平成26甲午(2014)年 6月の記録(新しい日付けの順)
平成26年 6月30日(月)
晴れ。今日も爽やかな青空が広がった。
最低気温 18.1℃ (02:19)、最高気温 23.1℃ (16:06)
午前中、ジャガイモ収穫後のマルチの後片付けをした。遅くなればなるほど面倒になるので一気にやってしまった。(写真1・写真2)
ジャガイモはあっという間に育つが、隣に植えたサトイモは秋にならなければ収穫できない。いたずらで植えた根深ネギも順調に(かどうかわからないが)育っている。
ついでに、ベランダでもう一年くらい苗木のままで放置してあったイチジクを定植した。(写真1・写真2・写真3)
JLZ局がアンドロイドの基板を使ってAPRSのI-Gate局の運用に挑戦中だとか、それを聞いて、小生がスマホに使ってるaprsアプリ「U2APRS」をしみじみ見てみたところ、クライアント専用かと思ったら、簡易I-Gate機能があるとあったので、試しに無線機の外部スピーカーからスマホに音を入れてみたところ、たったそれだけで移動局の位置情報を受信してWiFi経由でインターネットに流してくれている。「簡易」とは何を指すのかよく分からないが、受信機とスマホがあればTNCも不要、この場合は一方通行だがいとも簡単にI-Gateが運用できる。無線送信が無いのでアマチュア無線の資格は要らないということか、でもAPRSサーバーに流す場合にコールサインが要るか。今日はこれで運用している、明日もこのままで様子を見てみよう。ただ、ここで電波を拾ってネットに流している印が表示されずに、竹田市の局が拾っていることになっているがこの辺りが今一つ分からない。
今日は一年の丁度半分である。阿蘇神社で、夏越しの大祓(なごしのおおはらえ)の神事が斎行された。いわゆる茅の輪くぐりである。
半年の自分の罪穢れを人形(ひとがた)・形代(かたしろ)に移し、また、大きな茅の輪をくぐって罪穢れを祓う神事が日本各地の神社で行われる。今年も子どもたちを連れて詣でた。
夏越の大祓(茅の輪くぐり) 連続写真 1/2
夏越の大祓(茅の輪くぐり) 連続写真 2/2
晩飯。鰹のたたき、出汁巻き玉子、トマト、豆腐とニラの味噌汁、リンゴ。
平成26年 6月29日(日)
今日も爽やかに晴れた。梅雨前線は昨日よりさらに南に下がっており、沖縄あたりに停滞している、沖縄の梅雨明けは少し早まったのではと思ってしまう。
最低気温 18.1℃ (05:17)、最高気温 25.4℃ (14:27)
ここのところ図書館づいていて、本を借りまくっている。返しに行ってはまた数冊借りてくる。昨日読み始めた単行本を一日かからないで読み上げた。この本、新刊本の棚にあった蒙古襲来異聞「異国合戦」という歴史小説である。文永・弘安の役、つまり蒙古襲来のときの元(蒙古)の先兵として日本に攻めてきた高麗の将軍と、蒙古軍を迎え撃った日本のひとりの武将を軸に書かれた「蒙古襲来」である。この日本の武将の名を竹崎季長という。どこかで聞いた名前だなあと思って、読み終わってから調べたら、「蒙古襲来絵詞」に登場するあの武将である。というよりこの「蒙古襲来絵詞」は竹崎季長が自分の武功を記録に残すために作らせたものらしい。一方の高麗の将軍・金方慶という人物、これは創作かと思ったらちゃんとこれも歴史上の人物であった。二度の襲来、漠然と「蒙古襲来」で一括りしていたが、文永の役と弘安の役とは戦の内容がずいぶん違っていたのが良くわかった。文永の役の時には我が方はいいように蒙古軍蹂躙されたが、弘安の役の時には備え十分で立派に防いで、それに台風の助けもあってほぼ全滅させたことが分かった。神風が吹いたのは弘安の役の時だったのだ。また朝鮮半島があの頃から隣国の支配下にあって隷属していたこともよくわかった。あの国の横暴さ、この本がでたタイミング、なるほどと思った、穿ち過ぎか。この小説に対する予備知識も無しに読み始めたがなかなか面白かった。
小生は読書に没頭の一日だったが、子どもたちは母親に連れられてプールに行った、太郎にとっては初めてのプールだ、この夏は太郎を何度かプールに連れて行ってやる機会があるだろう。
平成26年 6月28日(土)
晴れ。気持ちのいい風が吹きこんでいた。また梅雨前線は少し南に下がったようである。この梅雨前線がずっと押し上げられて九州より北の方に移動しない限りここの梅雨明けにならない、それはまだずっと先のことだろう。
最低気温 19.7℃ (04:32)、最高気温 24.6℃ (14:03)
「阿蘇郡市会長杯ミニバスケットボール大会」の会場の一つとして坂梨小学校で開催されて、娘は選手として、カミサンは開催校の世話係として朝から夕方まで出かけたので小生は太郎と二人で留守番をした。一回戦は勝ったそうだが、二回戦で負けたとか。
太郎の昼飯ににオムライスを作ってやった。
宮崎のじっちゃいが熊本市での定期検診の帰りに寄ってくれた。もちろん話題の中心のひとつはニホンミツバチである。そして村の貴之さんの敷地内に自然ウトがあるから誘って見に行った。相変わらずに活発にハチの出入りが見られた。あまり太くない杉なのに相当数のハチが生息しているようで、毎年ここから分蜂をしている、今年はもう終わったかもしれないので、来年こそここにウトを置かせてもらって分蜂を取り込もうと思っている。
今日はじっちゃいのAPRSは順調に軌跡を残していたが、phoneで使っている無線機がヒューズが切れて使えないと言うので見たところ、シガーライターから取っている電源の極性が逆になっていたので、つなぎ直して復旧した。
平成26年 6月27日(金)
量的には大したことなかったがほぼ終日雨が降っていた。
最低気温 16.9℃ (00:06)、最高気温 20.8℃ (16:01)
昨日沖縄地方の梅雨明けがあったようだ、ということは梅雨前線が押し上げられたということだから、九州方面は梅雨前線が停滞するということでこれからしばらく雨が続くことになるのだろう。雨のレーダー、ほぼ一日このような状態だった。
今日も終日読書で過ごす。
晩飯。トンカツを揚げた。それと収穫したばかりのジャガイモを使って本格的にポテトサラダを作った。デザートはメロン。
平成26年 6月26日(木)
朝から時々細かな雨が降っており、このまま当分の間、雨の天気が続きそうなので、午前中一時的に雨がやんだ時をねらって、昨日のジャガイモ掘りの残りをやった。
