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平成27乙未(2015)年10月の記録(新しい日付けの順)


平成27年10月31日(土)

 晴れ。
    最低気温 7.0℃ (07:14)、最高気温 17.2℃ (15:24)

 昨夜、寝るまでは点灯していたTNC、今朝起きたらまたヒューズが飛んでいた、今度は昨日まで飛んだヒューズとは違って、マイナス側に付いているヒューズだった。昨夜数時間は点灯していたのだが。今日は飛び込みで大事な仕事が入ってきて、TNCのタッチアップの方は途中からお留守になってしまったが、午前中、容量抜けしている電解コンデンサーをとにかく交換しようと思って古いコンデンサーを基盤から抜く作業をしている時に、閉校準備のために同窓会が木の伐採や記念碑建立の整地などの準備作業をしている現場から、木を伐ったからとりに来るようにという連絡があったので、半田付などの作業を中断して、小学校に出掛けた。
 
 昼食の時間を挟んで都合4度往復して、木をもらってきたが結局一日仕事になってしまった。太い木があったので先月だったか先々月だったか、取り付けたクレーンの出番が来たと張り切った所、なんと、クレーンのモーターがウンともスンとも言わない、なんじゃあ?やっぱり中国製だ、それが分かって買ったので別に腹も立たなかったが、さすが世界に冠たる中国製だ。
 
 さてどうするかと考えていると、隆一さんがユニックを使ってもいいよと、リモコンを貸してくれたので、初めてユニックを無線リモコンで操作して薪材を積み込んだ。初めての経験だったが非常に勉強になった。(写真1写真2写真3
 
 今日は今回壊れたTNCとは別に一年ほど前に故障してそのままになっていたもう一台のTNCも傍に置いて眺めていたが、こちらの方は5Vを作る三端子レギュレーターの足が浮いてるのを発見したので、ハンダ付けをしておいた、これで正常に機能するのかどうかは分からないが、夕方、今回故障したTNCの電解コンデンサーを交換してから、両方とも通電してみたところ、両方共電源は入るが、今回電解コンデンサーを交換した方のTNCの電解コンデンサーが7~8個集まっている周辺の温度が、触ると異常に熱くなっているのが分かった、3端子レギュレーターはヒートシンクにシリコンを塗ってしっかり取り付けてあるが、このレギュレーガーが発熱源かどうか今日は時間切れで分からないが、どうも電源周りに何かありそうだ、今日は電解コンデンサーを一個だけ交換したが、全部交換も含めてもう一度あたってみようと思う。
 
 とにかく久しぶりの薪材積み込みでへとへとになってしまった。JLZ局が心配して色々アドバイスを頂戴しているが返事を書く時間と経過をまとめる能力がなくて、今晩はこの程度でご勘弁を頂きたい。
 
 今日は夏子は学級レクレーションだとかで、保護者とバレーボール大会だそうで、母娘して昼間出かけて行って、夜にはピアノレッスンだそうで、また母娘して出かけて行った。
 
 今日の風呂行きは軽トラックしか残っていないので、義父母チームと小生・太郎のチームに分かれて2回に分けて行ってきた。
 夕飯は、義父母と太郎と四人で食べた、今晩は小生が豚肉のムニエルと出汁巻玉子を作って義父母に食べてもらった。


平成27年10月30日(金)

 曇りがちの一日。
   最低気温 9.4℃ (04:00)、最高気温 15.9℃ (12:57)

 ここ3日ほど、日中の気温が上がらず、かと言って室内は20℃以上はあるのでストーブを入れるほどでもなし、実に中途半端な気温状態である。日中の気温はずっとこんな状態が続いて更に下がっていくのだろうか。

 今日は空に雲が多くてあまりハッキリはわからなかったが阿蘇中岳、白い噴煙だが結構な量が上がっていた。(写真1写真2)

 昨日、ヒューズが飛んだTNC、ヒューズ交換で復旧したと思っていたら、しばらくしてまた飛んだ。やはりヒューズが飛ぶのは何かしら原因あってのことで、たまたま飛んだということではなかったようだ(しばらくということは熱暴走関係かなあ)、さて、そうなると、原因を追いかけるのが大変だ、小生のスキルではおそらく駄目であろう。回路図を見ると、整流回路に入る手前の入力側のヒューズだな。整流回路が原因で飛ぶことは無いだろうし、このラインはは全部に繋がっているから、どこかワカランなあ、よく見ると電解コンデンサーが一個ふくらんで頭が変色しているけど、電解コンデンサー不良でヒューズが飛ぶのかなあ、整流回路に関して偶然ネットでハムの国試の問題が見つかった、これを見ると[3]に、ショートモードで壊れるとヒューズが飛ぶとあるけど、しばらくは動いているのだから、整流回路では無いと思う。もしそうなら、このTNCにはACアダプターでなく、安定化電源から給電しているので、この整流回路は要らないからカットしてもいいのだが・・・
 
 測定器などを使わずに、目視でチェックできることはやっておこうと、午後から、再度新しいヒューズを入れて、他のケーブル類(マイクコネクター、シリアルケープル、オーディオケーブル)を総て抜いて通電だけして様子を見ている、数時間経ったがパワーランプは点灯している、まだ切れていない。PCや無線機と頻繁にデータのやり取りをしているので、そのどれかが影響しているかもしれないと思ってである。とにかく、色々なケースを考えて見よう。
 
 そういうわけで、APRS搭載のハンディ機を携帯して阿蘇山に登る局がおいでなら、I-GATE局はしばらく休止となるので、遭難してもお助けできません(条件が良ければ遠くのI-Gate局で受信できるが)、心して登られよ。

 午前中、阿蘇温泉病院に娘の薬をもらいに行く。


平成27年10月29日(木)

 晴れ。朝、気温がかなり下がった。
   最低気温 3.8℃ (07:08)、最高気温 17.5℃ (14:37)

 今日も義父母は家内労働に精を出してくれていた。そして小生は今日も不肖の義愚息であった。

 昼に義父母を蕎麦処「阿蘇の風」に案内した。また食べ終わってから気がついて慌てて写真を撮ったが、卓上には何も残っていなかった。
 
 アゼリアの風呂が故障してから何ヶ月だろうか、今日ようやく修理がなって浴場の営業が再開された。カミさんと娘を待っていたのでは遅くなるので、太郎が保育園から戻って、義父母と四人で久しぶりに温泉に行った。しばらくぶりで会うお馴染みさんと、ヤア、ヤアと挨拶を交わしてゆったりと風呂に浸かってきた、やはり広々とした浴槽にたっぷりのお湯、家の風呂では味わえない贅沢な気分になる。

 ネットの新聞(朝日デジタル)にこのような記事があった(抜粋)。本が売れないのは何もこれだけが原因ではないと思うが、この記事、少なくとも小生に関しては当たっている、数は僅かだが。実は小生も本来なら書店で買って読むべき新刊が無料で読めるのだから有り難いが、これじゃあ本屋さんは堪ったものではないなと密かに思っていた。
 
 本来買えば普通に手に入る書籍は各人で購入すべきであって、図書館というものは絶版だとか古い資料だとか一般の書店では手に入らないものを置いておく施設ではないのだろうかとかねがね思っている。だから、日本では毎日毎日山のように沢山の本が出版されていて書店でもすぐに消えてしまう本がたくさんあるが、そういった本を図書館に置いておけがいいのであって、出版したてのしかも人気作家の作品がすぐに図書館で借りられるというのは有り難いけど内心どうなのかなとは思っていた。さらに加えて最近、図書館にはレンタルビデオ店か?と勘違いしたくなるようないわゆる劇映画のDVDも沢山置いてあってこれらも無料で借りられる。これでは民業圧迫と言われても仕方がないなと思う。我々貧乏人にとっては有り難いが、果たして図書館は社会福祉施設なのか文化施設なのか。

 これは円形の計算尺である、もう今や直状の計算尺は生産されておらず、オークションで手に入れる他無いが、円形はまだ現行品として売っている、これはオークションで入手した未使用品だが、数百円で手に入った、でもやはりスライド式の計算尺のほうが、計算尺!という気がしていい。小生はコレクターではないが、話のタネに入手した。
 
 APRSのI-GATEに使っているTNCのランプが消えているのに気がついた。どうしたのだろうかと思って、開いてみたところ、ヒューズが一本切れていた、どうして切れたのかが重要なのだが、とりあえず交換して復旧した。

 今朝、玄関先に取り付けてあるセンサーライトが点灯しっぱなしなのに気がついた、センサーが壊れたのだろう、いつからこの状態が続いていたのだろう、ハロゲン球二個なので電気代が結構かかるのではと思う、ナフコで新しいやつを買ってきて取り付けた、今度のやつはLEDなので消費電力は少なくて済む。前のやつもそうだったが安物なので、猫にも反応するので、一晩に何度も点いたり消えたりすることだろう。


平成27年10月28日(水)

 晴れ。今日はまた日中の気温が上がらずに肌寒かった。
   最低気温 9.1℃ (05:01)、最高気温 15.7℃ (13:51)

