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平成25癸巳(2013)年12月の記録(新しい日付けの順)


平成25年12月31日 (火)

 曇り。気温高めで年が替わりそうだ。
    最低気温 2.7℃ (08:03)、最高気温 9.1℃ (12:59)

 昨日まで殆ど何もしなかった我家、突然今日一日、大掃除で大賑わい、太郎までお姉ちゃんを手伝って窓ふきをやっていた。小生は、神棚と仏壇とストーブ周りの掃除だけやった。(写真1写真2

 夕方近くになって、今年の蕎麦の打ち納め。keiさんのお宅に届ける、その前に、keiさんが阿蘇の丸抜きした蕎麦粉を持ってきてくれたので、なんだか「お持たせ」のようになってしまった。今日も心急く状態で打ったので、少し太めだったかな。keiさんからの帰途、蕎麦処「阿蘇の風」の様子が気になってちょっと寄ってみた。年越し蕎麦のお客さんを待ってあるじ殿、腕を撫していた。

 そしてその帰り道、道の駅「阿蘇」前を通ったところ、キャンピングカーが数台停まっていた。あの時間から帰ることは無いだろうから、キャンピングカーで正月を迎えるのだろう、ミモザさんが旅行記に書いていた「グレイノマド」という言葉がふと頭をよぎった。

 大晦日の夜は、我家は昔からすき焼きである、今年も当然そうだったが、「紅白」が始まって、娘、隣の部屋のテレビが気になって、食卓とテレビの間を行ったり来たりしてた、普段なら許さないところ、今晩は特別である、大目に見てやった。

 そう言えば、少し前、ヤクルトレディの美穂さんから「年取り魚」の話を聞いた。へえ、阿蘇では年取り魚を食べる風習があるのかあと不思議に思って、ネットで調べたら別に阿蘇に限ったことではないようで小生がこの歳になるまで知らなかっただけのようだ。食文化というものは国ごと、地域ごとだけでなく、家ごとに違うのだなあと改めて思ったところである。

 除夜の鐘を聞きながら、と言いたいところだが、近くに除夜の鐘を打つ寺が無い、夕方打った年越し蕎麦をたぐりながら、今年一年大過なく過ごせたことを神仏に感謝しながら、そして来るべき年が、今年同様良い年になるよう念じながら、平成25年の日記を閉じることにする。



平成25年12月30日 (月)

 うす曇り。しっかりと今朝も氷点下。
    最低気温 -2.3℃ (07:15)、最高気温 5.8℃ (12:36)

 自宅サーバーで預かっているサイト「坂梨宿」の掲示板が最近時々アクセスエラーを起こすので、ファイルの断片化が原因だろうと思って今朝がた、デフラグを掛けたところ、「坂梨宿」のトップページにアクセスできなくなった、デフラグでファイルが壊れたか?そんなこと無いだろうと思ったが、坂梨宿の管理人どのにメールを送ってバックアップファイルを再アップしてもらった、しかし、復旧しない、その内に小生の日記も読めないぞと寺さんから連絡が入る?????調べたら、日記のみならず、自宅サーバーで管理している部分が全部駄目になっている。ファイラーでハードディスクの中身を覗いてみたがファイルは元通り全部ある、ハテ、原因が見当がつかない、分からないので焦る。DynamicDNSか?webサーバーアプリケーションか?一通りチェックするが分からない、モデムも再起動したが駄目である。お手上げである。最後に、まだやっていないことがあった。サーバー(Windows XP)の再起動である。別にフリーズしているわけでも無く、こんなもの関係ないだろうなと思いながらも、とりあえず再起動した。ところが、これで復旧した、その時午前10時半。他人にはいつも言っているくせに、再起動は総ての原点なんだなあ。一年のどん詰まりになって、ホームページの運転不能にならなくて良かった。ついでにデフラグ効果で坂梨宿の掲示板もスムーズになった。

 今日はその他のこと全く何もせず、ゴロゴロ。階下ではカミさんと娘が大掃除をしているのが聞こえてくる。明日仏壇と神棚の掃除くらいするかなあ。それから蕎麦を打たなければならないな。


平成25年12月29日 (日)

 曇り、いや晴れだったろうか、昨夜は普段あまり降らない各地で結構雪が降ったようでアゼリアのロビーで見たテレビのニュースを賑わしていた。しかし、ここではやっぱり雪は降らなかった、ここはめったなことでは降らないのだ。今日はいつもと違って、明け方よりも日付が変わった辺りが一番気温が低かったようだ。朝日に高岳が輝いていたが、日中もほとんど気温が上がらなかったようだが、外に出ない限りではこの寒さ、我家では全く影響が無かった。
    最低気温 -4.3℃ (01:23)、最高気温 2.4℃ (13:52)

 今日からカミさんが完全に休みになり、小生、家事から解放された。

 今日は、小生もカミさんも夏子も全員が一日中年賀状作成に没頭していた、年賀状書きと言わずに作成というところが今風だ。というわけで、ようやく、心を込めて年賀状をやっつけた。今日はこれに尽きる。

 冬の合宿で、冬休みに入ってアゼリアは超満員の日が続いていて、プールが終わった団体の子どもたちで、風呂場で脱衣籠を見つけるのが大変な程である。常連客から見ると、まあちょっと窮屈だが赤字続きの施設だからこの際大いに稼いで欲しい所である。


平成25年12月28日 (土)

 時々粉雪が舞っていたが総じて青空が広がっていた
    最低気温 -2.6℃ (06:20)、最高気温 1.3℃ (13:04)

 これから先の天気とにらめっこをすると、いよいよ薪のストックが怪しくなってきたので、今日は何としても薪を作ろうと思っていたところ、今朝は氷点下だったが、真っ白にというほどの霜も降りておらず、風が無かったので、朝から薪作りをした。何もしなければ寒い外気温だが、体を動かしているので全く寒さを感じずにかえって気持ち良く作業が出来た。その上に、チェンソーのソーチェンを新品に取り替えたので、切れること切れること、幹の上に置くとチェンソーの重みだだけでズンズン切れて行く、どうして自分で目立てしたのではこういかないのだろうか、効率で10倍くらい違うな。そんなわけで非常に順調に数日分の薪の確保が出来た。ついでに、円通寺に、薪材を貰いに行った、大分前から取りに来るようにと言われていたのだ。行く途中のカーラジオで相当の寒波がやってきて今晩あたりから明日にかけて九州北部そして熊本の山間部でも大雪になると言っている、まあ、小生は、信じていないが、それでも、薪を作っておいて良かったと思った。

 円通寺の境内に置いてあった薪材は桜だ、これでチップが出来るな、少しよけておこうか。円通寺から軽トラックに積載オーバー気味で薪材を積んでテラサワに寄り道して、焼きそばを買ってきて、子どもたちに、豚コマ、キャベツなどの野菜と一緒に炒めて焼きそばを作ってやった。

 朝はシチューにパン。そして夜もシチュー、これで終わりだろう、夜はホウレンソウをタップリ入れてやった。

 松前漬けが出来あがった、正月を待つまでも無い、つまみ食いをしている。

 カミさんは今日も結局一日仕事をしてきた。

 今日も年賀状に取り掛かれなかった。



平成25年12月27日 (金)

 う〜ん、晴れだったかな、曇りだったかな、天気を見る余裕も無かったか。
    最低気温 -1.3℃(20:20暫定)、最高気温 3.0℃ (00:22)

 主に官公庁だろうが、今日はいわゆる「仕事納め」、お役所に合わせて会社も多くは今日までだろう。市立保育園も「官公庁」なので原則的には今日までで、太郎は今年最後の保育園生活を終えて無事に帰ってきた。カミさんは仕事の帰りに分団女子会の忘年会に寄って帰ってくると言っていた。

  この慌ただしい年の瀬になって、阿蘇中岳に、火口周辺の規制情報(噴火警戒レベル2)が発表された、火山性微動が続いているらしい。

 今日もあたふたと一日が終わった。

 昼飯は、そろそろ正月用品を入れるスペースを作らなければならないので、いつ作ったか何を作ったかも忘れてしまっている冷凍庫の下の方にある食材を使った。カキフライを冷凍してあったので、ソースとケチャップとマヨネーズを混ぜて作ったソースをかけてカキフライ丼。昔、お袋が、弁当に前の晩のカキフライを使って作ってくれたやつだ。それから天ぷらも冷凍庫に残っていたので、天ぷらうどんを作った。