改めて大不作である、特に男爵が惨憺たるものである。一時間程度で終わってしまった、終わるのを待っていたかのようにまた雨が降り始めた。今回の収穫作業、楽だと言えば楽だった。作付面積も確か去年より少し少なかったかもしれない。このくらいでいいのかな。後はしっかり芽掻きをして落花生のようなジャガイモばかりを作らずに大きいのだけ作ればいいのだ。来年は絶対に芽掻きをするゾ。
次なる農作業はウメボシ作りだ、でもまだ少し早い。梅酒は青い梅を使うが、ウメボシは完熟を使う。
夏子の授業参観と併せて学級懇談会などがあり仕事が休みのカミサンが出かけたが、今日の行事の一つに、阿蘇広域消防指導の「心肺蘇生法」の講習会があった。小生は夏休みのプール監視があるのでこの講習会だけ参加した。以前は心臓マッサージと言った「胸骨圧迫」とAEDの使い方を習ってきた。
心肺蘇生法講習会 連続写真 (1/2)
心肺蘇生法講習会 連続写真 (2/2)
jtqが小鳥の巣箱の中をモニターする時に使ったと同等品のピンホールカメラを送ってくれた mni tnx。こちらでも巣箱を作って観察でもしてみようか。でも最近のカメラは小型化が進んで、我々のように正しい使い方をする分には良いのだが、使い方によってはとんでもないことになってしまう。
今回の都議会でのセクハラヤジ騒動、どうやら「目くそ鼻くそ」の展開になってきたなあ。
平成26年 6月25日(水)
今日も雲が多かったが、まあ晴れということにしておこうか。
最低気温 16.5℃ (05:39)、最高気温 25.4℃ (12:22)
交通指導日、児童数が少なくなって、以前より順番が早く回ってくるようになった。太郎を帯同していつもの辻に立つ。車の駐車場所が今回から少し移動した。今までの駐車場所が停め方によって道路にはみ出すことになって安全上好ましくないということらしい。(写真1・写真2・写真3)
ジャガイモの葉がここにきて急速に枯れてきた、村の人は除草剤でも撒いたのかと思った、と言うくらいに急速だった。別に人為的に枯らすようなことをやっていないので、収穫時期が来たのだろうと思っていたが、あとは天気との折り合いになってくる。二三日後からまた天気が崩れそうなので、思い立ってジャガイモの収穫を始めた。掘ってみて、全般的に非常にイモが小さい。芽掻きをしなかったせいだろうが、それは今年に限ったことではない。中には時々立派な株もある、何が原因だろうか。また、阿蘇では、というより、我が家の畑の土壌と言うべきか、男爵は良くない、これは毎年のことだ、この辺りの人はあまり男爵を植えていないようだが、やなり土地が関係するのだろうか。今日は約半分ほど掘ってやめたが、収量は去年の4割どまりくらいだろうか。まあ、我が家で食べる量なんて高が知れてるので不作でも構わないのだが、去年など、形が悪いものなど自家用にストックしてあったが結局食べきれなくて今日山ほど捨ててしまったが、まるでモヤシのように芽がでていた。
夏子の友達のSちゃんがピアノの練習にやってきた。同じ小学校ではない。そもそもは、確か二三年前に市のイベントか何かで阿蘇山で遊んだことがあり、親子で参加するところをそのSちゃんは果敢にもひとりで参加していて夏子と知り合いになった。夏子より一学年下である。そのSちゃんは偶然にも夏子と同じピアノ教室で学んでいて、どういういきさつだか知らないが、今度の発表会で二人で連弾をすることになったそうで、教室での練習だけでは足りないということで、自主練習をすることになってやってきたというわけである。(写真1・写真2)
夏子、水絵教室。今日進級テストがあり、6級に合格したそうである。合格したらホールにある自販機のアイスクリームを買ってやる約束をしてあったが、なんと、今日に限って自販機は故障していた。
晩飯。カレー、きょうでカレーも終わりにしよう。
平成26年 6月24日(火)
雲が多かったが久しぶりに青空が広がった。
最低気温 17.8℃ (04:51)、最高気温 24.5℃ (15:57)
きょうまた光の森に映画を見に行った。旧約聖書のノアの方舟の「ノア」という映画である。予告編で大スペクタクル映画で面白そうだったので出かけたが、なかなか重いテーマで異教徒としては結局神さんとはなんなんだという消化の悪い映画だった。
晩飯。こどもたちのリクエストでカツカレーにした。わざわざトンカツを揚げて昨日のカレーをかけて食べさせたが、揚げたてトンカツはトンカツで食べれば一食分稼げたのにと思ったが、美味いものを食べたいという気持ちがあるので店屋物のトンカツはやめた。
平成26年 6月23日(月)
曇り。
最低気温 17.1℃ (05:34)、最高気温 23.5℃ (12:21)
先日、歯の定期メンテで、昔治療した虫歯の詰め物が取れていることが分かり、今日、治療してもらった。
今日も終日読書で過ごす。
県の浄化槽協会から浄化槽法第11条による年一回の浄化槽の定期検査に来た、水を採取して持ち帰って水質検査をするそうである。
晩飯。久しぶりにカレーを作った、大量に作ったのでこれで何食かカバーできる。以前は中辛のルーを使って、ちょっとくらい辛くても我慢して食えと太郎に言っていたが、どうしても辛いというので、甘口に切り替えて、小生は食べるときに「辛み」を加えて食べている。デザートにキウイフルーツを出したが、このキウイ、買ったときに固くて試しに食べてみたが酸っぱくて食べられたものではなかったが、キウイとリンゴ一個を袋に入れておいたところ、劇的に熟した、リンゴから出るエチレンガスがそうさせるそうだが、話には聞いていたがこの効果はすごい。
平成26年 6月22日(日)
雨のち曇り。一夜明けて、予報ほどの大雨にならずほっとした。
最低気温 18.1℃ (03:20)、最高気温 19.8℃ (10:38)
カミサンと子どもたちは朝食もそこそこに光の森方面に出かけていったので、のんびり読書をして過ごす。
寺さんがまた本を送ってくれた mni tnx。 小生、本とPCと無線機があれば他にはもう何も要らない。普通はこれに「お酒」だろうが小生はお酒は要らないのだ。
平成26年 6月21日(土) 夏至
夏至だというのに雨で日没が見えなかった。例年夏至の時は梅雨の真っ最中で天気が良くないことが多い。今夜から明朝にかけて大雨が予想されていて市の自主避難場所が開設された、先年のことが思い出される。
最低気温 18.0℃ (03:31)、最高気温 20.4℃ (14:04)