 義父母は、草むしりや、プランターの苗植えや網戸掃除やなにやかやと一日中忙しく立ち働いていた。それに対して不肖の義息子はノンビリと道楽に耽って過ごした。
 
 おじいちゃんは、作業をしたり太郎の相手をしたりで大忙しである。(写真1写真2
 
 ようやくと言おうか、何となくと言おうか、ネイピア数が分かってきたぞ。最初の基本部分は十分に分かるのだが、それがどう展開して任意の金利のもとで連続複利(Continuous compound interest)がe^rになるのか幾つか解説を読んでもどれもトリッキーすぎてまだ完全には分からない。でも分かってきた

 明朝はこの秋一番の冷え込みになりそうである。


平成27年10月27日(火)

 曇りのち、弱い雨。
   最低気温 8.9℃ (05:04)、最高気温 21.4℃ (14:08)

 今の時期は別に雨が必要な農作物の環境でもないし、渇水でもないので好天続きは気持ちが良くて、「小生的には」別に待望していたわけではないが、昼ころから弱いながら雨が降り始めた。

 一週間の気温の変化を見てもそれほど下がっているわけではないが、今日あたりは日が射さなかったからだろうかなんとなく薄ら寒い一日だった。

 昨日ダウンしたカミさんも娘も今日はそれぞれの持ち場に出かけて行った。

 だから、これがニュースになるのかなあ

 今日はその雨を見越して、午前中に、敷地内に無秩序に植わっている杉の木の伐採を義父の力を借りてやった。この杉は、我家がここに移住するまでご近所の家が苗木を育てるつもりだったのだろう、かたまって植わっていた。我々が来た時には背丈くらいに伸びていて、そのうちに伐ろうと思ってい十数年経ってしまって、相当の丈に成長していた。これ以上成長すると倒す時に周辺に影響が出るので、今回伐採したというわけである。周囲は電線や植栽があって、太い木ではないので倒すだけなら一人でもできるが、決まった方向に倒すとなると、やはり人の手を借りなければならないので、義父がやって来たのを幸いに手伝ってもらったというわけである。
 
 全部、あまり素性が良い木ではなかったが、アンテナの支柱にでもなるかと思って一本だけ残して全部で十三本倒した。これで見晴らしが良くなった。あとは少しずつ、折を見て周囲の木を少し剪定してもう少しすっきりさせよう。
 
 昼前に倒すだけの作業は終わったが、正午の時報が合図かのように細かな雨が降り始めた。
before)( after)(その他

 
 とにかく寝ても覚めても太郎は「おじいちゃん、おじいちゃん」だ。おじいちゃんは大変だろうが、お父ちゃんは大助かりである。


平成27年10月26日(月)

 晴れ。今朝もまた気温が少し低くなった。
   最低気温 7.9℃ (07:20)、最高気温 21.8℃ (14:29)

 昨日の中学校の文化祭の時から夏子は風邪気味だったが今日は振替休日で完全にダウンして寝込んだ。オマケに母親までこれまた風邪で完全ダウン、仕事を欠勤した。オイ、両親の面倒は誰が見るのだ。
 
 両親は今日は草千里などを見物に出掛けた。
 
 これが欲しかった計算尺の一つだ、ようやく手に入った。HEMMIの266、一般的な技術計算に使う尺に無線工学用の計算機能を加えた特殊な計算尺だけあって、数があまり出ていなかったのかもしれないが、なかなか手に入らなかった。今回手に入れたものも入札時の写真では相当に傷んでいるようだったが、実際に手にした所、それほどでもない、安心した。これでLC回路の計算だけでなく、誘導性リアクタンス容量性リアクタンス、波動インピーダンス、時定数、限界周波数、並列抵抗、合成インピーダンス、ベクトルの絶対値、デシベル計算などが一発でわかる、今は電卓を叩けば正確な数値が出るかもしれないが、一つの答えを求めるのでなく、組み合わせが連続的に量的に掴めるのがこの計算尺の優れたところである。じゃあオマエこれを使って設計するのか?いや、しない、いや出来ない、である。がこれでも一応はアマチュア無線技士だ、これは面白い。割と最近まで、アマチュア無線の国家試験の際に電卓はダメだが計算尺の持ち込みはOKという時代があったが、それでもこの266は持ち込み不可だったそうだ、そりゃあそうだろう。

 HEMMI計算尺266連続写真

 ネイピア数・・・・読めば読むほど面白くて不思議で、そしてワカラン数字だなあ。

 間違っても公費、税金を使うなよ、全額捜索救助費用はしっかり払ってもらえよ。危険を承知でやる山登り、最後まで完全に自己責任でやれ、落ちたからといって救助要請なんかするな、登るのならそのくらいの覚悟で登れ、どれだけ多くの人が危険を犯して真っ暗な山道に入ったと思うのか。(写真


 来春の坂梨小学校の閉校に向けて校門脇で同窓会のスクラップ&ビルドの作業が始まっている、ここから少し薪材を貰う予定である。


平成27年10月25日(日)

 晴れ。西高東低の冬型気圧配置で今日は北海道の平野部で初雪が降ったそうだ、関東地方でも木枯らし一番が吹いたそうだ。ここも日中は気温が低めであった。
    最低気温 10.0℃ (07:08)、最高気温 19.4℃ (13:40)

 今日は中学校の文化祭「りんどう祭」があり、義父母とカミさんと太郎は出かけて行った、小生は留守番をして今日も一人「お勉強」をした。勉強と言う字は、共に「つとめる」、「しいる」だから、本来決して楽しいものではないのだろうから、小生のやつは勉強ではなくて、道楽になるな。
 
 夜は夏子の吹奏楽部の打ち上げがあり、母娘が出かけて行った。当初は太郎も行くはずであったが、あいつは行儀が悪くて、本人もおじいちゃんと一緒にいたいというので、急きょ残留することになって、義父母と太郎と四人で夕食を食べた。 

 これは読売新聞の記事(PDFファイル約700KB))。赤牛のことである。阿蘇は肥後の赤牛と言って昔から赤牛が有名だが、それでも現在は飼われている牛は昔に比べると黒毛のほうが多いということであったと記憶する。それは霜降り部分が赤牛より多くて、また需要も多くて高い値段で売れるからだが、それが最近その傾向に変化が出てきているということである。霜降り部分(さし)は脂だから健康志向が強い最近の日本人の好みで霜降り部分が少なくて赤身の多い赤牛の人気が出てきたのだそうだ。なぜこれを日記に載せたかというと。先日の日本リモナイトの見学の際の係の方の説明を思い出したからである。
 
 リモナイトは消臭効果があるので、以前、養豚場に臭い消し(吸着)で撒いた所、豚が一斉に食べ始めて撒いたリモナイトが全部無くなったそうで、それは、野生動物がよく土などを食べることがあるが、理由は土に含まれるミネラルを食べているのだそうで、リモナイトは正にミネラルだから、そういう思わぬ結果が生まれた、と笑い話ででたことを思い出したからである、ついでに、だから、その後、動物飼料としてもリモナイトは使われるようになったとのことであったが、その際に、係の人は、リモナイトを赤牛にやるのは良いけど、黒毛にはやめたほうがいいと思いますと付け加えていた、なぜなら、霜降りができなくなるからとのことであったのを、この記事を読んで思い出したからである。正に健康食品、サプリメント効果もあるということである。ついでに、日本で絵を描くクレヨンの「黄土色」はほとんどこの会社のリモナイトが原料だそうで、正に黄土色である。ある動物園でチンパンジーに絵を描かせようとクレヨンをもたせた所、黄土色のクレヨンばかりチンパンジーが食べてしまうので、動物園から大丈夫だろうかという相談があったそうだが、これも正に「黄土色」がリモナイトそのもので、チンパンジーはミネラルを摂取するつもりで食べたのだろうということであった、動物には食べていいものとそうでないものが判るのであろう。
 
 あくまで、一般論として書く、例えばである、仮にである、最近高齢者の登山が多く、また遭難事故も多い。それも単独で登る登山者が結構いる、ここ阿蘇山でも過去何度かそういった遭難が起きている。高齢で単独で登るのであればなおのことそれ相応の十分な準備が必要であるのにかなりいい加減な装備で登る人がある。動けなくってからイザ携帯で救助を求めてきて、曰く、携帯の電池が切れそうだからもうこれ以上話せない、というようないい加減な準備で登るとすれば言語道断だ。真っ暗な山道を何処に居るのか分からない遭難者を探す捜索隊の身にもなってみろである。そんなヤツは山に登るな。一般論である。どうせならAPRS無線機を携帯しろ、バッテリをちゃんと充電してだ。


平成27年10月24日(土)

 晴れ。今日も阿蘇谷は朝から深い霧に沈んだ
   最低気温 9.8℃ (04:53)、最高気温 24.5℃ (14:42)

 夏子は部活で登校。カミさんは高森でPTA関係の催し(熊本教育の日・阿蘇フォーラム)が有り太郎を連れて朝から出かける。そして、夕刻、カミさんと太郎は空港に寄ってカミさんの両親を出迎えて一緒に帰ってくる。
 