 晩飯は、クリームシチュー。これはタップリあるのでまた二三日分あるな。

 最近の詐欺メール、フィッシングメールは巧妙で分かっていてもドキッとする。
三菱東京UFJ銀行偽装のメールなんかうっかり引っかかるところだった。

 それから、これ、法律に疎い人が受けたらうろたえるよなあ。ご丁寧に、それを助ける振りをしてまた騙そうとしている、メールアドレスくらい変えろよ。



平成25年12月26日 (木)

 弱い雨が降る一日だった、気温が緩んでしばし寒さを忘れる。
    最低気温 1.1℃ (00:00)、最高気温 6.7℃ (13:27)
 
 年内にやっておかなければならないことが幾つかあって、今日も「師」は走りまわった。

 ようやく年賀状を買ってきた、昔は結構売り切れていたが、近年は年賀状離れが進んでいつ行っても無いことは無い。

 正月だからと言って最近は特に何もしないのだが、松前漬けだけは毎年作っているので今日漬ける準備をした。娘がスルメや昆布をハサミで細く切ってくれた。数の子は塩出しが足りないのでもう一晩だ。

 父親が死んでちょうど40年になる、仏壇の抽斗に父親の腕時計が入ったままで、ベルトの一部には緑青を吹いていた。動かないだろうと思ってちょっと振ってみたら、秒針がずっと動いている、ああ、これなら、分解掃除をすれば十分に生き返るだろうと、阿蘇品時計店に持って行って急がないから中を診てくださいと頼んで預けてきた。

 JA6JLZ局がようやく2mで電波を出した。双方59であった。

 昼飯には、ラーメンを作ってやる。晩飯は、以前沢山作って冷凍にしておいた、イカと里芋とダイコンと人参の煮物、豆腐と揚げの味噌汁、それからサラダを沢山。クリスマスのケーキがまだ残っている、それをデザートに。今晩も子どもたち食った、食った。

 ようやく参拝してくれたか、何の遠慮が要るものか。100%政治的な嫌がらせに過ぎないのだから。マスコミはどうしてあんなにヒステリックに騒ぐのだ、「敵」を利するばかりだろう。


平成25年12月25日 (水)

 晴れ。
   最低気温 -1.8℃ (08:08)、最高気温 7.0℃ (13:14)

 一夜明けてクリスマスプレゼント。昨夜寝るのが少し遅かったので、お姉ちゃんはプレゼントが頭にあってすぐに起きたが、太郎がなかなか起きない。そして半分眠って、半分目覚めつつ、枕元のプレゼントにそろそろと手が伸びて、そしてやっと覚醒。待望のパーシー(きかんしゃトーマスの仲間のSL)に大喜び、早速階下の母親に報告に。でも、ちょっと寝ている間にお漏らしをしたらしくて、衣服の着替え。その後、保育園に行くまでの時間、しっかりとオモチャで遊んでいた。
太郎のクリスマスプレゼント(連続写真)

 姉の方、ニンテンドー3DSの本体と、ゲームソフト。本体の方は、カミさんが買い物で集めたポイントがたまってそれで入手することが出来たので、買ったのはゲームソフト。周りの仲間が皆持っているのでと、「わがままファッション・ガールズモード」だったか、要は、多分、着せ替え人形の電子版のようなものだろうと想像する。そんなことよりも驚いたのは、小さなゲーム機でありながら無線Lanが内蔵されていて、ネットを通じて遊びができるらしい、いやいや驚いた。

 今日から娘は冬休み、ということは、昼飯の面倒を見なければならない。正確に言うと、昨日の終業式は半日だったので、昨日の昼飯から。因みに、昨日は親子丼、そして、今日の昼は焼うどん。そして夜は、またブタ肉のソテー(正確にはムニエルか、あいつらは無条件に好きだなあ)、サラダ、みそ汁、玉子豆腐、それに昨日のケーキがまだ残っている。

 午後からまた薪を作る。年賀状、葉書はようやく買ってきたがまだ全くの手つかず。円通寺に年末の御挨拶に伺う。


平成25年12月24日 (火)

 晴れ。
    最低気温 -1.8℃ (07:01)、最高気温 6.9℃ (14:04)

 娘、本日、第二学期の終業式。昼には通信簿を持って帰ってきた。特に無理強いして勉強はさせてはいない、親は全く自宅学習には関与していない、自発的にやっていて特に問題は無いようである。どうしても分からない時には、訊きに来るが、考えれば分かるようなことは、自分で考えろと言ってやり、これは教えた方が良いだろうなと思う時は解説してやる。成績は良い方なのだろうな、まあ、小学校の成績なんか将来まったく分からない、小生なんか小学校では主席だった。が、その後は・・・・・

 午前中、晦日払いにあちこちら駆け回る、あっという間に貯水量が底を突く。

 小生の自動巻き腕時計のローターが壊れて、修理に出してあったところ、時計屋さんから電話で、メーカーに照会したが古い時計でもう交換部品が無いとのことであった。普通ならこれで終わるところであるが、時計屋の店主殿が、中身が全く替わって良ければ、この外殻に合う、中身を探してみましょうかと言ってくれた。時計自体は大したものではないが、小生にとってはある種記念になる時計なので出来ればこれらも使い続けたいので、そのようにお願いした。それが今日出来たそうで、受取ってきた。当初の話では、この外殻に合うカレンダー付きの中身が無いので、カレンダー部分が穴があいた状態になりますが、とのことであったが、その後、色々探してくれたそうで、ピッタリのサイズとはいかなかったが、カレンダー付きの腕時計として換骨奪胎?して戻ってきた。

 自動巻きには、ローターが回転することでネジを巻く純然たる機械式自動巻きとローターが回転することで発電をしてその電気で動かすクウォーツタイプのものがあるようで、小生の時計は後者だった。その時計が、今度ボタン電池で動くクウォーツの腕時計として戻ってきたのだ。ローターが回転することで発電をして蓄電するということは、この発電時の電気は交流電流なんだろうなあ(あるいは脈流か)。

 今回お世話になった、時計店(メガネ店でもある)、税務署前にある阿蘇品時計店と言う、この時代、時計にしてもメガネにしても量販店で安く売っていて、街中の個人の店としてやっていくには大変な時代なのだろうと想像できるが、この店はいつ行っても親切な店である。


 昨日御入来の松浦さんのブログに小生登場!普段己自身が被写体になることが少ないので照れてしまうが、氏は写真が上手い、そして芸術的である。小生の姿が実力以上に絵になっているではないか。
   【blog】-->【In a fog】 http://pds.exblog.jp/pds/1/201312/24/18/a0272018_11123639.jpg

 夜、俄かクリスチャンになってクリスマスパーティ、カミさんも帰ってきて、少し遅れたが、家族揃ってクリスマスディナー、白州製の鶏の燻製、太郎も夏子もカミさんも美味しい美味しいと言って食べていた。いよいよ燻製始めるか。



平成25年12月23日 (月)天皇誕生日  

 晴れ。今朝は冷え込んだ、熊本中が冷え込んだ。あたり一面、風景が雪でなくて霜で見事に真っ白になっていた。(写真1写真2写真3
    最低気温 -5.4℃ (07:27)、最高気温 5.0℃ (14:48)

 昼前、突然の訪問者?????仙酔峡麓の松浦さん御夫妻だった。松浦さんは大阪から二年ほど前に阿蘇に移住された方で、移住前から阿蘇の情報収集がきっかけで「風の便り」をずっとご覧いただいていたそうで、少し前にカミさんがホームセンターでパートをしている時にレジで奥様に話しかけられたのがきっかけで以来二三度メールの遣り取りがあって、そのうちに是非お立ち寄りくださいとお誘いしてあったのだ。

 大阪においでの頃から「風の便り」を見ていただいていたので、子どもたちの成長過程など我家のことを実に細かく御存知で、ある時など、御主人が宇治歯科で太郎と小生を偶然見かけられて、よほど声をかけようかと思ったそうで、家に帰ってから奥様に、「今日、ナマ風さんとナマ太郎ちゃんを見かけた」と話されたこともあったそうである。ナマは良かった、と皆で大Yをした。