今日は自由時間が取れたので、映画を見に行った。本日封切りの日本映画「超高速 参勤交代」、もう少し大人の喜劇映画を期待していったが見事に大ハズレ、テレビの「水戸黄門」レベルの映画だった、水戸黄門が好きな人には面白かっただろう。光の森のショッピングセンターの人出の多さに驚いた、何かイベントでもあるのかと思ったくらいの混雑ぶりだった、考えてみたら今日は土曜日だ、小生はいつも平日に行くので週末の賑わいを知らなかった。映画館も普段は観客数名ということが珍しくないが、今日は初日だからだろうか、八割くらいの入りだった。
帰り道、DI局のシャック前を通った時に敷地内にチラリとMQY局の軽トラが見えたような気がしたので帰ってからAPRS軌跡で確かめたら載っていない、勘違いだったかなと改めて見たら小生の今日のAPRSの軌跡も阿蘇谷に入ってからはほとんど残っていない、小生のI-GATE局が停止していた。
平成26年 6月20日(金)
曇り。梅雨前線が上がってきているので明日から大雨になる予報が出ている。ああ、いやだ、いやだ。
最低気温 18.6℃ (05:53)、最高気温 25.2℃ (13:34)
図書館から借りた本が数冊あるので今日は読書三昧で過ごした。
太郎の弁当、月に一回、「おにぎりの日」というのがあって、今日がその日だった。うっかり忘れていた、夕方迎えに行って掲示板で気がついた、二三日前までは覚えていたのに、給食試食会が終わってほっとして忘れてしまった。「太郎、ごめんな」と謝ったら、「給食の先生がお弁当のご飯でおにぎりにしてくれましたよ」と先生。ああよかった。
晩飯。豚肉のムニエル、ジャーマンポテト、「塩トマト」、豆腐と油揚げの味噌汁。昨日の試食会で分かったことだが、太郎くらいの年齢の子のオカズの適量が分からず、今まで給食で出る量の何倍も出していたようなので少し量を減らすことにした。
なんとなく風邪を引いた感じがするなあ、ここ数日、気温が低めのところ、Tシャツと半ズボンでちょっと無理をしたかなあ。
平成26年 6月19日(木)
曇りのち、時々晴れ間。朝のうち細かな雨が降っていたが、すこしずつ天気が回復してきて午後には薄日が射すようになってきた。 最低気温 15.7℃ (05:48)、最高気温 23.9℃ (17:03)
太郎のクラスとその上の年中、年長クラスの給食試食会があり参加した。未満児クラスと違って太郎の年少組からはオカズは保育園で出るが、ゴハンは各自持っていくようになっている。従って保護者も今日は弁当箱にゴハンを詰めて出かけた。小生のこどもころは給食らしい給食というものが無かったので、今のこどもたちの給食に非常に憧れめいたものを持っており、試食会と言うと姉の時もそうだったが努めて参加するようにしている。まだ太郎くらい年齢だと親が来てくれるのが非常に嬉しいようで、クラスのこどもたちも何日も前からみな楽しみにしていたらしい。
保護者が参加した子は保護者と並んで、平日なので仕事の関係で保護者が参加できない子どもたちは子どもたち同士で席について、弁当箱を袋から出して、自分のテーブルに並べて、箸箱や弁当袋を所定の場所に置いて、気持ちを落ち着かせるために簡単な瞑想から始まって、お弁当の歌を歌ってと普段の手順通りに先生の指導のもと給食が始まった。ちょっと気になってお母さんが参加できなかったこどもたちの様子を見ていたが、小生の気の回し過ぎだったようで、心配するようなことは全く無く、和気あいあい、みんな楽しそうに食事をしていた。
百駄文は一見に如かず、説明は写真に譲るとして、給食後、先生を囲んで子どもたちの食生活について懇談会があった。我が家では姉もそうだが、ちょっと固い食べ物になるといつまでも口の中で噛んで、いい加減に飲みこめばいいのにそれが出来ずに徒に時間がかかる話をした。我が家の場合は特殊なケースだと思うが、それでも現代の子どもたちが固いものを食べなくなったこと、それが将来どういう影響を及ぼすかなど、偶然開いたサイトにも説明があった。
今日は子どもたちに加えて保護者の給食まで作っていただいて、オオカミ先生有難うございました。
坂梨保育園 給食試食会 連続写真 (1/3)
坂梨保育園 給食試食会 連続写真 (2/3)
坂梨保育園 給食試食会 連続写真 (3/3)
晩飯。肉じゃが、出汁巻き玉子、ホウレンソウのおひたし、トマト、里芋と大根の味噌汁。
平成26年 6月18日(水)
雨のち曇り。
今日、30mm、昨日からの合計で約80mm、量的にはたしたことは無いがずっと降っていたような気がする。その雨もようやく通り過ぎて天気は回復方向にある。
最低気温 15.2℃ (00:00)、最高気温 18.3℃ (13:20)
終日、座学、それとちょっとハンダ付けなど。
午後に入って、市役所のI原S二さん御入来。
夏子プール教室。
晩飯。チキン南蛮、中華スープ、トマト。
平成26年 6月17日(火)
ようやく雨が降った、そして、結構まとまった雨になっている。一旦熱低になった台風7号とやらがまた復権して九州の南を通過するようだ。
、最高気温 18.7℃ (00:00)
最低気温 14.2℃ (20:00)夜になって朝より気温が下がっていると言うだけで、この先、さらに下がるのかどうか、下がったとしても、このくらいの気温で最低気温というのもおかしいが仕方がない。。
昨日煙突内に取り残された雀、朝になって煙突の中でバタバタするのが聞こえるがストーブの燃焼室の方に降りてこない。仕方が無いので煙突を持ち上げてストーブから外して、ストーブ経由でなく直接煙突の下から出してやろうとしたが、逆に煙突の上のほうに移動して出て来ない。その時に確認したが、煙突から落ちたタール分が主の煤が下に積ってストーブの燃焼室に続く口を塞いでいて、これじゃあ煙突から燃焼室に移動できないなと、口を塞いでいるスラグを掻きだしてから改めて煙突をストーブにつないでやってしばらく様子を見ていたら、燃焼室まで降りてきたのがわかったので、扉を開けてやるとようやく外に向かって飛んでいった。一晩飲まず食わずでかなり消耗したことだろう。雀を獲るのが目的であればあればこの方法が良いな。
今朝の新聞の地域訃報欄に坂梨の山根敏武さん(69)の名前を見つけた。氏も数日前に元気な姿を見たばかりだった、また顔見知りがひとり卒然と逝ってしまわれた。同年輩同世代の識った人の死というものはやはり少なからぬ衝撃を覚えるものである。
昼、プールへ。@1,000m×1本。