 そうなのである、カミさんの両親がやってきたのである、10日ほど滞在する。近々来るということは聞いていたが、まさか今日だとは昨日まで聞いていなかった(と思う)、わかっていればもう少し居住性を良くする準備をしたものを。とにかく散らかり放題荒れ放題の所にやって来た。まあ、カミさんとは実の親子関係だから小生が別に気を使うこともあるまい。
 
 両親がやってきたのは何年ぶりだろうか、婆様の葬式以来だろうか、太郎の生まれた時と同じ年だから、確かあの時以来かもしれない。子どもたちが大喜びだ、特に、太郎が、「おじいちゃん!、おちいちゃん!」とべったりである、お父ちゃんはしばらく楽ができる。

 我家は基本的にテレビは、特に小生は全く見ないので、無い。ただ、現在、居間に古いアナログテレビがあって地デジチューナー経由で一応は見られるようにしてある、子どもたちが時々見ている。義父が我家滞在中は、多分自分の家に居るのと違って、身の置き所が無くて、結局何もないところなのでテレビを見る以外することが無くなるかもしれない。それも、出来るなら自室(ゲストルーム)に引き取ってゆっくり見たいだろう。
 
 となると、もう一台テレビが必要になる。その解決方法が三つある。一つは、以前PCにデジタルテレビ用のボードを入れてテレビを見るようにしてあったので、そのボードを遊んでいる別のPCに載せ替えて義父の部屋で見てもらう方法。それから、作りかけの録画サーバーを完成させること、残りの一つは現在階下で使っている地デジチューナーを買う前に使っていて、壊れてどこかに放り込んである地デジチューナーを探しだして修理して、捨てないでとってあるもう一台のアナログテレビにつないで見る方法。
 
 一番目のPCのデジタルテレビボードは、見るたびにPCを起ちあげなければならず、面倒だろう、それに、またドライバーなどを入れなおさなければならなくなるので、とりあえずはパス。二番目の録画サーバーの完成は、小生自身がテレビに興味が無いためになかなか身が入らずにペンディング状態、今すぐにというわけにはいかない。ということで、カミさんたちが出掛けた後、急きょ、壊れている地デジチューターを修理することにして朝から取り掛かった。
 
 修理と言っても、別に原因は簡単なのだが、その修理が大変なので、ほぼ投棄状態にあったものだ。どこが壊れているかというと、アンテナの入力端子にアンテナケーブルのプラグの芯線が入った状態で完全に折れてしまってそれが取れないのだ、だからアンテナが繋げないのだ。
 
 チューナーユニットを基盤からハンダを吸い取って外してから裏からやればなんとかなるかなと思って分解した所、これは当然中国製で、コストダウンのために、アンテナ入力端子はネジ止めになっておらず、分解でない。裏から細い針金を突っ込んで芯線を出そうとしても全く出来ない。結局、表から少しずつ孔を掘って、ようやく芯線が頭を出したところを引っ張りだした。結局分解などせずに最初からそうすればよかったのだ。
 
 次に、ACアダプターが無い、リモコンが無い、でまた屋根裏に上って引っ掻き回してようやく見つけることが出来た。ああ、これで無事完了だなと思ったら、リモコンの中が乾電池の液漏れでグザグザに錆び付いている。なんとかサビを落として、サビでスプリングが無くなって出来たスペースにアルミホイルで隙間を埋めるなどして、ようやく地デジチューナーが復活した、完全に半日仕事になってしまった。(写真1写真2写真3写真4
 
 ああそうだ、上に書いた三つの解決法の他にもう一つあった、新しいテレビを買うこと。だが、これは金輪際、無い!少なくとも小生の目の黒いうちは絶対に無い。現在でもロクに見もしないのに、地デジとBSの受信料を払っている、年間にするとバカにならない金額である。小生はNHKとの受信契約をやめたいと思っているが、NHKはなんだかんだと言って解約に応じないらしい、スマホでワンセグテレビを見ていると解約できないそうだ。この地は電界強度が弱くて窓際でかろうじて見られるくらいだから解約できそうなものだが、都市部に出掛けた時にはスマホでテレビが見られるから駄目だという(と思う)、普段でもスマホでテレビなんか一切見ないのだが、受信できる機能があるだけで駄目だというらしい、ということはアンテナを撤去して、ワンセグ機能のない携帯を買えば大威張りで解約できるかもしれないがそこまでは面倒だから結局無駄金を払っている。
 
 おい、これからもテレビは絶対見ないぞ、別にやせ我慢でなく、全く見る必要が無いから見ないのだ、見て欲しければ鑑賞に値する番組を作れ。
 
 いつもなら、アゼリアの温泉に行くところだが、生憎ずっと修理中で(どうやら11月には復旧するとか)、かんぽの宿の温泉に案内して、賑やかに歓迎の御膳を囲んだ(食べ終わるころ気がついて写真を撮った、食卓はもうちょっと賑やかだったのに・・・)。


(一昨日の日記、日本リモナイト見学会等の写真をアップした。)


平成27年10月23日(金)

 晴れ。
   最低気温 9.9℃ (05:21)、最高気温 24.2℃ (14:45)

 一の宮保健センターで阿蘇市の健康推進員の研修会があった

 今日はアブラムシが空が真っ黒になるほど翔んでいた、毎年今の時期になると翔ぶ、何の虫だろうと思って十年ほど前に研究機関に持ち込んで調べてもらったことがある、これとはちょっと種類が違うようだが、このアブラムシを雪国では雪虫という、雪が降り始める季節になると翔ぶからである。目や口を開けていられないほど沢山のアブラムシが発生するのである、このアブラムシはバラなどにいるアブラムシだと思うが、これがどうしてこの時期になると大量発生するのであろうか。

 昼過ぎ、用があって阿蘇に上がってきたJLZ局、御入来。

 ここ数日大人しかった阿蘇中岳、日が落ちるころ眺めたところ噴煙が上がっていた。今日もPM2.5のやつで視界が悪かった。本家本元ではもっと大変な状態なんだろうけど、あの国の民はよく黙っているものである。

 晩飯担当。煮込みハンバーグ、コーンポタージュ、カップグラタン


平成27年10月22日(木)

 晴れ。
    最低気温 10.4℃ (05:20)、最高気温 21.4℃ (13:14)

 今日の日記は何処から書き始めたら良いか非常に迷う。「お題」は「リモナイト」である。阿蘇カルデラの古代史、阿蘇谷ではカルデラの東側になる手野や北坂梨一帯は綺麗な湧き水に恵まれてしかも地形が扇状地であるために稲作に適していて自然にそこを中心に集落が出来、豪族が出現していっただろうと考えられている、それに対して阿蘇谷の西側地帯は湿地で赤水という地名があるように水質も悪く、いわゆる不毛の地であったろうと考えられていたが、近年、偶然にその場所で大きな集落跡が発見されて夥しい鉄器((鏃(やじり)や?(やりかんな))が出土した。これは黒川沿いに洪水対策で遊水地を造成する際に発見されたのだが、扇原(おおぎばる)、下扇原(しもおおぎばる)というところである。
 
 従来、鉄器は大陸から北九州にもたらされたと考えられているが、ここ扇原、下扇原集落跡からは福岡や佐賀で発掘されるものより遥かに大量の鉄器が出土したそうである。それでもしかしたら福岡から来るよりも阿蘇谷で鉄器が作られていたのではという説が生まれてくるわけであるが、邪馬台国九州(阿蘇)説の大きな理由の一つにもなっているとか。
 
 そこで、リモナイトが登場するわけであるが、リモナイトとは「阿蘇黄土」とも言われて、早い話が「鉄の玉子」のようなものである。褐鉄鉱とも言われて、これが、気の遠くなるような長い年月をかけて地中で高圧のもと出来る鉄鉱石の初期の姿であり、紛れも無い鉄の原料なのである。これが弥生時代に阿蘇谷の西側で鉄器が作られていたのはという仮説が生まれる元になったのであるが、普通の製鉄は砂鉄などを原料にして高温で作られるがこの褐鉄鉱は砂鉄を精錬するよりも低い温度で作ることができるそうである。またこのリモナイトはベンガラの材料にもなり、防腐剤や装飾用の顔料として古代珍重された。徐福が不老不死の薬、「丹」を求めて日本にやってきたが、丹こそこのベンガラである。
 
 このリモナイトを作っていると言うか採掘している会社が阿蘇にあって、株式会社日本リモナイトと言う。この会社の前身は、戦時中に鉄が不足した時代、ここで採掘したリモナイトを八幡製鉄所に運んで鉄を作っていたこともあるそうである。
 
 このリモナイト、が近年脚光を浴びるようになったのは、鉄やベンガラの原料だけでなく、ガスや有害物質を吸着する能力に優れていて脱硫剤になったり、また鉄分以外に天然ミネラルが含まれていて、飼料の添加物や健康補助食品、つまりサプリメントになるかと思えば、土壌改良用に使われたり、また水質浄化にも使われているそうである。数え始めたらきりがないほどの利用方法があるが、インターネットで検索するといくらでも出てくる。
 