 ご夫妻は、大阪でやってらした幼児教室をこちらに来てからはネットで運営されておいでであるhttp://www.ee-ko.com/sample/1index.htm。ブログを拝見すると、身の回りの小さな生き物や、草花に実に細かな観察眼をお持ちの様子が分かる。また新しいつながりが出来たことになる。

 市のお知らせ端末で、現在感染性胃腸炎が流行っているので注意をするようにと注意喚起をしている。ノロウイルスなど感染性腸炎を起こすウイルスはアルコール消毒が効かず、次亜塩素酸ナトリウムしか駄目であると聞いていたが、最近、ノロウイルスなどに効果があるアルコール消毒剤があるとラジオで聞いたので早速取り寄せた。普通のアルコール消毒剤より割高だが、ノロウイルスを99%殺すそうである。太郎は治ったがこれから役立つことがあるだろう。

 坂梨の佐藤克美さんのお宅、クリスマス・イルミネーションが美しい。風呂の帰り道にいつも少し遠回りして眺めてから帰ってくる。



平成25年12月22日 (日) 冬至(一陽来復)

 曇り、のち、晴れ。
    最低気温 -1.0℃ (08:37)、最高気温 6.6℃ (14:19)

 雪模様の天気が続いて、そのせいだろう、ここ数日、ホームページのアクセス数が普段の倍以上に伸びていた。

 昼前にJA6MQYが、そして午後に入って、薪を作ろうと、混合ガソリンを作ったり、チェンソーの目立てをしているところにJA6JLZが御入来、薪作りはしばし中断。その後、夕方近くになって薪作り再開、自転車操業である。

 薪作りが終わって、さて風呂にでも行って汚れを落とそうかと思いながら、ふと、そう言えば今年のユズ湯は、つまり冬至はいつだったかなあと何気なくカレンダーを見たら、なんと今日ではないか。今年は、特に、「師走」の自覚が全く無くて、漠然とながら年越しまでまだかなり先だという意識があって、従って今日が冬至だとは露ほども思ってもいなかった。オイ!夏子!もう太陽は沈んだか?ウン、半分くらい沈んでるよ。おう、軌跡的とでも言おうか、このギリギリの時間に冬至に気がつくとは。ここのところ毎年、冬至の時は天気が悪くて日没の写真が撮れていないと思う。久しぶりに一年で一番短い日の日没の写真を撮ることができた。毎年書いているが、冬至を一陽来復とも言うが、希望につながる気がする好きな言葉である。

 先日、泰増君のお宅から頂戴したユズが山ほどある、それを使ってユズ湯を立てて、子どもたちの(そして小生のでもあるが)定点撮影をした。(今年のユズ湯1年前のユズ湯2年前のユズ湯3年前のユズ湯



平成25年12月21日 (土)

 曇り、時々小雪。
    最低気温 0.2℃ (09:02)、最高気温 3.0℃ (13:29)

 今日はカミさんも休みで、久しぶりに家事から解放されてノンビリ。ノンビリし過ぎて何もしなかった。

 一昨年、村の集会所脇のモミの木に皆で飾りを持ち寄ってクリスマスツリーを作った。しかし、昨年は災害で、そして今年は直近に村で不幸があって、だと思うが、誰も言いださずに結局クリスマスツリーは作らなかった。これが本当のクリスチャンであれば、クリスマスツリーを飾るのも宗教行事の一環なので、災害があろうが不幸があろうか、かえってこういう時にこそ飾るのであろうが、そこが、我々「縁なき衆生」、やはりクリスマスは「お祭り」「イベント」という位置づけなのだろう。

 坂梨のSさん宅、家じゅうが見事なクリスマスイルミネーションに飾られている、坂梨の名物にさえなっているくらいだ。その素晴らしいイルミネーションを見て子どもたちが、あんなに大きくなくても、小さいので良いから飾ろうよ、というので、村で飾った時の小さなイルミネーションが預かったままだったので、今日それを取り出して、軒先に飾ってみた。ささやかなイルミネーションだが周囲が暗いので結構目立つ。現在のイルミネーション、LEDで消費電力も小さくまた輝度もたかく、キラキラ光って綺麗である。そうなると、欲が出てきて、娘などは、二階の手すりにもつけようよ、と言いだす始末である。


平成25年12月20日 (金)

 朝起きると、この里も薄っすらだが銀世界が広がっていた。熊本市では今日が初雪だったそうだ、もう少し前に降ったと思っていたが。
    最低気温 -0.7℃ (01:18)、最高気温 3.5℃ (14:38)

 今日も太郎を相手に一日を過ごす。

 白州のどんぐりさんミモザさん御夫妻が今年、スモーク小屋を自作されたそうで、届いたメールに燻製作業中の写真とセピア色に染まった燻煙中の写真が添えられていた。(写真1写真2

 小生の田舎暮らしのやりたいことの一つに燻製があったのだが、ホームページの「そもそも」にもそのことを書き洩らしていて、そのままずっと未着手のままで今日まで来た。

 燻製は大好きなので、これは、色々やりたい事の優先度をかなり上げたくなった。ちゃんとした小屋までだといつになるか分からないが、ちょっと雨避け程度の囲いなら直ぐにでも出来るだろう、燻製窯と言うのか、燻製器と言うのか、これも自作で簡単に出来そうだなあ。桜のチップなんかいくらでも手に入るから、あとは実行あるのみか。

 なんと、今日、小生の賄いの材料に使えと、そのベーコンと鶏の燻製の実物がたくさん届いたではないか、なんとも贅沢で美味そうな色合いだ、これは料理にするまでもなく、そのまま食った方が美味そうだ、クリスマスディナー用にしよう。

 写真を日記に転載する了解を得るメールの返信に、燻製の作り方が書いてあったが、そうか、小生は、材料を燻すだけで良いのだとちょっと思い違いをしていた。準備作業が結構たいへんなんだ。燻製にも即席のやつがあるが、ちゃんとした燻製を作るにはそれなりの準備が必要なのだなあ。

 夜こどもたちと風呂に行ったが、帰ってきてから家の鍵が無いことに気がついて、たまたま二階のカギが開いていたので、よじ登ってとりあえず子どもたちを家に入れてから、アゼリアに戻って探そうかとしたが、娘が、一緒に行くと言うので、また三人でアゼリアにもどって、受付に落し物が届いていないか訊ねたり、脱衣場を探したりしたが無い!駐車場の我々が車を止めたあたりはもう別の車で埋まっていて、ちょっと下を覗いた程度では見つからなかった。さてどうしたものかと思っていると、娘が私がもう一度みてみるといって数台の車の下を覗いてくれた、そして上手い具合に轍の間に落ちていた鍵束を見つけてくれた。娘を家に置いて独りで探しに来ていたら見つけられなかったところだ。太郎のやつ、どこで覚えたか、「お父さん今度から気をつけようね」とぬかしやがった。ほっとした。

 晩飯は、昨日のカレーの残り。娘は二杯も食べて苦しい苦しいと言っていた、今回のカレーの出来、我ながらこれなら二三日続いても飽きないなと思った。が今日でおしまいだ。



平成25年12月19日 (木)

 曇り、朝のうちこまか雨が残っていた。
    最低気温 -0.7℃ (03:23)、最高気温 4.1℃ (11:38)

 普段は小生が一段上の位置で寝ていて、同じ部屋ながら子どもたちからちょっとだけだが距離がある。いつもの場所で寝ると、小生、前夜寝ていないのでおそらく今夜は爆睡するだろう、そうすると、万一何かあった時に気がつかない恐れがあるので、一段下にいる夏子と太郎の布団の間に入って寝たが、二人の布団の間に少し隙間があって結果的に小生はその隙間の板の間で寝てしまった。しかし予想通りぐっすり寝てしまって、夜中にほとんど眼がさめることがなかった。太郎も特に何事も無かったようで、小生が目覚めた時にはすやすや寝ていた。子どもは回復力は本当に早くて、今日にはもうケロリとして食は未だ少し細いが普通に食べている。便もまだ軟らかいがちゃんと形をなしている。

 今日も一日太郎の相手。と言っても、もう付ききりでなくていいので、意識を太郎に向けながら自分のこと(デスクワークだが)ができるので、太郎が保育園を休んでもそれほど苦では無くなっている。