夏子の部活が夏時間になって午後6時まで延長された、部活が終わって帰ってきてから風呂だとすべてが遅くなるので、校門前で拾って風呂へ。小生はプールの時とで今日二度目の風呂になる。
晩飯。鶏すき、出汁巻き卵、トマト。(写真1・写真2)
平成26年 6月16日(月)
曇り。どうやら明日は雨になりそうだ。
最低気温 16.2℃ (04:31)、最高気温 25.1℃ (15:56)
太郎を保育園に送って、ボンの散歩に行って、朝食の後片付けをしてと毎朝のルーチンワークを終わらせてから今日も草刈りをした。今日は家の北東にあたる場所の草刈りである。かなりジャングル化していた(写真1・写真2)のでほぼ午前中いっぱいかけて刈り取った(写真1・写真2)。
そこからすぐのところに二年ほど前にカミサンが植えた栗の木があるが、二本植えたうち一本は枯れてしまって残りの一本がどうやら育っているようだ。桃栗三年と言うが、まだまだ小さくてとても来年に実が生りそうな風には見えない。
昼食後、煙突にビニール袋を被せた。昨日雀が一羽、そして、今日は二羽煙突から落ちてきた。昨日は部屋中のカーテンを閉めて一か所だけ窓を開けておいてストーブの前扉をあけてやると一気にその明るい窓に向かって飛んでいった。この作業が結構面倒なので、今日、ビニールで塞いでしまおうと思っていた矢先にまた二羽である。そのうちの一羽は前扉をしっかり閉めていなかったので、隙間から飛び出して二階の窓のところで必死にガラスに向かって脱出を試みているところをうまく捕えて外に出してやった。残る一羽が出てこずに煙突の中にいるようだが、出てこない以上どうしようもない。
煙突にゴミ袋を被せて紐で縛るだけの作業だが、二年ほど前からコロニアルの屋根のザラザラが摩耗して滑り止めの強い地下足袋を履いても滑ってどうやっても登れず、塗装用に組み立てた単管パイプの足場組みから横方向にロープを投げて煙突を巻くようにロープを下に降ろしてそれに掴まってようやく煙突部分にまで達するありさまで、結構な大作業になってしまう。
今日の作業はさらに続く。コイノボリの矢車を撤去して、無線のアンテナを張った。今年のコイノボリは5月末で終わった状況になっていた。毎年揚げ納めをして日記にそのことを記録しているが、ことしはなんとなく終わってしまった。来年も揚げられるといいが、そろそろ支柱がどうだろうか。
菜園のミニトマトの一本がいつの間にか枯れてしまっていたが、今日、まだ苗を売っていたので、枯れたミニトマトを引き抜いて植え替えておいた。
小学校のハチの勢いが強い。今日も夕方太郎を迎えに行ったついでに覗いてみたが、巣門のところに沢山止まっていた。夕方でもあるし、また、急にどうなると言う風でも無いがとにかく元気である。
晩飯。「阿蘇の風」から蕎麦を頂戴したので、急きょ献立を変えて、エビを揚げて天ぷらそばにした。
平成26年 6月15日(日)
曇り。もう雨は降らないのか。後から帳尻合わせがあるのか。
最低気温 16.9℃ (04:04)、最高気温 22.6℃ (14:35)
朝食後、菜園の草刈りをする。トマトはまだまだだな、ナスがようやく生り始めた。
今日は家族全員休みである。
午後、JA6MQY局御入来。
サッカーワールドカップのブラジル大会が開かれていて日本時間の今日午前中、日本がコートジボアール(だったかな)に負けたようだ、日本国中のマスコミの試合前の浮かれよう、そして軽薄に騒ぎまくってその結果・・・・ご愁傷様である。世間が大騒ぎするほどの興味は無いが、まあ残りのゲーム頑張ってくれ。
平成26年 6月14日(土)
晴れ(だろう)、梅雨だからカラリというわけにはいかないが。
最低気温 16.7℃ (00:54)、最高気温 22.7℃ (14:23)
今日は子どもたちが休みで終日家にいた(夏子は午前中部活だったが)、それに午後から、夏子の友達が三人遊びに来て大賑わい。そういった喧騒の中、小生はPCの前に座って座学。
今年も馬場の後藤裕輔さんの田に今日アイガモが放たれた。放たれたばかりのところを通りがかったが、いきなり広い田んぼに放たれたので、面喰ってどうしていいのか分からずにひと塊りになって様子をみている風だった。(写真1・写真2・写真3)
今晩の賄いは解放される。
昨日、「テラサワ」の鮮魚などをやっておいでだった手野の三城和博さんが急逝された。娘のクラスメートの馬場の I 君なんかのお祖父ちゃんでもある、突然のことで本当に驚いた、もれ伺うところでは心筋梗塞だったとのことである、まだ65歳、あんなにお元気だったのに。
平成26年 6月13日(金)
まあ大まか晴れだろう、どうも空梅雨気味である。
最低気温 16.2℃ (0 5:20)、最高気温 22.4℃ (14:51)
午前中、一昨日JA6JLZ局から頂戴したポーポーを植えた。ちょっと根部分が足りない気がするがうまく根付いてくれるだろうか。
引き続いて、庭先の草刈りをしてから、シソを定植した。シソは一度に大量に使うことは無いが、薬味に欠かせないものなので、すぐ手近な場所を決めかねてずっとポットに入ったままの状態で放置してあったのそろそろ枯れ始めていたが、ベランダ脇の食堂下の薪小屋の壁沿いに丁度いい場所を見つけた。
内牧の松野動物病院からボンのフィラリアの予防薬をもらってきた。6月から10月までの5ケ月間飲ませる。一回分1,000円である。
晩飯。鯛の味噌漬け、ホウレンソウとアスパラのバター炒め、出汁巻き卵、トマト、里芋と大根の味噌汁。いつも洋風ばかりなのでたまには和食を食べさせないと偏った食事になると思って。(太郎を何かで叱りつけたところ、ムッとしているときにシャッターを押した)
平成26年 6月12日(木)
くもり
最低気温 17.7℃ ( 20:17)、最高気温 24.3℃ (13:26)
本日も労働はせず。トマトの苗を植えたり、ジャガイモを植えたり、などと言った作業はリミットがあるのでとにかく期限内に植えるが、今はそういった喫緊の作業は無い。やるとすれば草刈りだが、これは一日延ばしたら一日分の丈が伸びるだけである。最悪、何もしなくても冬には枯れるものである。まあそのうちにやればいいのだ,、草刈りをするために生きているのではないのだから。
昼、プールへ。粛々と@2,000m×1本