 普通、鉱山というと(この日本リモナイトも鉱山の認可を受けているレッキとした鉱山である)、埋蔵鉱物を掘り尽くすとそれで終わりだが、このリモナイトの埋蔵量は無尽蔵なのである、阿蘇山がある限り、地下から地下水に溶け込んで蓄積され続けるのである、これが素晴らしいではないか、まさに火山の恵みである。そしてこの日本リモナイトという会社、阿蘇でも、あまり知られていない、超優良企業でありながら非常地味で控えめであまり表に出てこない不思議な会社である、えっ?これが本社屋?まるで現場事務所のようなところがどうも本社のようなのであるが。
 
 阿蘇文化調査研究会のフィールドワークで今日その見学会があった、これが今日の主題である、なんとも遠回りをした、それだけ、この日本リモナイトという会社、そしてリモナイトは奥が深いのである。(写真

 阿蘇文化調査研究会 日本リモナイト見学会 連続写真(1/2)
 阿蘇文化調査研究会 日本リモナイト見学会 連続写真(2/2)

 ボンの首輪が切れそうになっていたので新しいやつを買ってきて取り替えた、ボンのやつ、力があるのですぐに駄目になる。

 我家の田んぼを作ってくださっている志賀さんが今年の米を持って挨拶に来られたが、もう歳で米作りも体が言うことを聞かなくなって耕作面積を減らすことになったので我家の米作りも今年限りにしてくださいということであった。ホンの猫の額ほどの田だか来年から休耕にするか、自分でやっても良いが、一番は「水」をどうするかだ、これが解決できないと無理だなあ。

 晩飯を担当。イカとサトイモ、ダイコン、人参の煮物。    豚肉のムニエル、出汁巻玉子


平成27年10月21日(水)

 穏やかな秋空が続く、今日は日中、ちょっと暑かった。
    最低気温 10.0℃ (04:19)、最高気温 24.0℃ (13:40)

  昼前、草刈りをする。

 先日太郎用に頂戴した自転車、サドルを目一杯下げても足がちょっと届かなかったが、今日よく見たらまだ30ミリくらい下げられそうなので、下げられるところまで下げて、ついでにペダルを外してやった、こうしてやるとペダルが邪魔にならず、蹴って少しずつ進んでいるうちにバランスがとれるようになって早く乗られる用になる。保育園から帰って早速試乗していた、なんとか大丈夫そうだ。

 このLL尺の、使い方は良いとして、理屈(原理)がワカランなあ<http://nikomat.org/priv/unplugged/index.html>、対数はようやく分かるようになったがこれはサッパリだ・・・・(このページだけでまた一週間くらい楽しめる・・・負け惜しみ)


平成27年10月20日(火)

 晴れ。
   最低気温 7.5℃ (06:30)、最高気温 24.1℃ (14:06) 

 本日随分久しぶりに肉体労働をした。午後から刈払い機の燃料タンク一杯分の草刈りをする。

 昼前、山下OM御入来、AJY局の手術が非常にうまくいって順調に回復に向かっているそうである、祝着祝着。

 昨日日記に書いた今回の入院費についてちょっと調べてみた。日本の医療保険制度は、被用者保険(組合健保や協会健保)、国民健康保険と75才以上の高齢者が加入する「後期高齢者医療制度」とに分かれている。小生は後期高齢者の少し手前の前期高齢者である。この前期高齢者とは65歳から74歳までの者を言うが、医療保険制度では、特に前期高齢者医療制度というものは無くて、被用者保険か国保かのどちらかに含まれている、何が違うかというと、簡単に言うと、窓口で負担する本人負担額に違いがある。年金の支給開始年齢が少しずつ引き上げられるようにこの負担額も70歳に到達した時期によって負担割合に違いがあるようだが、小生の年齢の場合は有り難いことに本人負担額は一割である。ということは、今回の本人の窓口での負担額から逆算すると、一週間近い入院と手術で500,0000円近い医療費が掛かったということだろうか、いやいや大変な額である。日本の医療財政が逼迫するわけである。この他に、この先、体が不自由になると、今度は介護保険のお世話になることになる、今回のようなことでもなければ改めて医療保険制度について知ろうとする機会がない、日本の社会保障制度は前途多難である。努めて健康管理には注意をしなければならないと思った。

 「蕎麦処阿蘇の風」がホームページをリニューアルした、プロの手になるホームページだけあって素晴らしい、しかし作った仏に魂を入れるのは蕎麦屋のオヤジだ、これはゴールではなくてスタートだ、阿蘇では作るだけ作って作りっぱなしの公的ホームページがいくつもあるから、そうならないように健闘をお祈りする、小生のリンクのページも新しいURLを貼り直しておいた。


平成27年10月19日(月)

 晴れ。
  最低気温 6.8℃ (05:44)、最高気温24.0℃ (14:24)

 朝一番で退院後初めて、熊本市民病院に行ってきた。今朝はいつもとちょっとコースを変えて西原村を通っていったが、どこを通ってもあまり変わりは無い。9時半の予約だったが一時間近く早く着いて、その分早く診てもらえた、ついでに、退院日は会計が休みで入院費を払わずに退院してきたのでそれも一緒に払ってきた(隆一さん、払ったからね、保証人の責任はもう終わったからね)。6日間の入院で手術料込で48,300円也、日本の医療保険制度は本当に有り難い。この本人負担額についてはちょっと調べたいところがあるので、確認してから改めて書こうと思っている。
 
 手術では鼻の中をちょっと縫ったようで、今日抜歯をしてれた。落ち着くまでもう暫く掛かるだろうからと三週間後にまた行くことになった。必ず次回の予約を取ってくれるので無駄な待ち時間がなくて助かる。

 病院の帰りに光の森に寄って映画を観てきた。ほとんど予備知識がないまま「ジョン・ウィック」という映画を見た、ストーリーはロクに読まなかったが映画評で星の数が多かったようだったし、主演のキアヌ・リーブスを褒めていたので、面白かろうと思って観たが、まあなんというかハードボイルドとでも言うのかちょっとコメントのしようの無い映画だった。

 最近眼鏡のレンズに傷が沢山ついて見にくいのに加えて前回(2009年8月)作ってからもうかなり経っていて度も変わっているかもしれないので、映画が始まるまで時間があったので映画館のすぐ近くにある「眼鏡市場」で新しい眼鏡を注文してきた。遠近や乱視が入っているので出来上がるのに一週間ほどかかるそうである。小生はメガネの業界は競争原理が働かないのか、あるいは闇カルテルでも結んでいるのか、物みな低価格化が進む時代に眼鏡だけは昔から一向に安くならないのにいつも腹を立てていたところ、「眼鏡市場」という眼鏡屋が出来て価格破壊的に安く売っているのでもう何度かここで買っている、レンズはメーカーものなので、価格の差があるとすればフレームだろうか、小生にはファッション系のブランドなどというものは全く通用しない、小生はフレームはオーソドックスであればどこでも良いのだ。特に、近年は顔の形や眼の細さにお構い無く日本人には似合いもしないのに細身のフレームしかないので昔ながらの丸いフレームを探しているがあまりない、この店にはまあまあの丸いフレームがあるので、ここ何代か同じフレームで作っている。今回眼鏡を新調した大きな理由の一つに度がちょっと合わなくなって日常生活では全く不便を感じないが、計算尺の目が見難いので、より良く見るようにという理由があるのである。

 今日、古閑医院に寄って我家の四人分のインフルエンザワクチンの予約をしてきた、九州のワクチンの半分くらいは化血研で作っているそうで、その化血研のワクチンが国に認証された製造法と異なる方法で作られていたことが分かって出荷停止になっていて需要期にワクチン不足が起きるかもしれないということだったが、今のところは大丈夫だとのことであった。今年のワクチンは従来三種類のインフルエンザに対応するようになっていたものが四種類のインフルエンザに対応できるそうである。、

 隣で勉強をしていた娘が、「お父さん、サンシヤダムねサンシャダムね」と訊く。「なんだそれ?」と言って前後の話からどうも三峡ダムの事を言っているらしい。「そんなもの三峡ダムと漢字で書いておけ」と言ったところ、「学校ではカタカナで教えているから漢字では書かん」、と言う。それでネットで調べたところ、インターネットの質問コーナーでも「教科書にはサンシヤダムと書いてあるんですが、社会の先生はサンシャダムと言います。正しいのはしや?しゃ? どっちが正しいんですか?」とあった。あちらの言葉を日本語でいくら「らしく」発音しても決して正しい標記は出来っこないのだからどうしてわざわざサンシヤダムとかサンシャダムなんて言うんだ、文科省の指導要領にそうあるんだろうが、じゃあ、学校では習近平をシー・チンピンと向う読みで教えているか、韓国が要求するのなら分かるが漢字の本家の中国がそんな注文はしないだろう、「三峡ダム」は「さんきょうダム」で良いんだ、漢字は表意文字であって表音文字ではないのだから。文科省はロクでもない役所だ。もしかしたら某朝日新聞はそういう標記をしているのか?ついでにこれは本当にあった話だが、習近平を英語表記で書くと「Xi Jinping」と書くらしい、それをインドでアナウンサーが「イレブン・チンピン」と読んだそうだ。「Xi」をローマ数字の「11」だと思ったのだそうだ。「ギョエテとは俺のことかとゲーテ言い」