 二三日前に娘に何が食べたいかと訊いたところ、「カレーっ」、太郎もすかさず「カレーっ」。小生も昔はカレーは大好きだった。お袋が一度にたくさん作ったカレー、二三日朝昼晩カレーでもまったく飽きることは無かった。それが最近はあまりカレーは好きでは無くなった、年のせいか、あるいは美味くないのか・・・・。ヨシ!それじゃあ、お父さんが美味いカレーをつくってやろうと言っていたが、太郎が腹を壊しているので日延べだなあと思っていたところ、もう元気になっているので予定通り今晩はカレーにした。小生、甘口が苦手なので、中辛にしたが、太郎もからいからいと言いながらも食べていた。

 先日クラッチ板が壊れた軽トラックの修理ができたので取りに行った。こんなに早く走るのかと改めて驚いた、ということは今回壊れる大分前から減って空回りをしてスピードに乗れない状態が常態化していたのだろうか。


平成25年12月18日 (水)

 カルデラ内は総じて雪交じりの雨で終わったが、外輪の上は結構の積雪があったようで、交通止めやチェン規制がされている。つかの間の雲の切れ間に現れた阿蘇山は雪で真っ白になっていた
    最低気温 1.5℃ (00:53)、最高気温4.8℃ (15:58)

 我家では現在、小生は子どもたちと一緒の部屋で子どもたちの寝相に注意を払いながら寝ている、カミさんは仕事があるので別室で寝ている。昨夜、12時半頃、時間的には小生は既に深い眠りの時間が過ぎて、眠りも浅くなって、太郎が布団を蹴飛ばしていないかなど注意を向けていたところ、なんとなく雰囲気がおかしいので、様子を窺っていると突然眠ったままオエッ〜とやりだした。晩御飯に食べたものが半ば消化され、半ば未消化状態で布団の上にもどした。窒息するといけないので慌てて体を起こして洗面器を取りに行った。その後も、何度か嘔吐して、最後は出るものが無くなって胃液だけを吐いていた。そのうえに途中でウンチがしたいというので、トイレに連れて行ったり、吐瀉物の始末などカミさんが起きないように密かに済ませた、太郎も心得たもので、騒ぎ立てずに静かにやっていた。

 三才を過ぎると、痛いか?モドシそうか?気持ち悪いか?などと訊くと的確な答えが返ってきて意思疎通ができるので看病するのに非常に楽である、本人にとっても同様であろう。昨日ちょっと太郎の寝床を離れている時に急に催したらしくて自分で洗面器のところに行ってそこでもどしていた、なかなかやるじゃないか。

 昨晩はとにかくよく食べた、カミさんが帰ってきてからも高野豆腐をねだって食べていたそうなので、これは食い過ぎが原因かなと一瞬思ったが、何度も吐くので食あたりかもしれないとも思ったが、別にそのようなものを食べさせていなのでこれも違うなと思ったり、食べたもののアナフィラキシ―だろうか、と思ってネットで調べてみたところ、オヒョウも高野豆腐もあると言えばあるが、同類の食物はいままでたくさん食べているので、どうも違うような気がして、恐らく感染性胃腸炎だろうと思い至った。

  あれだけ苦しんだのに朝になって楽になったようで、パニック状態は脱した。午前中、古閑医院で診てもらったところ、やはり、感染性腸炎でしょうとのことであった、今、少し流行っているらしい。

 この病気に直接効く薬は無いそうで、吐き気止めとビオフェルミンと頓服を貰って帰ってきた。昼には、ヨーグルトとプリンを美味しそうに食べていた。熱が38℃後半くらいあり夕方頓服を飲ませた。

 晩飯。娘がそろそろローテーションの一回りね?と訊くので、いやまだだと答えて、何か食べたいものがあるのかと問うと、塩糀に漬けた魚が美味しかったからまた食べたいと言う。お安い御用だけど魚があればねと言って昨日スーパーに行ったところ、上手い具合に今回も生鮭が売っていたので、昨日のうちに漬けこんでおいたので今日の晩飯作りは楽だった。それとほうれん草の味噌汁。だけではちょっと寂しいので。

 実は、一昨日、ブタのミンチを買うつもりが間違ってトリのミンチを買ってしまったやつが冷蔵庫に入ったままなので、トリのミンチに塩糀を混ぜたものにレンコンをすったものを混ぜてハンバーグ風にして焼いたものを加えた。レンコンというのは実に不思議な食べ物である。すり潰すと、食感が全く違う食べものになる。

 昨日、今日と、雪が降るというと、カウンターが急に伸びる、阿蘇の積雪状況を知りたい人が結構いるのだろう。御天気カメラとして役立っているようである。



平成25年12月17日 (火)

 弱いながらほぼ終日雪交じりの雨が降っていた。夕方に入ると路面の雪が少し白くなり、滝室坂を下りてきた車は屋根にかなりの雪を積んでいた、外輪の上は相当降っているのだろうか。子どもたちを連れてアゼリアに行ったが、帰る時、太郎に、滑るから気を付けろよ、と言った言葉が終わるか終らないうちにスッテンと転んだ、彼にとって生まれて初めての雪で滑った体験だろう。
    最低気温 1.4℃ (18:12)、最高気温 4.1℃ (00:00)

 昨日は本当にくたびれたが、一晩眠ったらその疲れは全く残っていなかった。考えてみたら疲れというより、眠たかっただけのようだ。今朝も3時過ぎには目が覚めた。

 カミさんが、ここのころ車がシュルシュル言っているけど、と言っていたが、適当に聞き流していたところ、今日会社に行ってから近くの修理屋さんで診てもらったらディスクパッドが減っているとのことで交換したそうである。故障というやつは不思議と立て続けに起きるものである。

 阿蘇でもPM2.5の観測態勢が整ったそうである。

 昨日買ってきモニターキーボードとマウスをつないで、Pen4のWindows7 professional 32bit のオンライン認証も無事に終わった

 なんだかんだと忙しくてミモザさんの原稿の処理が出来ない、明日にはなんとか。

 今晩の献立。カレイのムニエル。ソティ?違いは何だ、とネットで調べて一応納得、これはムニエルだな、子どもたちが好きな我家のポークソティも正確にはムニエルか。カレイと言ってもアメリカ産とあるから、ハリバット(オヒョウ)だな、肉厚でとても美味しい。それから豆腐とニラの味噌汁、ワカメの酢の物、高野豆腐、それからとり合わせとしてはちょっとバランスが悪いが、買い置きのモヤシがそろそろ怪しくなっているので野菜炒めにする。太郎が野菜炒めは残したが、その他は全部平らげた、ムニエルも一人前平らげて、高野豆腐も甘い豆腐もっと頂戴と言っておかわりをした。(写真1写真2


平成25年12月16日 (月)

 くもり。
    最低気温 -1.3℃ (05:00)、最高気温6.8℃℃ (13:13)

 太郎を保育園に送って、家事を済ませて山を下りて用を足すために午前10に家を出た。途中、パソコン工房熊本北店に寄って500GBのHD×2台、メモリー2GB×2本を買ってから、熊本駅そばの九州総合通信局に行き、移動局の再免許状の交付を受けた、阿蘇の戻りながら日赤裏にあるハードオフに寄って、ジャンクのキーボード(200円)とマウス(50円)を各二台、PC用のスピーカーを一台(500円)買って、またパソコン工房に戻って中古のモニターを買って、起死回生の一攫千金、年末ジャンボ宝くじもついでに買って、その他にホームセンターに寄って阿蘇の店には売っていない家のメンテ部品を買ったりと、走りまわって、阿蘇に帰ってきてミヤハラに寄って、晩飯の材料を買って、さあ、帰ろうかとした時に異変が起きた、いや、じつはその少し前から軽トラックの調子が今ひとつ上がらず、熊本から帰ってきて立野の二車線になった新しい道路に入って、一気にぶっちぎりで先頭に出ようと思ったのだが、どうしたことか一向にスピードが上がらない、小生の軽トラックはブースターがついていて軽トラながらそんじょそこいらの車にはひけをとらないはずなのになあと頭を傾げながら帰ってきて、ミヤハラを出ようして、とうとうエンジンを幾らふかしてもほとんど車が動かなくなってしまった。ああ、クラッチ板がやられたなと思って、石田オートに電話をしたら、すぐにカーキャリヤーに代車を積んで駆けつけてくれた。阿蘇に入って、しかも家の近くで良かった、これが熊本市内でならまたオオゴトになるところだった。まあ、次から次に日記ネタには不自由しないものである。(写真1写真2