晩飯は昨日のロールキャベツ。ジャガイモとベーコン、タマネギの炒め物(小生は名前も知らずに作っていたが、娘がそれはジャーマンポテトと言うのでしょうと教えてくれた、へえ、そういう名前なのか)。それとトマト。(昼間の小生の残り物納豆巻きを太郎が食べている)。
平成26年 6月11日(水)
基本的には曇りの一日。朝のうち細かな雨、午後に入って時々日がさす。
歯の定期メンテで朝一番で宇治歯科に行く。最近飴玉をなめたときに歯がしみた話をしたところ、上の左奥の歯、昔治療した詰め物が取れているのが分かった、近々治療をしてもらうことにした。
今日はプール、気が進まなかったので休んだ。毎日やる必要は無いらしい、ということを理由にして。
昼過ぎにJA6JLZ局御入来。ポーポーの苗を持ってきてくれた。ポーポーは男株と女株があるようで、実が生るにはその両方がいるとのこと、♂一本と♀二本を頂戴した。どこか場所を決めて植えることにする。
今晩はロールキャベツを作った。
夏子、プール教室の日。
平成26年 6月10日(火)
曇り、のち、弱い雨。今夜、九州南部が熱低の通過で大雨の予報が出ていて、ここもその雨域に少しかかるのか、今晩荒れるのか。
最低気温 18.6℃ (04:58)、最高気温 23.6℃ (11:43)
昼、プールへ。淡々と@2000m×1
そして今日も座学。
我が家の菜園の初生りはピーマンだった。さっそく今晩は青椒肉絲(チンジャオロース)、それとエビチリ、中華スープ。デザートに杏仁豆腐。
平成26年 6月9日(月)
晴れ。湿度も低く爽やかな梅雨の中休みだった。阿蘇中岳、今朝もかなり活発に噴煙を上げていた。
最低気温 18.4℃ (05:26)、最高気温 26.4℃ (13:18)
午前中、目いっぱい、そろそろ梅の実の収穫の時期もあって、梅の木の周辺草刈りをした。(before after)
勢いで、家周りの草刈りも一気にやってしまった。
今日は半日だけど働いなたあとちょっと遅い昼食を食べているところに、坂本棟梁から電話、「今、波野の旧家で木を切っているけど取りに来なっせ」、昼飯もそこそこに軽トラックでもらいに行ってきた。(写真1・写真2・写真3)
波野の道は今まで本当に覚えにくかったが、APRSの軌跡のおかげで、JR波野駅、波野小・中学校、JA、市役所支所などの位置関係が非常によくわかった。帰る途中、波野保育園の前を通ったので、坂梨保育園時代にお世話になった保育士さんの顔を見に寄った、古閑伸子先生はご不在だった、めぐ先生がおいでだった、夏子がゼロ歳児ころお世話になった先生だ、お元気そうだった。
小学校のハチが非常に元気である。
夜、日記を付けているときに、突然火災報知機が警報を発して、同時に「別の部屋で火事です、別の部屋で火事です」とアナウンス、我が家の火災報知機は五か所設置してあって、全部が無線で連動しているのでどこかで火災を感知すると別の部屋にいても聞こえる。二階では火災の様子が無いのであわてて下に降りていったところ、台所で明日の麦茶用にヤカンでお湯を沸かしていたのを忘れていて、沸騰した湯気が温度センサーに触れたようだ、かなりお湯が減っていたのでそうとう長い時間沸騰させていたようだ。ああ驚いた。子どもたちも風呂から飛び出してきた、風呂場でも聞こえたようだ。やはり少し割高でも火災報知機は独立タイプよりも連動して動作する機種の方がいい、命には代えられない。
晩飯。焼き肉、レタス、トマト、デザートに枇杷。
平成26年 6月9日(月)
晴れ。湿度も低く爽やかな梅雨の中休みだった。阿蘇中岳、今朝もかなり活発に噴煙を上げていた。
最低気温 18.4℃ (05:26)、最高気温 26.4℃ (13:18)
午前中、目いっぱい、そろそろ梅の実の収穫の時期もあって、梅の木の周辺や外回りの草刈りをした。
今日は半日だけど働いなたあとちょっと遅い昼食を食べているところに、坂本棟梁から電話、「今、波野の旧家で木を切っているけど取りに来なっせ」、昼飯もそこそこに軽トラックでもらいに行ってきた。
波野の道は今まで本当に覚えにくかったが、APRSの軌跡のおかげで、JR波野駅、波野小・中学校、JA、市役所支所などの位置関係が非常によくわかった。帰る途中、波野保育園の前を通ったので、坂梨保育園時代にお世話になった保育士さんの顔を見に寄った、古閑伸子先生はご不在だった、めぐ先生がおいでだった、夏子がゼロ歳児ころお世話になった先生だ、お元気そうだった。
小学校のハチが非常に元気である。
夜、日記を付けているときに、突然火災報知機が警報を発して、同時に「別の部屋で火事です、別の部屋で火事です」とアナウンス、我が家の火災報知機は五か所設置してあって、全部が無線で連動しているのでどこかで火災を感知すると別の部屋にいても聞こえる。あわてて下に降りていったところ、台所でヤカンでお湯を沸かしていたのを忘れていて、沸騰した湯気が温度センサーに触れたようだ、ああ、驚いた。子どもたちも風呂から飛び出してきた、風呂場でも聞こえたようだ。やはり少し割高でも火災報知機は独立タイプよりも連動して動作する機種の方がいい。
晩飯。焼き肉、レタス、トマト。デザートは枇杷。
平成26年 6月8日(日)
曇り。それなりに安定した天気で降るようなことは無かったが一日中雲に覆われて太陽を見ることはほとんどなかった。
最低気温 17.6℃ (04:37)、最高気温 25.3℃ (11:38)
今日は家事から解放されたので、しかも太郎もほとんど寄りつかなかったので終日静かに座学に没頭した。天候的には屋外作業に適していたがどうもいまひとつ気が乗らず、外に出たのは校庭にハチの様子を見に行ったことくらいだった。それから風呂にひとりで行った。
平成26年 6月7日(土)
梅雨前線は昨日あたりから関東方面に上がっていて、梅雨の中休みに入っている、湿度が高くてムシムシするがほぼ晴れていた。周辺の田ではようやくオタマジャクシが泳ぎ始めた。
最低気温 16.3℃ (05:54)、最高気温 23.6℃ (15:01)
今朝は阿蘇中岳の噴煙がいつもより高く上がっていた。昨日桜島で爆発的噴火があり噴煙が火口から高さ4500mまで上昇したそうだ。桜島の噴火は今年に入ってすでに145回だそうで、もう誰も騒がないようだ、ニュースもベタ記事だ。桜島と阿蘇は近いが噴火に関しては連動していないようだがそれでも何かあるのかなと思ってしまう。(写真1・写真2)