平成27年10月18日(日)

 晴れ。気がつくと、ここのところの朝晩の気温の変化で村の木々も紅葉を始めている
   最低気温 6.3℃ (06:37)、最高気温 25.7℃ (15:19)

 「交流の家はみんなの広場」という催しが青少年交流の家で開かれ、今年はオープニングとエンディングで一中の吹奏楽部の演奏があった。昨年、一昨年は小生が子どもたちを連れて行ったが今年はカミさんが家にいたので、太郎は母親と姉の演奏を見物にでかけた。夏子はまだあまり上手く吹けない(と思う)ので、小生は今年は留守番をした、来年、もっと腕を上げたら見に行こうと思う。

 交流の家は阿蘇山の麓にある、その阿蘇中岳、今日も真っ黒な噴煙を上げていた、噴煙が黒ということは火道の外壁を削っているそうだから、また穴を太くしているのか、別の火孔を作りつつあるのだろうか。
 
 今日も本読んだり、計算尺で遊んだり。頭の体操にこれほど面白いオモチャは無い、いまだに飽きることを知らない。今欲しい計算尺が二種類あるがなかなかオークションに出てこない。別にコレクターではないので、珍品を狙っているわけではなく、使うために欲しいのだが、このタイプはなかなか出てこないらしい。

 昨日の日記もあっさりしていたので、小生はてっきりアップしてあったと思ったら、今朝方、寺さんが「どうかした?」とLINEで言ってきたので、何のことだか分からずに、何が?と問い返したところ、昨日の日記のアップが無いから突然死でもしたかと思ったということで忘れたことに気がついた。便りがないのは良い便りと言うが、こればかりは、逆である、確かに小生も、友人のいつもアップしている日記がアップされていないと何かあったかと心配する。小生が独居老人ならこれほど確実な生き死にの確認方法は他に無いだろう。今日は早々とアップしておこう。


平成27年10月17日(土)

 穏やかな秋晴れが続く、もう何日続いているのだろう、この先いつまで続くのだろう。空気が乾燥しているせいで、ここのところあちらこちらで林野原野火災が発生している。
     最低気温 8.3℃ (06:28)、最高気温 23.0℃ (14:15)

 終日読書などをして過ごす。
 
 三人は夕方から夏子のピアノレッスンで熊本方面にでかけていった、また遅くなるのだろう。


平成27年10月16日(金)

 晴れ。今朝雲海が出た
   最低気温 7.2℃ (06:53)、最高気温 22.7℃ (13:22)

 さあ、休暇は終わりだ、来週から一生懸命に働こう。

 JRの「ななつ星」が開業以来二周年を迎えて、相変わらず人気は継続中のようだ、今日は保育園から宮地駅に歓迎の旗振りに出掛けた。今回は阿蘇駅の次に宮地駅にも停車するのかなと思っていたら、どうも駅を通過する列車をホームから皆で手を降って見送っただけだったようだった、なんじゃい、とう気がしないでもないが、まあ、皆で「ななつ星」を見学しに行ったと思えばいいか。かく言う小生、まだ開業以来、一度も目にする機会がない。陸橋の上などから遠景として眺めてみたいとは思っているが、わざわざお金持ちが車内からガラス越しに見物に来ている平民を眺めている位置関係では見たいと思わないが。

 今日はモデムの調子が徹底的に悪かった、原因を特定しようと思ってもさっぱりわからないようなエラーの起き方だった、NTTでもプロバイダーでも無いとすると一体なんなんだろう。

 羨ましい(PDF)


平成27年10月15日(木)

 晴れ。穏やかな高い秋の空に今日も量はそんなに多くなかったが終日噴煙が昇っていた
   最低気温 7.2℃ (03:30)、最高気温 21.6℃ (16:19)

 今日も外作業はせず、無気力からではなく、座り道楽の方が楽しいからである、今週は外は無しだな。


平成27年10月14日(水)

 晴れ。放射冷却でぐっと3℃台まで冷え込んで、反動でぐっと気温が上がる、穏やかな一日だった。
    最低気温 3.7℃ (06:29)、最高気温 24.0℃ (14:53)

 昨日も書いたけど、昨日の気象庁の噴火停止の発表は何だったんだ、今日もちゃんと「いつもどおり」に噴火しているではないか

 今日も外作業はしなかった、これは昨日までの無気力からくるものではなく、ここのところ気温の変化が大きくて、その動きはやはり時系列で捉えたほうがわかりやすいだろうと思って、もうだいぶん前から止まっていた風師庵気象観測装置のグラフ表示の障害の回復作業をした。

 あまり原因は分からないが、どうやら復旧したようである、ちょうど昼頃から動き始めた記録がグラフに表れている
 
 AJY局(新聞に氏名が載っていたので匿名表示はやめる)、昨日のニュースでは大した怪我ではないようなことであったが、今朝の新聞によると脳ヘルニアだそうだ、心配である。



平成27年10月13日(火)

 今日は穏やかな秋空が広がり昨日までの寒さは遠のいた、昨日から勢いで穿いていた股引が流石に今日は暑苦しかった。
    最低気温 8.4℃ (05:17)、最高気温 18.7℃ (14:33)

 イカンイカン、入院で完全に怠け癖がついてしまった、全く何かをしようと言う気が起きない、尻に火でも点くようなことでもなければこのままいつまでもズルズルと行きそうだ。

 今日はネット転載の記事ばかりだ。
 
 これは、確認したわけではないが、おそらく間違いないだろう、でも良かったなあ、危うく大空に散るところだった、大した怪我ではなかったようなので見舞いはご無礼申し上げるが、もうそろそろ潮時だろう。
 
 入院前日に見たNHKスペシャルのカルデラ噴火のCG、大迫力だなあ、画面上が東だとすると、我家はちょどこの辺りか、このくらいの規模の噴火となったら時間の問題でいずれ日本は全滅だろう、我々は即死だろうからじわじわ来る苦しみは味わわなくて済むなあ。

  福岡管区気象台が「先月14日以来続いてた阿蘇中岳第一火口の噴火について、きょう、噴火が停止したと発表した」そうだ。そんな程度でわざわざ発表するものなのか、停止したと言い切れるのか、ちょっと止まっているだけとどう違うのか、ちょっと止まるのなんか何度もあるだろうに。しょっちゅう「禁煙した、禁煙した」と威張って、すぐにまた吸い始めるのと似たようなものだろう。


平成27年10月12日(月) 体育の日

 曇り
   最低気温 6.1℃ (02:28)、最高気温 16.6℃ (14:32)

 今日は最低気温もさることながら、日中の気温がずっと低めで、長袖の下着では間に合わず、とうとうセーターを引っ張りだして着たりしたが、それでも落ち着かないので夕方になって、とうとう今シーズンはじめてストーブを焚いてしまった、子どもたちが帰ってきて大喜びだった、こんなことならもっと早い時間から燃やせばよかった。と思ったところ、焚くのはちょっと早すぎたようだ、日中の気温も昨日と同じだった、すぐに暑くなりすぎてこんどは着ているものをどんどん脱いでいった。

 昨日病院から帰ってくる車から村の区役の草刈りをやっているのが見えた、小生が入院中だと分かっていたと見えて召集は無かったが今日も引き続き作業をやっていた、体力は十分だが鼻の傷口が完全に塞がっていないので今回は申し訳ないがパスということに。

 最近、Amazonに対抗して、ヨドバシドットコムが驚異的な急成長という記事(PDFファイル)を読んだばかりだが、今日、そのヨドバシコッドコムから注文してあったスマホの電池が届いた。Amazonは外国資本で儲けは全部アメリカに持っていかれるのだろう、どうせなら日本資本に頑張ってもらわなければ、バイジャパニーズだ。


平成27年10月11日(日)

 雲が多かったが概ね晴れ(朝ちょっと降っていたなあ)。
    最低気温 12.8℃ (00:31)、最高気温16.6℃ (15:06)

 入院中、ちょっと噴火している様子をカメラを通じて見ていたが、今日は穏やかだった、今日のこの写真、あたかも噴火しているようだが、たまたま見た時に上空の雲と穏やかな噴煙が一体化したものである。

 阿蘇は寒いなあ、室温が20度を下回ってくるとまだストーブを焚く程でもないが、じっとしていると寒いので股引をひっぱり出して穿いた。稲刈りが終わった田んぼがまた青々としてきた、樹木が、主にクヌギなどの落葉樹だが倒れた後、切り株からまた芽が出てくる、これをヒコバエと言う、稲のヒコバエのことを何とか言ったなあと思って引いたところ、「」(ひつじ)と言うことを思い出した、秋の季語にもなっている。この」、寒くなってやがて枯れてしまうがもし条件が整えばまた穂が実るだろうか、毎年この時期になると考える、そんな季節が今年もはややって来た。