 そんなこんなで、予定以上に時間がかかってしまったが、なんとか太郎の保育園の迎えに間に合った。ところが今日は更に夏子のピアノの練習日でまたその送迎がある、それらの合間を縫って晩飯の支度をしたりしたので、今日の風呂行きは中止して子どもたちには家の風呂に入れた。小生は面倒なので入らなかった。

 晩飯は、急遽、例のブタのミンチの蒸しものにした。それと、モズク、あげとネギのみそ汁。今日の蒸し物、うまく丸まった。(写真1写真2写真3

 なんだか今日は疲れてしまったなあ、文章が支離滅裂だ、今朝も三時起きだったのでとにかく早く寝たい。



平成25年12月15日 (日)

 穏やかに晴れる。
  最低気温 -0.5℃ (07:43)、最高気温 7.5℃ (14:55)

 今日、昼前に「風の便り」のアクセスカウンターが700,000を超えた。キリ番の人はおいでだろうか、なにか記念品でも贈呈しようか。

 昼前にJA6MQY局、御入来。

 昼から、子どもたちはこども会のクリスマスパーティで、母親に連れられて馬場公民館に出掛けて行った。

 小生は、その間、薪作りに勤しんだ。「いそしむ」とういうのはもっと計画的にやる場合に使う言葉だろうな、ストックが無くなりかけて尻に火がついて薪作りをする場合に使う言葉じゃないな。

 太い幹を処理する時、チェンソーのバーが届かないので、幹を回しながら切っていくが、何年経っても目立てがヘタなので、なかなか真っすぐに玉切りができず、少しずつ螺旋状に切れていくので、極端を言うといつまで経っても終点に辿りつかないことになる(言ってみれば房切り大根のようになる)。

 太い幹を処理するとタップリと大きな薪がとれる。なるべく太い方が火持ちが良いので太い幹は大歓迎であるが、あまり太いとこのように往生する。



平成25年12月14日 (土)

 くもり。
   最低気温 1.4℃ (02:05)、最高気温 5.5℃ (13:24)

 カミさんは昨日忘年会を二つハシゴして夜遅く帰ってきた。今日も午前中仕事だと言って出勤していったので、小生は子ども二人の見張り番をして過ごした。

 午後、JLZ局が立ち寄る。近くで蕎麦の打ち粉を探したがどこにも売っていないので結局植木から波野まで遠征した帰りだそうだ。いよいよ蕎麦打ちの挑戦が始まるようだ、ブログでのその成果を楽しみにしていよう。


平成25年12月13日 (金)

 朝(と言っても午前3時頃)起きたとき、弱い雨が降っていた、気温も高めだった。夜が明けたときには雨も上がって曇り空の一日だった。
  最低気温 -0.9℃ (00:59)、最高気温 7.0℃ (14:00)

 カミさんは今日は職場の忘年会だとかで、アルコールが入るので車はやめて、朝6時20分の列車に乗るべく、小生が宮地駅まで送って行った。

 アマチュア無線の移動局の再免許申請の審査が完了し、免許状が交付された旨のメールが来た。電子申請などという先端技術を使っていながら、手続きの最後の最後で如何にもちょっと抜けていると思う。免許状を公布してもらうために返信用封筒を送らなければならない。どうせやるなら、黙っていても送ってくるようにすれば良いのに。小生は近々下に降りる用があるので、直接九州総合通信局まで行って手交してもらうつもりでいる。

 今朝は朝一番で、小生の3か月ごとの歯のメンテナンス、そして、夕方5時半からは夏子の虫歯の治療で、今日は二度、宇治歯科に行った。

 夏子の時には、一旦太郎を保育園に迎えに行って、三人で宇治歯科に行って、太郎を歯科医院の遊戯コーナーで遊ばせて夏子の終わるのを待って、その足で風呂に行った。

 それらを済ませて帰ってから食事の準備をすると遅くなるので、今日はクリームシチューを作っておいて、風呂から帰ってすぐに夕食にした。

 太郎は先日のお楽しみ会で器楽合奏の時に、カスタネットのパートを受け持ったが、いつも家で、オレはピアニカがしたかった、ピアニカがしたかった、と漏らしていた(ピアニカはもっと上級の子の担当で土台太郎にはむりなのだが)、だから、本番の時にはカスタネットを叩くのを拒否して突っ立ったままだったのかなあ、と思って後日先生にその話をしたら、いえ、決してそんなことありませんよ、いつも練習の時にはちゃんと叩いていたので、初っ端の出番だったので、緊張していたんでしょうと笑っておいでだったが、小生はてっきりそうだと思っていた。

 だから、という訳ではないが、お姉ちゃんが学校に置いてあるピアニカ持って帰ってくるからそれを吹いてごらんと、今日持ち帰ったので、早速、お姉ちゃんに教わって嬉しそうに吹いたいた


平成25年12月12日 (木)

 曇りのち晴れ。朝のうちは冷たい風が吹いていて震え上がるようだったが、午後に入って回復して夕方には雲ひとつなく空は澄み渡っていた。風が無く、日が射していたので実際の気温以上に温かく感じた。二三日前に、中岳の湯だまりが非常に少なくっているという記事が新聞にでていたが、噴煙に夕日が照り映えていた
    最低気温 -0.4℃ (20:08)、最高気温6.2℃ (15:18)

 夕方、子どもたちを風呂に連れて行く時に気がついた、古閑の滝が少し凍結していた、まったく気がつかなかった。今シーズンの初凍結だろうか。

 午前中、無事にパソコンの組み立てを終わる、パーフェクト。

 午後から薪を作る、ここ二三日天気が悪くて薪を作ることができず少々ストックが心細くなっていたので、今日の晴れ間を待っていましたとばかりチェンソーを振りまわした。

 昨日、スーパーに「たるめ鯛」という名の魚がいやに安い値段で出てたので、買ってきて味噌漬けにしておいた。三陸沖の生秋サケも同様に売っていたので、これも買ってきて、こちらは、塩糀とみりんを混ぜたものに漬けこんでおいた。晩飯はその「たるめ鯛」の味噌漬けとほうれん草の味噌汁、玉子豆腐、それから、一昨日だったか、キンピラがカミさんと娘が美味しい美味しいと言って食べていたのでタップリ作っておいた。たるめ鯛というのは熊本地方での呼び名のようで、標準語では「メダイ」というらしい、鯛と言ってもタイとは違うようだ。シャケのほうは明日の朝食だな。



平成25年12月11日 (水)

 時々雨。いつ雪になっても不思議ではないという感じの冷たい雨が思い出したように降っていた。
     最低気温 0.4℃ (00:45)、最高気温 5.7℃ (13:17)

 先日のバラックで動かしたPCの組み立てを少しずつ始めた。いろいろと家事があって一気にというわけにはいかない。

 西町の上野博行さんがいよいよ蕎麦屋を開店する。「蕎麦処 阿蘇の風」(なんとなく聞いたような名前だが命名に関しては小生とは全く関係は無い)。保健所の検査だとか営業開始準備が大変だったようだが、いよいよ明日オープンである。オープンを明日に控え、今日その試食会をするというご案内をいただいたのでお邪魔してきた。主手打ちの丸抜きした白い二八蕎麦、阿蘇の蕎麦だそうだ。お世辞抜きに美味しい蕎麦だった、阿蘇の蕎麦粉も丸抜きするとこんなに美味くなるのだ、これだと十分に商売になる。ご友人が詩を書いてYELLを送っていた(詩の各行の頭を横に読むと「折句」になっている)。皆さんが応援をしている、繁盛を祈るばかりである。(写真1写真2写真3写真4

 蕎麦処「 阿蘇の風」阿蘇市西町788-2 Tel.0967(34)0050
 営業時間は11:00〜15:00 月・火・水は休み だそうである。

 今日は娘の水泳教室があり、その迎やついでに太郎と風呂に入ったりで時間が無いのでシンプル料理にした。

 材料からだけではとても想像できないが極めてシンプルでいて非常に美味い簡単料理である。うちでは子どもたちが「豚ダイコン」と言っている、家族みんな大好物である。娘に今日は豚ダイコンだと言うと、イェイ!と言っていた。簡単に言うと、ダイコンをサイの目(かなり小さい方が良い)にたくさん切って、ブタのコマ切れを入れて、甘醤油でダイコンが透明になるくらい炒めるだけである。甘醤油の部分は、醤油と砂糖とみりんでも良いし、最近それらが一緒になっている煮物醤油でもいい。これにもダシの素をいれると良い。透明になるまで煮詰めるのに少し時間がかかるかもしれないが、これを御飯に載せて、つまり、丼のようにして食べるのである、玉子丼、親子丼、カツ丼、天丼、いろいろあるが、これは極めて安上がりで出来る丼物である。騙されたと思って作ってみる価値はある。