国の「ゆとり教育」の見直しで土曜授業が復活しつつある。いまのところはまだ手探り状態で毎週と言うわけにはいかないようで時々土曜日が登校日になっている。時々だから土曜日にカリキュラムを組むまでは行っておらず、とりあえず土曜登校の実績を作っておこうと言う程度に見てとれる。確認したわけでも調べたわけでもないのでこれは小生の100%の推測である。小生のこどものころは当然土曜日も半日授業があった、社会に出てからも土曜日は昼まで仕事が当たり前であった、だから半ドンという言葉が生きていてこの土曜の午後は非常に開放感があって嬉しい半日であった。
娘の小学校は今日その土曜授業の日だった。朝、いつものように登校していった(写真1・写真2)。今日の土曜授業の内容は、一時限目が公開授業で普通どおりの授業をやって、その授業風景を保護者に公開する。授業参観は自分の子の授業の参観だが、公開日はどの学年の授業を覗いても構わない(と思う、確かそうである)。
各学年を回ってみた、少子化過疎化と騒がれているが、このくらいのこどもの数のクラスが、贅沢なのだろうが非常に良いと思った。
その公開授業が終わって、9時半からは体育館で、親子ドッジ・ビー大会があった。ドッジ・ボールでなくてドッジ・ビーである。小生と同年輩の人はおそらく知らないだろう。小生も、今回初めて耳にしたときには、へえ、最近はなんでも約すので、ドッジ・ボールまでドッジ・ビーというのかと思っていた。しかも昨年まではドッジ・ボールだったからだ。
ところが、今日実際に体育館に行って分かった。ドッジ・ビーはボールの代わりにフリスビー(様の円盤)を使うのだ。つまりドッジ・ビーのビーはボールのビーを約したのではなくてフリスビーのビーだったというわけである。
そのドッジ・ビーの保護者の分団対抗に数日前に小生に出ろと電話があった、小生はもう高齢者なんだから体が動かないよと断ったが、男どもが仕事で数が足りないので数合わせで良いから出ろという、そこまで言われたら断る理由も無いので引き受けて今日出かけたわけであるが、小生よりかなり若い保護者が、私が出ますよと言ってくれたので、渡りに船、お願いして小生は写真撮影に専念することにした。
現在は確か全校児童は70名を切っていたと思うが、そのこどもたちとその保護者そして先生方、皆さん昔からの顔見知りで和気あいあいのゲーム展開、少子化過疎化万歳だと思っているがそうもいかないのだろう。
そして土曜登校日の最後の行事。「親子引き渡し訓練」である。これは先年の豪雨災害を機に、緊急時に子どもを学校から帰す際の保護者の出迎え引き渡しの訓練である。学校から緊急メールが入ると保護者が学校に子どもを迎えに行ってどのルートで学校に入りどこで子どもを引き取ってどこから出るか、という実地訓練である。今日の保護者参加の行事を利用して下校時にこの訓練を行ったわけである。これも子どもの数が少ないので出来ることである。
公開授業、親子ドッジ・ビー大会 連続写真 ( 1/11)
公開授業、親子ドッジ・ビー大会 連続写真 ( 2/11)
公開授業、親子ドッジ・ビー大会 連続写真 ( 3/11)
公開授業、親子ドッジ・ビー大会 連続写真 ( 4/11)
公開授業、親子ドッジ・ビー大会 連続写真 ( 5/11)
公開授業、親子ドッジ・ビー大会 連続写真 ( 6/11)
公開授業、親子ドッジ・ビー大会 連続写真 ( 7/11)
公開授業、親子ドッジ・ビー大会 連続写真 ( 8/11)
公開授業、親子ドッジ・ビー大会 連続写真 ( 9/11)
公開授業、親子ドッジ・ビー大会 連続写真 (10/11)
公開授業、親子ドッジ・ビー大会 連続写真 (11/11)
ところで、先日来のニホンミツバチの引っ越し計画の件であるが、どうもそろそろ分蜂をしそうな気配が窺われるので、もしそうであれば現在二群居ることになる、今無理して二群を追い出さなくても分蜂するのなら、放っておいても一群は出ていくわけだから、引っ越し作戦は分蜂が終わってからでも遅くないと思う、というわけで、先生にその話をしてもう少し様子を見ましょうと申し上げておいた。先生も、子どもたちもハチがいることを知っているので、それでいいと思いますとのことであった。娘の話によると、結構こどもたち、ハチの観察をしているようで、これはこれで良いのではと思っている。今日の学校の催しで、件のプラタナスの木の近くにも沢山の車が停まっていたが特にどうということは無かった。ミツバチが普通にしていれば怖い存在ではないということが皆なに分かってもらえればそれでいいと思う次第である。
一か所だけ開けてあるハチの巣門、大分広がって、二三匹がまとまって出入りしている。ここでまた穴を狭くすべきか、このままにしておくべきか。分蜂を促すのであれば、このまま出入りがし易くしておいた方が良いような気がする、出入り口を狭くして嫌気を誘うのなら、分蜂後にすべきだろうな。
ところで、分蜂の時期は、と思って、過去の我が家における分蜂の記録を調べてみた。
記念すべき第1回目は2011(H23)4/14 第2回目は4/25 第3回目は4/26 第4回目は5/9 そして第5回目はなんと7/27であった。この地における分蜂は大体4月である。しかし、この年は7月も終わりに近い頃にもあった。これは特別な事情かもしれないが、今年は例年に比べて寒かったので、6月に入ってからもまだあるような気がする。
平成26年 6月6日(金)
曇り時々晴れ、そして時々パラつく。
最低気温 17.2℃ (05:48)、最高気温 23.4℃ (14:12)
下手をするともう一年くらい泳いでいないかも知れない、先日の腹下しで一気に3キロ痩せて65キロになったのでシメシメと思っていたらもう半分ほど戻っている。来月にはまた市の住民健診があるので、少し体を絞っておこうかというスケベ心で久しぶりにプールに行った。最初は息が上がって、100mがやっとこさだった。それをなんとか2本こなしてから、3本目に入ったが、思ったほど苦しくならなかったのでそのままノンストップで800m泳ぎきって、今日はトータル1000mで止めにした。ブランクを考えると全然駄目だろうと思っていたが意外であった、疲労感も無かった。