  蛇足、このひつじという漢字、「櫓(やぐら)」という漢字とは禾偏と木偏でちょっとだけ違う、先日掲示板に書いた「天、勾践・・・」の会稽の戦いの「稽」にもちょっと似ているがこれとも違う、文字変換でソフトによって認識する場合としない場合がある、小生が日記に載せるときには認識しているがアップして人の目に触れる際に「?」に置き換わっているかもしれない、一般の文字変換(第二水準?)には無い漢字のようである、Unicodeでは在る(禾偏に魯)。その流れでまた書くと、最近中国の特に人名・地名で簡体字は日本の一般活字にはないので(デジタル版の)新聞などに書く場合、例えば、深センを(土ヘンに川)などと一生懸命向こうの文字で書いてあげようと気配りをしているが日本に無い文字をわざわざ手間ヒマ掛けてまで説明してやることもないだろう、外国語はカタカナで書けば良いのだ、特にあの国にそんな気配りなど不要だろう。普段でも漢字で書いたほうが、しかもそのほうが圧倒的に理解出来るのに、常用漢字にないからと言って、熟語の一語をひらがなで書く新聞がどうして、そこまで日本の文字でない字を忠実に伝えようとするのか。

 一週間近くも入院して、退院してまだ一日しか経っていないのに入院のことはもう殆ど記憶の外だ、ずっとその間切れ目なく今までの毎日が続いていたような気がする、別に麻酔の後遺症では無いだろうが、まさに「邯鄲の夢」だ。体力が消耗するような病気ではなかったので、全く体力の衰えなど無いのだが、要は怠惰だ、今日は休養日ということにして終日ゴロゴロして過ごした。


平成27月10月10日(土) 

 少し雲が多かったか。

 病院は土日は休診日で会計業務が無いので、土曜退院の場合、入院費の精算はどうするのかなと思っていたら、概算計算書が届いて、今度外来に来院の際に支払ってくださいとのことであった。なんとも鷹揚なものである。「食い逃げ」などは想定していないのかなとも思ったが、考えてみたら、健康保険証で身元はガッチリ把握されているし、連帯保証人殿もおいでなのでその点は全く心配が無いということなのであろう。

 カミサンは医療保険に加入していると思う、小生も昔は加入していた、その医療保険で白内障の時はオツリが来たような記憶がある。しかし今の小生の年齢では医療保険に入ると月々の保険料が馬鹿にならないので、もう数年前から入っていない。そもそも医療保険で得をする人は加入者中ホンの一握りで、大部分の人は損をしているのである、それが保険のシステムなのである。掛かった医療費と保険金だけで損得勘定をするから儲かったと思うが、それまでに払い込んできた保険料を考えたらペイする率は極めて低いのである、保険会社はちゃんとその点を考えて保険料率を決めているのだから、素人がプロに敵うわけがない。保険会社の営業妨害をするわけではないが、日本はちゃんと健康保険制度が整っているので改めて医療保険なんかに入る必要は無いのである(と思うが)。
 
 事実、今回、どのくらいの入院費が掛かるのだろうかと少々心配していたが、さすが世界に冠たる日本の皆保険制度、概算額を見て安心した、本当に有難いと思う。もっとも小生のような健康優良爺は毎月納付している国民健康保険税の納付累積額はそれ以上の額になるとは思うが。

 朝の検温の時に看護師さんが腕の認識票をハサミで切ってくれた。まだ午前中の診察とネブライザーが残っているが、もう番号で管理する部分はなくなったということであろう。長い苦しい入院生活を送ってきた人にとってはこの瞬間はうれしいに違いないだろう、小生のような病気のうちに入らないような入院ではそういった感慨は特に無い、このテープは記念に貰ってきた。

 朝食後しばらくして最後の診察があり、少し痛い目をして今回の入院治療はめでたく完了、その後、退院後の療養計画書をもらったが、退院後に外来に通院する日時の指定あるのみで、その他の記載一切無し、そう言えば入院中、一度も薬を飲まなかった、必要なものは点滴で投与されたのだろうか、退院に際しての薬の処方も一切無し、日常特にどうしろなどという指示も全く無し、もともとその程度の病気だったのだろう、入院中、周囲を見渡すと苦しい入院生活を強いられている患者さんも結構見受けられた、小生のような病気ともいえない程度の物味遊山的入院患者は早々に立ち去れい!というところだろうな。

 最後の昼食を食べて我がリフレッシュ休暇も終わった、迎えに来てくれたカミサンと太郎と久しぶりに熊本市民病院に別れを告げて我が家に戻った、土曜日でナースステーションもいつもより静かだった。同じ日に入院して同じ日に退院するお向かいのベッドのTさんのご一家とエレベータが一緒だったようで、二組の家族が同時に病室に入ってきて賑やかだった。(写真1写真2写真3写真4

 一般勤労者は休んだ分のツケが退院後に回ってきて忙しくなるだろうが、そこは毎日が日曜日の有難い身分、のんびりと日常生活に戻ることにしよう。さしあたって薪材が積んである周辺の草刈は急いでやら無くてはならないだろうな、冬はもうそこまでやってきている、久しぶりに戻ってきた阿蘇、風が冷たくなっていた。

 掲示板を通じていつもの皆さんからたくさんの見舞いのメッセージを頂戴した、ICTは素晴らしい。

 夕方、忠利さんが愛娘のサッちゃんを連れて、使わなくなった自転車を太郎用にと届けて下さった、夏子が覚えたのは何歳の時だったかなあ、自転車の覚え方、補助輪など付けないで、(邪魔になるので)ペダルを外してサドルに跨って自分で地面を蹴りながら少しずつ進む訓練をするとバランス感覚が早く身につきやすい、夏子の時も直ぐにマスターした。少し落ち着いたら特訓をしてやろうか、でも太郎のやつは臆病だからなあ。(写真1写真2

 娘とカミさん、夜、ピアノレッスンで熊本方面に出かけて行った。


平成27月10月 9日(金) 

 晴れ。

 風師庵測候所では今朝最低気温、5.7℃を記録した。下界だともう冬の気温だ、帰ったらいよいよ冬支度をしなければ。

 朝食後、手術後初めて風呂に入った。療養計画書には今日はシャワーのみ、と書いてあったが、洗髪可とあったので、じゃあ入浴とシャワーとどう違うのかと尋ねたところ、多分、しばらく入っていなかった所に手術後、急に風呂に入ると血圧が関係するからではないかな、というようなあまり説得力が無い回答だったので、それじゃあ個人差の問題だなと勝手に解釈して注意書きを無視して浴槽にどっぷりと浸かった、久しぶりの風呂、頭も洗って無精ひげも剃って、気持ちがよかった。

 今日の病棟での定期診察で鼻の奥に血の塊が残っているのでと、またちょっと荒療治があって、痛い目をする、それでもまだ残っているので、昼から外来に来るようにとのことであったので昼食後、再度痛い目に会って帰ってきた。その場で主治医からいつ退院しても良いよ、と退院許可が出た、いつでもとは今日でもいいのかなと内心思ったが、居心地のいい病院、当初の予定では明日になっているので、と言って明日の午後退院することにした。カミサンの両親が小生の入院を知って成田山の病気平癒の御守りを送ってくれたので有難く枕の下に敷かせてもらったがその御利益もあって順調に経過したのだろう。

 明日、小生と同期のお向かいのベッドのTさんも退院だ。今日、昨日退院されたKさんが居た窓際のベッドに新しい患者さんが入ってきた。昨日と今日の窓際のお二人、我々の病気に比べると少々重病のようだ、今までと違って重い空気が漂う。

 夕方、手術が終わったそのうちの一人の患者さんがストレッチャーで戻ってきた、そう言えば、小生の手術の時、手術が終わって、「目を覚ましてください」という声で覚醒したのは覚えているが、次の覚えているシーンは病室に戻ってベッドに寝ているところからだ、カミサンが戻ってきた小生を撮っていたのは覚えているが。手術時、パンツ一枚の姿だったのに寝巻きを着せられて、ストレッチャーに乗せられてエレベーターに乗って戻ってきたことを全く覚えていない、そういうものだろうか。とほぼ同じ時間帯に手術を受けた向かいのベッドのTさんに、どうでした?と尋ねたら、ああ、そうだなあ、言われてみて、自分も同じだなあと言っていた、そのやり取りを聞いていた看護師さんが、私がストレッチャーに付き添って病室まで戻ってきましたが、途中ちゃんと話をしていましたよ、と笑っていた。

 カミサンが、今日は太郎の保育園の遠足(カドリー)で昼過ぎに解散するから、それから太郎と来る(夏子は部活)と言うのを、どうせ明日退院だから来なくていいと言ってあったのに来た、どうもそんな予感がした。太郎は一目、お父ちゃんの顔を見て安心したのか、すぐにもう帰ろう、と言って、すぐに帰って行った、少々拍子抜けだった。

 いよいよ楽しいお泊り旅行も今夜限りだ、一月ぐらいは入院していたかった。

 病院食のこと、おそらく一食あたりの予算は少ないのだろう、肉らしきものあまり無く、魚類が多いようだが、調理によく工夫がしてあった毎食美味しかった。病院食は塩分が少なめだが、それでも我慢できないほどの少なさではなかった。作る立場で一食ずつ吟味しながら美味しく食べた。(写真