平成25年12月10日 (火)

 二つの低気圧の内、一つが確か、九州を横断していったはずだが、昨夜はあまり荒れた風では無かった、それとも小生、熟睡で知らなかったのか。明けて朝のうちは曇っていたが、やがて回復していった。ただ、風が少しあったので気温は低くなかったが寒かった。今夜から北日本が台風並みに荒れるとか。明日の天気はどうだろう
     最低気温 3.6℃ (08:12)、最高気温 9.4℃ (00:00)

 白州のドングリさん、ミモザさんご夫妻の九州旅行記のNo.1が届いたので、「その他」に掲載させていただいた。お二人は相当の飲兵衛(小生の基準で言えばだが)だそうだから、ついでにキャンピングカー内での二人の酒盛りの写真でも、とリクエストしたら軽く一蹴されてしまった。

 この旅行記の最後の方に「グレイノマド」という言葉が出てくる、小生にとっては初めて聞く言葉だったので、ネットで調べたところ、「グレイノマド」はGray haired Nomads(銀髪の放浪者)という意味のようで、仕事をリタイア後、悠々自適なクルマ旅を楽しんでいる人たちをさす言葉らしい。小生たちが使っている無線用語を無線と縁の無い人たちが全く知らないのと同じように、この言葉、普段の生活の中で聞く言葉ではないので非常に新鮮に聞こえたが、そういった世界ではごく普通に使われているんだろうな。小生は長い間独り身で過ごしてきたが、もし現在もそうだったら、リタイア後は間違いなくこのグレイノマドになっていただろう、それも単数形で「さすらいのグレイノマド」だ。

 晩飯。豚肉の生姜焼き、がめ煮(筑前煮)、油揚げとネギのみそ汁、キンピラゴボウ、春雨サラダ。それから、冷蔵庫の豚のひき肉がそろそろ危ないので何か作ってくれというカミさんの要望で、何を作ろうかと思ったが、キャベツとシイタケをタップリミジンにして塩と出汁の素と片栗粉を混ぜて小さな団子にして蒸し器で蒸して、カラシ酢醤油で食べることにして、適当に作ったところ、これが意外と好評だった。

 ミンチは200グラム無かったが、キャベツとシイタケを混ぜたので結構ボリュームが増えて、結果的に豚の生姜焼きは要らなかったなあと思ったが、結果オーライだったので、仕方が無い。これはレパートリーに加えられるな。



平成25年12月9日 (月)

 曇り、昼ころから予報どおり雨模様、今夜は荒れるらしい。
     最低気温 -2.1℃ (07:55)、最高気温 8.9℃ (15:40)

 Pen4でWindows7を動かすネックの一つに、対応するグラフィックボードがあまり無い。Pen4のマザーボードのグラボのスロットはAGPであるが、今はグラボの規格はPCIExpressだ(あるいはもっと進んでいるのかもしれない)、そこにもってきて、古い規格のグラボで最新のOSを動かそうというは土台無理なのかもしれない。ネット検索で探しても、ドライバーはXPどまりで、Windows7のものは無い。実際今度のアップグレード作業で結局3枚のグラフィックボードが使えないことが分かった(内2枚は手持ち、1枚はオークション)、そして、ようやくまた今回オークションでWindows7で動くというボードが1.5Kで出ていて無競争で落としたのが届いたので早速、差し替えたところ、ようやくスンナリと認識して無事に起動した(ATI RADION 9600PRO TD256)。おお、やったあ、と思ったところ、今度は音が出ない。オンボードのサウンドチップがこれもWindows7に対応していないようだ。別に高級なサウンドを期待しているわけではないので音くらい出ろよと思ったがここでまた足踏みだ。

 ところが、ところが、それはまあ、置いておいてと、一旦オフにしたPCを再起動掛けたら、いきなり、バチバチバチバチと火花が散って、エナメルが焦げる臭いが部屋中に充満。こりゃあ大変だとコンセントを抜いて暫し呆然。マザーボードの裏あたりから火花が飛んだような気がする、あるいは光学ドライブあたりだったような気もする、要はケースの天井付近だったことは間違いが無いと思ったがそれもどうもハッキリしない。これだけの事故だともうマザーボードが焼けて使いものにならないだろう、マザーボードの裏にネジか何か引っかかっていたのかもしれない、今回の挑戦もこれであえなく一巻の終わりか。

 時間があればよく調べてみようという気も起きるが、とにかく時間が勿体ない、これだけやったのだから、今回の挑戦はこれで終わりにして、よし、オークションでwindouws7が動く中古のマザーボードを探そうと思ったものの、どうも、このまま終わるのも癪だと思って、部品を全部取り外して一つひとつ目視でチェック。ところがマザーボードは見たところ表も裏も綺麗なものである。

 そして電源ボックスに鼻を近づけてみると、焦げ臭い、とすると電源か?でも火花はここからでは無かったような気がするが、と思って、分解してみたところ、基板の一部が見事に真っ黒に焦げている。ここだったのか、でも、どうしてだ、合わないOSを入れたところで火を吹くことなど絶対にあり得ない、何が原因だったのだろうか、たまたま電源の故障にぶつかっただけなのか。

 まあ、原因が、というより、焦げた場所が分かっただけでも良しとするか。さあ、手仕舞いだ、と言うところだが、もしかしたら、電源部だけのダメージで他は生きているかもしれない。よし、バラックでもう一度つないでみよう、と手持ちの電源を使って組み立ててみた。

 おお、生きていた生きていた。もう一度試してみて良かった。その後で、マルチオーディオコントローラのドライバ(Realtec AC97 オーディオドライバ Ver.5.10.0.6020)も見つけてきて、バラックながら完全に動き始めた(残るは組み立てだ、これは今日でなくても良い)。

 ようやくPen4のマザーボード(GA-8IPE1000 PRO2)でWindows7 professional 32bit が動いた、今のところ全く問題なくサクサク動いている、これはカミさんと娘の共用として下賜することにした。

Windows7にはPCの性能評価をするWindowsエクスペリエンス・インデックスなるものが入っている。それで測ると、こんなものだ、これがどの程度なのかよく分からないが、どこかに基本スコアが3.0以上あれば実用レベルだとあったのでこれで良いんじゃないの。

 今日はミモザさんの旅行記をホームページ用に加工する予定だったが、そういうわけで日延べになってしまった、スマンことです。そのうちにNo.2が送られてくるかもしれない。

 今日の晩飯はカミさんのリクエストはマーボー豆腐だったが、それだけだと寂しいのでエビチリも一緒に作って、中華スープも添えた。



平成25年12月8日 (日)

 放射冷却で冷え込んで、そして美しく晴れあがる。
     最低気温 -2.6℃ (05:53)、最高気温 12.4℃ (15:06)

 そうか、今日はニイタカヤマノボレの日だった。

 久しぶりに家族全員ノンビリと休日を過ごす。小生は、日向ぼっこを兼ねて外で薪を作りなら体を動かす。

 ストーブの灰はひと冬で相当の量が出る、畑に撒いたり、木の根元付近に撒いたり、その時々の気分で適当に撒いているが、ボンのところに撒いてやると、はやり温かい方が良いのだろう、その上に寝そべっている。今朝なんか体の毛先が真っ白に凍っていた。

 夕方、茜色の空が明日も好天を約束しているようだ、と書いて天気予報で確認したところ、明日は午後から天気が崩れるそうである。(写真1写真2



平成25年12月7日 (土)

 少し雲があったがまずまずの天気だった。
     最低気温 -1.9℃ (04:35)、最高気温 10.3℃ (15:00)