数日前に、本のベストセラーに関する記事が目についたが、その中で「村上海賊の娘」が本屋大賞を受賞したと載っていたので、そうだったなあ、少し前から評判になっていたなあと思ったが、ヘソが曲がっているので、評判になってから読むのはちょっと抵抗があるので、記憶にとどめておく程度にしていたが、ふと読んでみようかという気になって図書館にネット予約をしたら、予約の順番が9番になっていた、まあ、相当先にならないと読むことが出来ないだろうが、急ぐ旅じゃなしで、それで良いだろう。どうもベストセラーになってから読むのは面白くないので、なってから読むことはほとんどない。たまたま読んだ本が後から評判になった時に、おう、やっぱりそうだろう、というのが気分が良いのである。「アナと雪の女王」についても然りである。知らなかったのでそんな評判にとらわれずに観た結果、素直にいい作品だったなあと思ったら大評判になっていたということで、世の中の評価というものはそうそう違わないものなんだなあと改めて思った次第である。
娘に何が食いたいかと聞くと、ハンバーグ!えっまたかあ?小生はもう飽きたので気が進まなかったが、じゃあそれにするかということで今晩は「煮込みハンバーグ」にした。自慢になるが、小生のハンバーグは非常にやわらかくて大好きだと言う、娘にどうしてお父さんのハンバーグはやわらかく作れるの?と聞かれるが特に秘訣は無い。そもそも煮込むから軟らかくなるのだろうと思うが、あえて言うなら、沢山のタマネギのみじんをローストしてハンバーグの素に加えることと、焼くときに表面をしっかり焼いてあまり中まで焼き過ぎないことくらいだろうか。
ハンバーグにジャガイモと人参のグラッセ、コーンスープ、トマト、デザートにスイカ。
こどもたちが誰かにニッキの飴玉をもらって食べたが、その辛(から)さが強烈で、要らないというから、小生がもらって舐めたところ、確かに刺激が強すぎて、子どもには無理だなと思ったが、逆に小生なんか、ちょっと口寂しいときにいいなあと、わざわざ「ニッケ玉」を買ってきて机の脇に置いている。こどもたちは絶対に手を出さないので置きっぱなしにしておいても無くなる心配が無い。
今日は昼のプールの時と夕方子どもたちを連れてと二度風呂に入った。
平成26年 6月5日(木)
降りそうで降らず、典型的な梅雨空の一日だった。
最低気温 16.3℃ (00:00)、最高気温 20.7℃ (14:40)
交通指導の当番日、太郎を帯同していつもの辻に立って子どもたちの登校を見守る。(写真1・写真2・写真3・写真4)
今日は終日デスクワークで過ごす。
晩飯、モヤシとニラと人参と豚小間の炒めもの、揚げだし豆腐、ジャガイモとタマネギの味噌汁、トマト。
平成26年 6月4日(水)
昨夜は結構雨脚が強くて屋根を叩く音で何度か目が覚めた、今朝になって雨はやんだが、今度は風が強く吹き荒れていた。この荒れた天気はようやく東に移動したようで、梅雨空ながら天気は回復している。今回は宮崎方面が相当量降ったようだ。
最低気温 16.4℃ (20:31)、最高気温 18.8℃ (12:54)
太郎、今朝も五時前に小生が眠っているところを「お父さんもう起きよう」ときた。あいつの睡眠時間は8時間くらいだから、子どもにしては短い方だろう。
その太郎、ギョウチュウ検査シールを保育園からもらってきたので昨日と今朝と二日分ペタンとやって持たせた。小生のこどものころは回虫は極めて普通に皆持っていた。そして「虫下し」というものを飲まされたことを覚えている、チョコレートタイプのものもあったなあ。あの時代から比べると日本も衛生的になったものである。
ずいぶんと久しぶりに床屋に行った。
これから梅雨が明けるまで何度か荒れた天気になり、また停電が起きるだろうと、何とか狭いシャックをやりくりしてUPSを設置した。タコが何十匹もいるような配線で、整理するのが大仕事だった。気象観測装置の電源系統の調整で一時最大瞬間風速が50mを超えて記録してしまった。電源のアースを取らないとこのようなエラーが起きるが、PCなどをいろいろ置き換えているうちにアース線を外してしまったようだ。まあ、とりあえずだが、これで停電になっても、サーバー関係は落ちなくなっただろう。問題はAPRS用のトランシーバーのリチウム電池が死んでいるので、停電するとリセットがかかり、144MHzになって、知らないでこの周波数でビーコンを出し続けることになるので、早急に電池交換をしなければならない。
夏子プール教室。
晩飯、チキン南蛮を揚げた。宮崎からの到来物のチキンと、チキンに一緒に添えてあった漬けタレとタルタルソース、気になってちょっと調べてみたら、宮崎はチキン南蛮の発祥の地となっており、宮崎の定番料理らしい、どうりで漬けタレとタルタルソースまで添えてあったわけだ。そうでなければ小生は迷わず照り焼きにするところだった、初めて作ってみたが美味かった、子どもたちも沢山食べていた。鶏と言えば、大分県は唐揚げだ、ここ阿蘇も唐揚げだ、大分文化圏の影響だろう、同じ鶏でも宮崎はチキン南蛮なんだなあ。ここに来たてのころ、阿蘇にはケンタッキーフライドチキンはありませんねえと言ったところ、阿蘇には唐揚げがあるけんねと誰かが言っていた。勿論冗談だか不思議と納得したことを覚えている。
平成26年 6月3日(火)
くもり。梅雨入りしたばかりなのにさっそく中休み的な一日だった。
最低気温 15.7℃ (02:03)、最高気温 22.4℃ (14:28)
今朝、小生が4時過ぎに起きてPCの前に座っていたところ、太郎のやつは5時前に起きだしてきた。同室で寝ているが、小生は太郎からは直接見えない位置で寝ているので居るか居ないか分からないはずなのにどうも分かるらしい、ちょっと睡眠が足りないぞ。
下に降りる用事があったのでついでに光の森で映画を見てきた。今回はついでと言うよりこちらのほうも目的の一つだった。題名は「WOOD JOB」、多分こんな英語は無いと思う、GOOD JOB!をもじったのだろう。林業の映画である。目的意識のない若者がひょんなことから林業研修で携帯電話も通じないような山奥で暮らすことになり、悪戦苦闘の結果一人前に成長していくという喜劇調の青春ものである。普段なら絶対に見ることのない映画だが、何故行ったかと言うと、チェンソーと木の伐採に非常に興味があったからである。舞台となった紀伊半島の山奥の集落の風景とそこに生活する人びと、老若男女、小生が住む阿蘇とは本当は大分違うが、それでもすべて実体験のような気分、どれもこれもが見ていてしっくりくる、都会で暮らしている人にはわからない空気を共有する気分で見た、これは面白かった、この映画は儲けものだった。