 朝食  昼食  夕食



平成27年10月8日 (水) 

晴れ。

 いよいよガーゼ抜去の日。手術で鼻の穴から上顎洞に横穴を開けて中の膿汁を掻き出したわけであるが、その痕にガーゼを詰め込んで止血などをしていたやつを抜き取るのである。この処置がとにかく痛いらしくてあちらこちらでその話を聞いていた。その証拠に処置の前に座薬をいれることになっているそうである。痛みを和らげる薬だそうだが、どのように和らげるのかよく分からない。直接麻酔効果があるとも思えない。

 今朝のこと、午前九時になったら入れてくださいと、座薬を持って看護師さんがやってきた。自分で出来なければお手伝いしますよとのことであったが、この病院は妙齢の看護師さんばかりで頼むのは流石にちょっと、ということで、自分でやることにした、子供の座薬は何度も入れているが、自ら入れるのは初めてである。子供にやる時はペロッと舐めて滑りやすくしてから入れているので、今日も唾液を潤滑剤にして自分で挿入した、始めのうちはすぐに出てきそうになったが思い切って押し込んでうまく入れることが出来た。
 
 そして、10時半ころになって、そのガーゼ抜きが始まった。小生はおろか、医師も看護師も使い捨てのビニールの前掛けで体の前面を完全に覆う重武装で始まった、これだけの重装備だから相当量の血液などが飛び散るのだろうなあと思っていたら、近くにやってきた顔見知りの看護師さんが「いよいよクライマックスね」と冷やかして通り過ぎた。この少し前、診察室入り口で順番待ちをしていた女性は昨日ガーゼ抜きをしたそうで、頭の中をズーンと突き抜けるような痛さだったと言っていたので、おお、上等じゃねえか、やってやろうじゃやないか、絶対に悲鳴は上げないぞと、覚悟を決めていたが、結果、確かに痛かったのは痛かったが予想していたほどの猛烈な痛さはなく、無事にガーゼ抜きは終わった。後は朝晩二回のネブライザーをするだけだ、今日はネブライザー、最初だから看護師さの指導の下でやったが、これはいつも前の病院でやっていたので戸惑うことも無かった。

 昼前に窓際のKさんが退院していった、そして、少し前に退院したA君のいたベッドに新しい患者さんが入ってきた。

 病室のベッド周りの環境のこと。収納ボックスにテレビと冷蔵庫がついていて、カードを買ってきて使う。冷蔵庫は24時間100円、テレビは200円である。小生はテレビは見ないし、冷蔵庫でも特に冷やすものは無いのでカードは買わなかったが、手術中にカミサンが飲み物などを買ってきて冷蔵庫に入れるためにカードが買ってあった。それで冷蔵庫だけは使っていたが、入院以来、世の中、大きなニュースがいくつも入ってきている。TPPの大筋合意のこと、ノーベル賞のこと、内閣改造のこと、台風のことなどなど。テレビを見なくてもネットラジオを聴くからいいやと思っていたが、家ではWiFiで聴くので聴き放題だが、病院では結局インターネットで聴かざるをを得ず、格安SIMではすぐにいっぱいになってしまう。しかたなく有料テレビをみているがニュースだけしか見ないので勿体無いと思いながらテレビを見ている。

 ここのところ毎年ノーベル賞の時期になると文学賞で村上春樹が話題になる。言わずもがなを書いているのかもしれないが小生は村上春樹はスカン、断っておくとこれは小生の100%偏見であり100%食わず嫌いである、読んでもいないのだから、直感というか本能というか、あるいは雰囲気からくる生理的なものか、それだけで言っているのだ、これだけ多くの読者の支持を受けているのだから素晴らしい作品、作家なのだろうが、世間で騒がれると騒がれるほど読みたくなくなる、先日入院中にテレビで見たノーベル賞の受賞の報せをどこかに集まって待っているルキストといわれる人種を見て、こういった連中が好きな作家なんだ、やっぱりなあ、と改めてそう思ったのだ、そもそも小生はへそが曲がりに曲がっているので、タイミング悪く乗り遅れて皆がワッと騒ぎ始めてから読むのがキライで、そういう点では最近芥川賞を取った「花火」なんかも読まない、絶対に読まない、小生が読んだ本が後になって注目を集めると、ナ?と言う気なって気分がいいが。ハルキストの皆さんゴメンね。

 朝食   昼食   夕食

 後から書こうと思っていたが忘れるといけないので病院の感想を書いておく。標準化や情報の共有という面でいくつか注文点が無いわけではないが、ここは気持ちのいい病院でである、スタッフも設備もシステムも。また入院する必要が出てきたらここに入院したいと思う。ただ、昔は不親切の代表のようだった病院が最近ではどこでも親切になっている、少なくとも小生に縁のある病院はどこも親切である。それだけ病院も最近は経営が大変なんだろうな。


平成27年10月7日 (水)

 晴れ。

 ようやく明け方近くになって出血は止まりつつあった。昨夜は一晩中点滴、そして一夜明けて、短いやつを午前中に一本、それから夕方にも短いやつ一本で、今回の点滴は終わった、腕から点滴針を抜いて自由になった腕を見てしみじみと開放感を味わう。

 朝食には粥がでたが、昼には普通食、しかも大盛りに戻っていた、どんな境遇でもハラはへる、小生の健康のバロメータだ。

 隣のベッドのKさんが明日退院が決まったそうだ、約一週間の入院、小生を除く皆さん、副鼻腔炎ではないが入院期間が短くて明るい病室である。今日はKさんの生業ではないほうの道楽のソフトボールの審判員の皆さんが大勢お見舞いに来られたので記念撮影をした。

 救急救命士のMさん、気管挿管の実習のお礼に見える、こんどは小生が何時何処で気管挿管でMさんのお世話になるかもしれないのでうんと腕を上げておいてくださいと返礼した。実際に実習依頼があって承諾する患者さんの割合はどのくらいなのだろうか。

 夕食


平成27年10月6日 (火)

 晴れ。

 安眠す。朝4時過ぎに目が覚める(昨夜は10時消灯)、朝7時までに食べ終わるようにと昨日のうちに貰ってあった「術前食」を食べる。小さなパン二つとジャム、それとりんごジュース。この術前食を食べたおかげで手術前に水分補給の目的で3時間ほどかかる点滴が免除になった。小生、あの点滴というやつが苦手で、と言うほどやったことがなく、いつも人がしているのを見て持った感想だが、あれを引っ張ってトイレなんかに行っているが、針が外れないのかといつも心配する、小生の経験は内視鏡検査の際の寝た状態での点滴しか経験がないので今回の3時間あまりの術前点滴が無くなっただけでも体が午前中自由になるのでホッとする。点滴のチューブをぶら提げただけで病人になった気がするから、しないで済むだけ儲けもんだ。昔なんか点滴を打つなどということは非常な重病人だけだったが、今では実に簡単にすぐ点滴をうつ、小生は今の時代の点滴に対する捉え方の前の人間なので、点滴と言うだけで相当な重病と思ってしまうのだ。

 二三日前から少々「秘結」気味で、万一麻酔で括約筋が緩み失態を招くようなことになるのを恐れて何度もトイレに通って何とか腸内の滞留物の大部分を捻り出すことに成功したがまだ残糞感が残っている。

 今日は同室の高校球児のA君が一月あまりの入院で退院して行った、野球のボールを顎に受けて骨折したそうだが、闘病生活、さぞかし大変だったろう、その苦しかったことが想像できないほど笑顔が素晴らしい少年である。

 手術開始時間は当初予定では二時か二時半ころだと聞いていたが、お向かいのベットのTさんも入る時間が少し遅れて、そのせいで小生の開始時間も遅れているのかなと思っていたがどうも麻酔医師の手が空くのを待つためだというようなことを聞いた、それは実際に手術室に行って納得した。

 時間になって看護師同道で二階にある手術エリアにエレベーターで向かった。小生は手術室というのは、入り口に赤いランプがついた部屋がいくつか並んでいるのかと想像していたが手術エリアは非常に広いワンフロアにカーテンでいくつもの仕切りがしてあって、その各区画ごとに手術台があって無影灯があり、各種モニター装置類が置いてあってある種野戦病院のような雰囲気を呈していた。実際の野戦病院は知らないが、「生き死に」に直接向き合った緊迫した熱気あふれる現場という意味である。

 すでに運び込まれて手術を受けている患者のストレッチャーが入口付近に数台置いてあった。大きな病院になると各課で手術はあるのだろう、心臓だとか、脳だとかの極めてデリケート部位の手術でないのだから、たかが小生のような蓄膿症(副鼻腔炎)程度の手術ならこういった手術環境で十分なんだろう。