 今日は保育園の「お楽しみ会」。これはクリスマス学芸会のようなもので、クラスごとに何日も前からお遊戯の練習をして舞台で保護者始め地域のお客さんに披露するイベントである。カミさんと夏子が参観したが、小生は太郎とはここのところ十分に付き合っているので、今日は遠慮して留守番をしてデスクワークをした。面白かったであろうことは十分に想像できるが、残念ながら載せる写真が無い。夜、カミさんが動画を撮っていたのでちょっと見たが、太郎のやつ、自分のパートとは関係が無い上のクラスの踊りの練習なんかしっかり覚えてきて家でさかんにやっていたのに、今日の本番、なんだ、器楽合奏で自分のパートのカスタネット、全然叩いていなかったなあ、全く集中力が足りないなあ。

 昼から夕方まで薪作りをして、夏子が友達とアゼリアに行く約束をしているというので一緒に風呂に出掛けた。

 この二日は、我家の移住記念日だったが、カミさんが仕事のこともあって、今日記念晩餐会を開いた。といっても、すき焼きを食べることを恒例としているだけだが。



平成25年12月6日 (金)

 晴れ。のはずが、とにかくPM2.5のやつがひどい、山が霞んで殆ど見えなかった。
     最低気温 0.4℃ (06:12)、最高気温 11.3℃ (12:29)

 今日は夏子の学校の持久走大会。だけでなくて、授業参観、給食試食会、PTA研修会、PTA総会、学級懇談会と学校行事が目白押し。家の雑事があるので、委任状を出して欠席のつもりだったが、太郎の保育園欠席が重なって、どっちみち今日は出席できなかった。持久走だけは応援に行こうと太郎を連れて中川竹久さんのお宅前に出張る。太郎がいなければ自転車に乗って、出発ゴール地点や途中のポイントポイントで写真を撮るのだが、今日はそういうわけで定点撮影となった。

 この中川邸での応援が太郎にとっては楽しいひと時になったようで、お婆ちゃんたちから遊んでもらった上に、お菓子をいただいたり、お孫さんの小さくなった防寒服を頂戴したり、おまけに、これもお孫さんがもう使わなくなったからと、そこで遊ばせてもらった三輪車まで帰る時に軽トラックの荷台に載せてもらって帰ってきた。

 夏子は時々、喘息でヒューヒュー言わせる割には長距離に強いようで、5年生の女子のなかでは2番目だったようだ。1・2年生が1km、3・4年生が2q、5・6年生は3q、と走る距離が三段階に分かれていて、夏子は3キロ走った。

 持久走記録会 連続写真 (1/7)
 持久走記録会 連続写真 (2/7)
 持久走記録会 連続写真 (3/7)
 持久走記録会 連続写真 (4/7)
 持久走記録会 連続写真 (5/7)
 持久走記録会 連続写真 (6/7)
 持久走記録会 連続写真 (7/7)

 持久走が終わったのがちょうどお昼の時報が鳴ったばかりの頃で、急いで家に帰って、簡単に昼食を済ませて、すぐに太郎の昼寝をさせた。そして太郎が寝ている間に、ボンの散歩を済ませた。散歩の途中に突然エリアメール、ちょうど家から一番遠くに離れれていた場所で受信したので、もし大地震が来るのなら太郎を一人寝かせて出てきたが間に合わない、とちょっとうろたえ気味にディスプレーを見たら、なんだ阿蘇火山防災訓練のメールではないか、驚かすな。

 午後2時40分の一斉下校時に間に合うように昼寝時間が少し短かったが太郎を起こして、校門前で下校する夏子を拾って、いやその前に、保育園に寄って明日のお楽しみ会(クリスマス学芸会)で使う衣装と、普段園で寝ている布団一式を週末の洗濯のために引き取ってから、夏子の温泉病院の耳鼻科に定期通院。太郎が普通どおりに保育園であればその必要が無いのだが、やむなく太郎も同道する。

 温泉病院での治療が終わったのが5時過ぎで、その足で、今度は古閑医院に寄って、子どもたち二人のインフルエンザの二回目の注射をして、更に、ミヤハラによって晩飯の材料を仕入れて帰ってくる。注射、太郎は平気で、夏子の方が、嫌だなあと盛んにぼやいていた。(写真1写真2

 今晩は何にしようかと考えたが、これから帰って風呂に連れて行ってから晩御飯のオカズを作る時間が無いので、牛肉を買ってきてサッと焼いて塩コショーで食べることにして、ホウレンソウのみそ汁だけ作ってやった。

 とにかく今日は分刻みのスケジュールですべて終わったのが午後8時頃、今日は文字通り席の温まる暇が無かった、小生が万一寝込むようなことにでもなったら一体どうなるのだ。

 先日入手したレーザープリンター、一体どれだけプリントしたのかカウンターがついていないのでワカランなあと思っていたが、LAN接続だと、驚くほど詳細なデータが分かるようになっている、これはやはり業務仕様だ、プリント枚数もちゃんと表示される、恐るべし。



平成25年12月5日 (木)

 今朝も放射冷却で風景は霜で真っ白になっていた。
     最低気温 -2.6℃ (06:08)、最高気温 12.1℃ (13:35)

 一日の仕事の割り振り、薪作りなどの外作業は、霜が融けて木が乾燥をする昼からが適していて、また、晩飯の支度の買いだしも、たとえば生モノなんかを買う場合は特にそうだが、午後からの方が良いのだが、両立が難しいので、仕方無く買い物は午前中に済ませることになる、などと、一日の仕事の割り振りを考えていても、その通りにはならないのが世の常で、今日も昼前に保育園から太郎の眼ヤニがひどいです、最近結膜炎が流行っていることもあるので診てもらった方良いですよと連絡があった。午前中はちょっと手が離せないので、と午後3時頃迎えに行って古閑医院で診てもらって、とりあえず眼薬を貰って帰ってきた。明日は様子見で保育園を休むことにした。

 昼から太郎を迎えに行くまで、薪作りをしたが、敷地内には何本も太い木が転がっていて、小生の持っているチェンソーではバーが短くてとても歯が立たない。そこでチェンソーで切れ目を入れて、矢(楔)を打ちこむことで木が柾目の場合はなんとか割れるが、とにかく大仕事である。

 こういった太い薪材、ここに来たての頃は、これは一枚もののテーブルに良いなあ、これは椅子だなあ、と切るのが勿体なくて躊躇したものだが、今は幾らでもこんな木が手に入るのでそういうことは全く無くなってしまった。

 今晩のメニュー。今日はあっさりしたものが良いというリクエストで、刺し身、大根とホタテ、カニ缶のサラダ、茶碗蒸し、アサリの味噌汁。



平成25年12月4日 (水)

 今日も穏やかに晴れる。ここは九州山塊の向う側の宮崎と違ってどちらかと言えば日本海側の気候で、冬は陰鬱な空が続く印象だがここのところずっと天気が良い。本来そうだったろうか。
     最低気温 1.3℃ (07:28)、最高気温 10.6℃ (15:02)

 アマチュア無線局の移動局の局免が年明けの2月に切れるので、本日、再免許の電子申請をした。2〜3日で審査結果が来るのかなと思っていたら、30分ほどで受け付けたから再免許の申請手数料を払いこむようにという連絡が届く。受け付けたと言うことは、審査を通ったと同義語だろうと解釈して、直ぐに「ゆうちょダイレクト」で納付、あっという間に再免許手続きが完了した。電子申請の場合の再免許申請手数料1,950円也、確か、窓口申請の場合より大幅に割引になると記憶している。こういうことをするたびに便利な世の中になったものであると思う。

 レーザープリンターの設定をする、Lan接続にしたので、家の中のどのPCからもプリントできる。早い早い、それに、カラー写真の画質が思った以上にすばらしく美しい。問題があるとすれば、複合機のようにコピーやスキャンが出来ない。この場合はインクジェットのほうでUSBメモリにスキャンデータを落として、改めてそれをプリントすれば良いということか。LAN接続だから出力先をプリンターに送って直に印刷は出来ないだろうか。

 夏子、夕方からプール教室、往きは迎えの車が来るが、帰りは迎えに行く。教室が終わる時間を見計らって太郎を連れて風呂に入りがてら迎えに行った。

 プールの迎の時間の関係で夕食が少し遅くなり、カミさんも少し早く帰られたとかで、我々が食べ終わらないうちに帰ってきて夏子と太郎が喜んでいた。今日の晩飯は昨日のメニューと同じである、好物は二回分まとめて作っておくと楽である。デザートをちょっと添えてやる。


