でて塩とバターで食べた。
ジャガイモ掘りを中止して、傍らに目をやると、梅の実が沢山地面に落ちていた。面倒なので今年も梅干し作りはやめたと決めていたが、実際に落ちた梅を見ると、みすみすこのまま腐らせることもあるまいと急遽、落ちた梅の実の中から綺麗なものを拾って量ってみたところ、6キロあった、南高梅ばりの大きなやつばかりだ。一日二日置いて、これはこれで漬けこんで、まだ木に沢山生っているが、梅干しにはなるべく熟した実が良いので、またもう少しして収穫して継ぎ足しながら梅干しを沢山作ることにした。
娘たちの今日の様子。
午前中計画していた4つの活動のうち、「カヌー」だけが波が高くて出来なかったそうだ。残りの3つ「海水浴」と「飛び込み体験」「磯辺の観察」は、真っ黒に日焼けしながら実施できたとのこと。午後の野外炊飯は時折ぱらつく雨のため中止、その代わり「ビンゴオリエンテーリング」を行った由。
最後に、今日は海と野山でくたくたになったと思われるので早めに爆睡態勢に入り、素敵な夢を見てくれることでしょう、と引率の先生から保護者に入ったメールには結んであった。
平成25年7月1日(月)
奄美地方が今日梅雨明けをしたそうである、天気図を見るとなんとなくこの流れでこの辺りも梅雨明けしそうな塩梅であるが、どっこいそうはいかないか。三日あたりからまた梅雨前線が北上して日本列島に添ってしばらく居座りそうだ、こんどは前線の南側に位置することになるので大雨が降るだろうな。
最低気温18.7℃ (01:10)、最高気温22.3℃ (13:22)
娘は、今日から約一週間の日程で、「ふるさと体験教室」という集団宿泊教室に出かけていった。
小生のいささか怪しい知識によると、旧一の宮町には小学校が街中の宮地小学校の他に周辺の農村部に坂梨小学校、古城小学校、中通小学校と全部で四校あったが、宮地小学校を除く三校は児童数が少ないために、修学旅行は毎年三校合同の修学旅行団つまり「混成旅団」を編成して実施されていた(それでも都市部の一クラスより人数は少ないくらいだった)。それは、町村合併後、阿蘇市になってからも継続されていたが、昨年あたりから、小学校の統廃合が始まり、中通小学校が宮地小学校に統合され、従来の三校合同の編成が組めなくなったために、どうせ近々、坂梨小学校も宮地小学校も一つの小学校として統合されることになっているからだろう、今年から、一の宮中学校区として修学旅行は宮地小学校も含めて、つまり、旧一の宮町時代の小学校全部が一つのチームとして修学旅行を行うようになった。
今朝出発した、「ふるさと体験教室」についても、昨年までは、従来の三校合同の阿蘇のチームと、天草の小学校との交流を兼ねた合同野外活動として、確か「やんちゃ教室」という名称で、日程の半分を阿蘇で天草の児童も一緒に青少年交流の家に宿泊して高岳登山をしたり、残りの半分を天草の青少年交流の家に移動して、海水浴などをして過ごした。
それが、今年から、坂梨小学校、古城小学校、宮地小学校の合同チームで実施されることとなり、恐らく人数の関係もあるのだろうか、天草の小学校との合同実施は無くなったようで、日程の半分を「あしきた青少年の家」http://www.k-seishonen.com/ashikita/で、残りの半分を「阿蘇の青少年交流の家」http://aso.niye.go.jp/link.htmlで過ごす計画に変更されて、今朝子どもたちは大きなバックを担いで元気に旅立って行った。6年になって行く修学旅行がたった一泊の旅行なのに5年生で行く旅行が約一週間とは、いつも不思議に感じている。
便利な世の中になったもので、子どもたちの旅程は保護者にメールで日に二度ほど報告が届くようになっていて、今日は予定通り現地到着後、昼食を済ませて、楽しみにしていた「ペーロン船」も予定通り実施出来たようだ。あしきたの海は心配だった雨もなく、暑くも寒くもないちょうどいい曇り空で、波も穏やかで、心地よい風に吹かれながら、順調に行事を消化したそうだ。今晩は肝だめしがあるとか。今度の旅の班分けでは、児童数の少ない坂梨、古城小学校はクラスメートから一人ずつ分かれて別の小学校の子どもたちと班を組むそうで、当初、心細そうだったが、出発前の顔合わせですぐに仲良くなったそうで、どうせ、中学校に進んだら一緒になるのだから、その時期が少し早まっただけだということになるだろう。
ふるさと体験教室 出発 連続写真
大分前から止まっている畑から我家の全景を撮っているライブカメラ、ようやく重い腰を上げて、家から一番遠いところに位置するカメラの所から順を追って故障個所を探そうかと脚立を持ちだそうとしたが、いやちょっと待てよ、念のためにもう一度と、逆に一番近い所、カメラサーバーのところをチェックしたところ、なんのことは無い、サーバーに差し込んであるビデオキャプチャーカードが少しずれていただけだった、本日無事復旧した。
昨日、事前に聞いていたが、予定通り、新しき隣人、K朝春邸の引越しがあったようだ、工期が非常に短くてあっという間に建った。夜、木の間越しに明かりがチラチラ漏れているのが見えた。取り付け道路も時計の11時と3時くらいの角度が開いているので直接見通すことも出来ず、隣家と言っても都会と違って数十メートル距離があり、音も届かないのでいわゆるお隣さんと言う感覚があまり無い。