今日は夏子の耳鼻科の通院日、映画が終わって急いでもどって、保育園で太郎を受け取って娘が学校が終わるのを待って、阿蘇温泉病院へ。そして、帰ってから風呂へ。晩飯を作るヒマがなかったが、そこは良くしたもので、「阿蘇の風」から蕎麦を取りに来るように電話があったので、それを夕食にすることにして、今晩は天ぷらそばにしてを食べた。
平成26年 6月2日(月)
今日は実質的な衣更えの日である。太郎も園児服を夏服に着替えて登園した。しかし、昨日までの季節はずれの「猛暑」からすると少し肌寒いくらいの天気になった。
今日は午後から雨になるという予報で、暫くぐずつくようなことを言っていたので、先日から沢山買ったまま放置してあった野菜の苗を雨になると面倒なので、雨が降り出す前にやってしまおうと、午前中集中して定植した。
本日の農作業。つる無しインゲン4株(つる無しだからネットの場所でなくて良いのだが、場所があいていたのでここにした)。キャベツ4株。品種が違うメロンを4株。スイカとカボチャ各2株。ネブカネギを35株、枝豆を先に植えたやつに加えること4株。そのほかトマトハウスの養生、畑の畝周辺の草刈り。
そして予報通り、昼を過ぎたころから雨が降り出した。おまけにニュースで北部九州が梅雨入りした模様だと伝えていた、間一髪だった。
「福岡管区気象台は、熊本県を含む九州北部地方が梅雨入りしたとみられると発表した。平年より3日早く、昨年より6日遅い。」というニュースが流れると、ああ、九州北部だけが梅雨入りしたのだなと誰でも思うだろう、ところが、山口県も梅雨入りしている、じゃあ、九州南部はどうなんだと鹿児島気象台を調べてみると、鹿児島も今日梅雨入りしている、宮崎もそうだ、NHKの各地のニュースを調べて分かった、確かに各気象台などの発表はその地方だけ取ってみると間違いではないだろうが、しかしそれは「事実」ではあっても「真実」ではないだろう、どうして、九州全域と山口県が梅雨入りした、と言わないのか。管区気象台や地方気象台はどうしてこうもお役所仕事なのか。NHKの全国版はヘッドラインニュースだけしか見ていないが、近畿北陸関東甲信で猛暑日とは言っているが、九州方面の梅雨入りには触れていない。
晩飯。イカとサトイモ、大根、人参の煮物。豆腐とニラの味噌汁、トマト。
平成26年 6月1日(日)
晴れ。今日も30℃越えだった、これからまだ梅雨があるのを忘れてしまいそうな暑さである。
最低気温 14.9℃ (05:16)、最高気温30.1℃ (15:47)
小生のニホンミツバチの師匠、宮崎の「じっちゃい」がニホンミツバチ移動の助っ人に来てくれた。なんと奥方も一緒だった。この夫婦は二人ともニホンミツバチ飼育のベテランである。写真で想像する以上の幹の太さに驚いていたが、それは、ハチを移動させるのが難しいことも意味している。
とにかく巣の中の構造が分からないので外側から手探りでいろいろ手を講じて出さなければならない。穏当な手段としては、ハチの居住環境を悪くして向こうから出ていってもらうように仕向けることである。それにはハチが嫌がる臭いを穴の中に撒いて、そして幹をガンガン叩くことである。しかし幹が太いとその両方の方法を採ってもあまり効果が無い。それと、ハチの出入り口を出来るだけ狭くすることも居住環境を悪くする方法の一つである。というわけで、持っていった粘土で、二つ(後からもう一つ穴が通じている可能性のある個所を追加)の穴を塞いで、ハチ一匹がようやく通れるだけの穴を残した。
その次に、ハチが嫌がる忌避剤としてハッカ油を穴の周辺に撒いた。このハッカ油の効き目は絶大である。外に蜜や花粉を採取にでていたハチが次々に戻ってきて、その穴の前に来ると急旋回、穴に絶対に入ろうとしない、そのうちにそれらのハチで幹の周りは結構な乱舞になった。外に出ているハチの数がこんなに多いのかと驚くほどの数である。
外に出ていたハチを戻さないようにする手が良かったのかどうか、とにかく、それらを、じっちゃい手製の掃除機を改造してハチを痛めずに集める装置を使って片っ端から吸い取っていった。
そうやりながら巣の中のハチが外に避難行動を起こしてくれるのを待ったが、穴の奥が深くて一向にその気配がなく、昼食時で作業は一旦休止。
「阿蘇の風」で昼食をとって、じっちゃい夫妻は次なる目的地へ行くためにそこで別れた、次なる目的地が本来の用件で、ハチの方はあくまで「ついで」だったのだが、完全装備で来ていただいて本当に助かった。
昼食後、また「戻りハチ」の捕獲を繰り返して、結局午後4時過ぎに本日の作業は一旦終わりにした。捕獲したハチの数は数百匹、巣の中にはおそらくその何倍ものハチがいることだと思う。しかも捕獲したハチにかなりのオスバチが混じっていたので、これは間もなく分蜂間違いない巣である。
夏子も太郎も一緒に行くと行って付いてきてTシャツ姿で巣の近くにいたが、乱舞をするときにはさすがに用心のために少し遠ざけたが、ニホンミツバチは性格が大人しくて先ず刺される心配は無い。ただ、巣をいじくりまわしているで普段おとなしいハチも少しは気が立っていたかもしれない。
捕獲した数百匹のハチ、このなかには女王蜂はいないので、これを持ち帰っても仕方が無いのだが、とりあえず我が家の巣箱のところで放してやった。ミツバチの行動半径は二三キロだったかな、小学校を我が家の距離は軽くカバーするので、明日の朝にはまた自分の巣に戻っているかもしれないが、出入り口がせまいのでどうするだろうか。期待としては、ここから戻ったハチが、オイ良い場所みつけたぞ、と分蜂群を引き連れて戻ってきてくれるといいがそんなウマイ話など無い。
大したことをやっていないのに今日は非常に疲れた。
ニホンミツバチ移動大作戦 連続写真(10枚)
ハチを追い出す方法としてもうひとつ、けむり燻し作戦があり、そのけむり花火をネットで注文してあったが、間に合わなかった。小生のミスでカード決済が出来ずに、二三日後にしか届かないからである。この方法でやってみたいが、学校が休みになる次の週末まで見合わせになる。それまで学校は待ってくれるだろうか。
これから毎日観察に寄って様子を見ることにする。
午前11時前にまたまた(またをいくつ連ねたらいいのだ)停電をしたようだ。瞬電だったようで、ほとんど能力のない古いバッテリーが付いているノートPCのライブカメラは止まっていなかった。自宅サーバーと気象観測装置、APRS用のトランシーバーが落ちていた。先日買ったUPS、大きくて重いので置き場所がまだ決めかねていてつないでなかった、まさかまた停電をすると思っていなかった、バカヤロー。