平成25年12月3日 (火)

 今日も一日穏やかだった。いつのまにか外気温10℃くらいなら暖かいなあと感じるように体が順応してしまったようだ。
     最低気温 0.9℃ (03:35)、最高気温 10.0℃ (12:17)

 今朝の阿蘇山、ちょっと幻想的な雰囲気だった。(写真1写真2写真3

 母親が朝早く家を出るようになって、子どもたちも率先して家のことをやってくれる、太郎は自分で着替えに挑戦していた

 今朝は交通指導日だったが、出動時間はカミさんは仕事に出かけた後になるので、太郎をひとり家に残しておくわけにいかず、「子連れ狼」スタイルでいつもの辻に立った。これから色々なシーンで「子連れ狼」が増えることになるだろう。写真を見ると太郎に旗を持たせて小生の職務怠慢のように見えるが、写真を撮る瞬間だけのことで、ちゃんとしかるべく職務に精励して今日も安全に子どもたちの登校を見送った。(写真1写真2写真3写真4

 標準価格が約90,000円のカラーレーザープリンター(NEC MultiWriter 5750C PR-L5750C)の現行品が、なんと、なんと、とテレビ・ショッピングの口上ではないけれど、送料込みで12,780円、決して桁が違っているのではない。インクジェット・プリンターよりはるかにランニングコストは安い(と思う)、だからイニシアルコストがこの価格なら、これを使わぬ手は無い。特に小生のように、古い無線機だとかコンピュータ関係だとか、手引書・解説書を買わずになんでもネットでドキュメントを読む人間にとってはこれは有難いプリンターである、何十枚でも心置きなく印刷することができる、それにイーサネットで使えるのが良い。jtqが便利だぞ、良いぞと情報をくれたので迷わずに購入した、トータルコストで考えた、年金生活者でもこのくらいなら何とかなる。写真

 晩飯はロールキャベツを作った。何度かもう煮るばかりになって売っているロールキャベツを買ってきて作ったことがあるが、簡単だがあまり美味くなかった。だから今日は牛と豚の合挽きを買ってきて最初から作った、と言っても、ハンバーグの素を入れて作るところからだが。本当はタマネギをみじん切りしてローストしてパン粉を混ぜてと完全に全部やりたかったが今日のところは手を抜いた。他所ではコンソメスープ仕立てのところが多いようだが、我家は、これもオフクロの味だろう、昔からホワイトソース仕立てでつくる。種を明かせばこのホワイトソースはクリームシチューのルーを入れるのだ。ルーを入れる前にしっかりブイヨンで下味を付けてじっくり煮込んで最後にルーを入れる。だからあまり手がかからずに出来る。今日も子どもたち大喜びでパクついていた、料理人としては子どもたちが喜ぶ姿を見るのが嬉しいのだ。当分、思いつくまま色々と日替わりで作って、ある程度の種類作ったら後はローテーションで回せば良いだろう。

memo  合挽き430g --->13個、キャベツ約一個、ハンバーグの素1袋、ブイヨン6ケ、ルー1箱

平成25年12月2日 (月)

 今朝もまた阿蘇谷は霧に沈んだ。日中は暖かくなった。
     最低気温 -1.2℃ (05:18)、最高気温 9.8℃ (13:59)

 今日は我家がにここ阿蘇に移住してきた「移住記念日」である、丸12年、ちょうど一回りした(2001/12/2)。記念日には家族で毎年すき焼きを囲む習慣になっているが、今日からカミさんがフルタイムで熊本市まで通勤することになったので、今度の休みの日に延ばそうと言うことになった。

 というわけで、今日から、小生は専業主夫になった。太郎の登園、それから保育園から帰る時は何と言うんだろう、退園だと、やめることを意味するだろう、登下校というから、下園か、どうもしっくりしないな。とにかく、帰りの迎え、娘のピアノ教室の送迎、それから一番の仕事は晩飯作りだ。

 今晩のメニュー、イカと里芋、大根、人参の煮物、白身魚の竜田揚げ、それとナスの味噌油炒め、こんなところか。こどもたちは喜んで食べていた

 煮物の大事な食材の里芋、まだ殆ど掘り残したままで、何度かの氷点下で凍傷に罹ってもう駄目かなと思って掘ってみたが、今までのところの氷点下3℃程度なら全然影響がなかった。少し深い穴を掘って籾や藁を被せて保存するとか、その場合も、ミカンなどが入っているネットに小分けしておいて紐を付けておくと掘りだし易いとか、色々聞いていて、そのようにしようかと毎年思いながら結局掘り残したまま、凍って食べられなくしてしまう。まだ20株ほど残っているなあ。

 昨日、買い物に出かけた時に、太郎は母親から小さなウルトラマンタロウの人形を買ってもらって、ずっとお守りのように傍に置いている。朝食の時も目の前に置いて食べていた。その前は、先日ミモザさんからお土産にもらった仮面ライダーの変身グッズをこれも無二の物として持っていたが、この変わり身の早さ。それでも、大きくなったらウルトラマンタロウと仮面ライダーになるんだ、と決めているようである。でも今時、ウルトラマンをヒーローとして崇めている子が居るか?保育園でも誰も知らないだろう、つまりは我家のような父子の年齢差が生み出す珍現象だな。小生は勿論ウルトラマンなんて名前しか知らなかったが、それ以上に現在のヒーローたちのことは知らない、我家はテレビを見ないので太郎のヒーローは父親の知っているヒーローなのである。それでも保育園の仲間から、なになにジャーと言った現代のヒーローを覚えて来るが、父親がインターネットで見せてくれるウルトラマンタロウが絶対的な存在のようである。

 ドングリさんミモザさんご夫妻、長旅を終えてようやく今日白州にご帰還になったそうだ、18日間だとか。キャンピングカーだからこそできる贅沢だな、良い思い出を残されたことだろう。


平成25年12月1日 (日)

 朝のうち少し路面が濡れていたが、夜が明けるに従って天気は回復していった。とうとう今年のカレンダーも最後の一枚になってしまった。
   最低気温 3.4℃ (04:39)、最高気温 10.0℃ (13:10)

 昨夜10時頃だったろうか、突然、火災発生のサイレンが鳴り渡り、太郎もまだ起きていて、スワッ火事か、と耳を傾けたところ、滝室坂で車両火災が発生しましたとのアナウンス。建物火災ではなかったようだが、だから、どうなんだ、どうするんだ、たかが車両火災くらいで消防団出場でも無いだろう、と放送の続きを待っていたがその後のアナウンスが無い。太郎は消防車が来るとね!とカーテンを開けて待機している。結局暫くして、消防団の出動はありませんという放送。我が家で、あるいは飲み屋で憩っていた消防団員、肝を冷やしたことだろう、なんとも人騒がせな。

 カミさんと子どもたちは朝飯も早々に買い物に出かけて行った。小生は午前中、ノンビリとデスクワークをして、昼から薪作りをした。Linuxで自宅サーバ、ちょっと触手が動いている。

 薪作りをしていると、表を通りかかった散歩途中の御夫婦と思しきお二人連れのうちの女性が「こんにちは、いつもホームページ拝見していますよ」と声をかけてくださった。お話を伺ってみると近くの集落のMさん御夫婦だそうで、以前から小生のホームページをよく見てくださっているとのことであった。そして、山が好きでよく登山をしています、ホームページを持っていますとのことだったので、お訊きすると、「根子岳山窓」というブログだそうで、後から早速ざっとだが拝見したところ、これはすごい、山、山、山の登山記録だ、山が本当にお好きなんだなあと驚いた。是非こんど御茶でも飲みにお立ち寄りくださいとお誘いしておいたがまたインターネットを通して新しいつながりが出来たようである。
 ある米国人数学者が中国を訪問した際、天才と呼ばれる小学生に会った。数学者は簡単な問題を出した。
 「あるデパートが火事になった。500人の客のうち100人が自力で脱出し、50人が消防隊員に救出された。さて、死者は何人か」。小学生はほとんど考えずに答えた。「10人!」
 「残念だ。君は算数をあまり知らないようだね」。そう話す数学者に小学生が切り返した。「あなたは中国という国をあまり知らないようですね」

中国のインターネット上で流れている小話で、いつも事件や事故の死者を過少に発表している中国当局を皮肉ったブラックジョークだ。




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