 小生、別に歩くのに不自由は無いのに、入り口で無理やり車椅子に乗せられて数メートル先にある手術台まで行った。そこには執刀医、麻酔担当医、手術室看護師などたくさんのスタッフが待機していてすぐに手術台に寝かされた。手術台は非常に幅が狭くて人間一人分ほどの幅しかない、患者にかぶさるようにして手術をするのに適した幅なんだろう、間違って落ちないようにベルトで体を縛りますとの説明だったが、麻酔の前にはそれがなかったから麻酔がかかってから緊縛したのだろう。

 手術台では寝巻きを脱がされてパンツ一枚のスッポンポン、手術台に横たわって周りを見渡すと、気管挿管の実習をする救急救命士のMさんも緊張の面持ちで控えていたので、思いっきりやってくださいと声をかけておいた。

 血圧測定のベルトを腕に巻いたり、血液の酸素濃度を測るやつを指につけたり、酸素マスクを被せられたりしているうちに、あっという間に奈落の底・・・・・・・・「目を開けてください」という声で目を覚ますと、もう手術は終わっていた。気管挿管の時と終わって抜くときのことは全く記憶に無い。
 
 時間を聞くと5時半だという、3時だったか3時半だったかから始まって5時半、二時間から二時間半の時間が瞬時に飛んだ。小生はもともと全身麻酔に対する不安というものが全く無い、万一目覚めなくても本人は全く分からないのだから、最近、これが「死」の極意ではないだだろうかさえと思っている。

 今日は手術に備えてカミサンが来てくれていたが、小生が手術室エリアに入るときに、付き添いはどこかで時間をつぶしておいてくれと言われていたので、だから家族の付き添いは要らないでしょう、家族が医療行為をするわけでなく、必要があるとすれば万一手術事故が起きた時に死に目に会えなくなるかかどうの違いだけでしょう、小生はその点はどうでもいいのだから、と付き添いの看護師さんに言う「病院としてはそうは行かないんですよ」と笑っていた。

 今日は保育園に事情を話して太郎を遅くまで預かってもらえるとのことだったが、それでも遅くなるからと病室に戻って落ち着いたとところで、カミサンを帰した。

 副鼻腔炎手術、全身麻酔のことばかりが術前に執拗に重大事のごとく扱われていたが、本当に大変なのは術後なのである。部屋に戻ってから、手術の跡は痛いし、頭痛はするし、鼻からの出血が止まらずに頻繁に詰め物を取り替えなければならないし、結局明け方になってようやく落ち着き始めるまで一晩中難行苦行が続いった、シーツも点々と地で汚した、小生は痛いということがどの程度の痛さなのか体験したかったので鎮痛剤をあげましょうかと言われたが辞退した、「戦艦大和ノ最後」を読んだばかりで、麻酔薬もなく足を切断するシーンが有ったのでその激痛とは較ぶべくも無いが、そのことがちょっと頭にあったのかもしれない。考えてみたらわずか一晩だけのちょっとした苦痛なのだ。


平成27年10月5日 (月)

 本日入院。最近は泊り掛けの旅行らしい旅行をしていないので、旅行気分の入院である。何もしないで上げ膳据え膳、術後が痛いらしいが、それは覚悟の上、入院生活を楽しむために道楽材料をたくさん持ち込んだ。荷物のかなりの部分が遊び道具である。九州地方は今週いっぱい良い天気が続きそうなので我家の家周りの心配など後顧の憂いなく家を留守にできる。

 カミサンに駅まで送ってもらって7:35発の豊肥線で宮地駅出立。午前9時すぎ、新水前寺着、市電で神水(くわみず)の熊本市民病院へ。手続きを済ませて入院病棟に「収監」、南病棟5階522号室、設計上は6人部屋のスペースに4人分のベッドしか置いていないので広々としている。早速手首に「認識票」を付けられる、最近時々ニュースになる患者取り違え防止のためだろう、このバーコードを点滴などの処置のたびに携帯用の端末で読み込むようになっている。

 病棟診察室で簡単な診察後、医師より明日の手術の段取りを聞く、その際、全身麻酔のために、呼吸が止まるので気管挿管をするが、医師立会いの下で救急救命士の挿管実習に協力してもらえるか、いやなら結構ですがと遠慮がちに訊かれたので二つ返事で応諾した。後から寺さんに聞いたら、彼も以前同意した事があると言う、我々のようなロートルは万一の場合もうあまりこの世に未練がないから簡単に引き受けるが、若い人はそうはいかないのだろうな、全身麻酔で不安なところに更に不安な気持ちになるのは嫌なんだろう、大いに分かる。

 不安といえば、病棟看護師、手術室看護師、薬剤師、麻酔担当医師、その前に入院に際して書く問診票、入れ替わり立ち代わり異なる職分の人がやって来ては、何度も同じ質問をする、不安じゃなかったのにかえって不安になってくるほどである。そのことをどなたかに話すと、申し訳けないと思っているが、万全を期すためだからとのこと、まあ、良しとしよう。

 それから70歳以上の人は、手術の際にふくらはぎを圧迫するストッキングを穿くように言われる。どうもエコノミークラス症候群予防のためらしい。一時間や二時間程度の手術に大げさだと思うが、全身麻酔をかけるとピクリとも動かず、血液の流れも遅くなるようで、用心のために穿くのだそうだ、そうか小生は高齢者だったんだ。

 この病院では患者ごとに担当看護師を決めているらしいが、その担当の看護師さんから昼食は全部食べられたかと聞かれたので、全部食べました、量が足りなくらいだったと、答えたら、晩御飯から大盛りにしてあげましょうと手配をしてくれた。更に、麻酔医の問診の際に手術は明日の2時過ぎの予定で、手術の数時間前から断食になるとのことだったので、ああそうですか、じゃあ、朝食抜きですね、結構です、と答えたところ、医師は指折り数えて、朝7時前までだったら、軽い食事OKですけど、食べますか?と聞かれたので、お願いしますと即答しておいた。なんとも食いしん坊である。


 多分、明日は痛くてウンウン呻っていて日記どころではないだろう。


平成27年10月 4日(日)

 昨日以上の穏やかな秋空広がる。
   最低気温 8.9℃ (05:53)、最高気温 25.1℃℃ (15:16)

 家族皆それぞれ休日を楽しむ、小生も同じ。今日はそれ以上のネタは無し。

 何年ぶりだろうか、見るつもりで見るテレビ、今晩はNHKスペシャルで火山をやるようだから見てみよう。


平成27年10月 3日(土)

 晴れ、抜けるような青空が広がった、風もなく、噴火もなく、外を走る車もコンバインの音もなく、静かな秋だった。明け方ちょっと寒いなあと思ったら、一気に8℃台まで下がった。
     最低気温 8.4℃ (06:53)、最高気温 23.1℃ (13:52)

 夏子は部活で終日登校。太郎は家で一人遊び、カミさんは・・・何をしていたかなあ、小生は道楽・・・今更ながら数学は面白いなあ、パズルだなあ、大昔、数学をパズルと思えたら進む道もまた違っていただろうに、後悔先に立たずだ。

 ボンに今季最後のフィラリアの薬を投与(5/5)、今月いっぱいで蚊は居なくなるだろう。


平成27年10月 2日(金)

 晴れ。昨日の天気が嘘のように今日は綺麗に晴れ上がった。ただ、風が西から吹いていて噴煙が高岳を覆い、仙酔峡の斜面を下っていた。ここには全くやってこないが麓の一帯は硫黄臭かっただろう。と普通、こういった場合、硫黄の臭いと言うが、正確に言うと硫黄は無臭だそうだ、言うなら、二酸化硫黄だ、そして硫化水素だ。(写真1写真2

    最低気温 15.4℃ (06:40)、最高気温 21.2℃ (15:13)

 今朝、天気図を見てみると、爆弾低気圧(といらしい)の気圧が958hPaまで下がっていた、台風と温帯低気圧は「大きさの違いではない」構造の違いだと言うが、今朝のラジオを聞いていたら、気象予報士などは「台風並みに発達した低気圧が・・・・」と言っている、これは大きさの違いとして捉えているではないか、だから低気圧に対する認識が台風より低く見る一因になっていると思う。

 今日も一日自己啓発と言う道楽。
 
 晩飯、ナスを豚バラで巻いて、メリケン粉を付けてフライパンで炒めてポン酢で食べるやつを作った。カップスタイルのグラタン、余ったナスとタマネギの味噌汁(写真) 今日の反省・・・メリケン粉をちょっと多く振りすぎた、それと塩が少し多すぎた。


平成27年10月 1日(木)

     最低気温 17.1℃ (06:17)、最高気温 25.3℃ (11:54)

     最大風速 14.8 m/s (17:22)

 更衣、太郎も今日から冬服である。太郎の悪友も冬服で登園していた。今年は気温が下がるのが例年より早そうで、今朝も違和感なく冬の園児服を着用した。

 レーダーを見ると、細かな雨雲が次から次にやって来ており、雨量は大したことはないが断続的に雨が降っていたので、その間隙を縫ってボンの散歩をした。11時近くなって日が差し始めたと思ったら急に風が強くなってきた、その後は台風並みの雨と風。

 台風でなくて低気圧と言いながらべらぼうに風が強い、確か定義があったな、と思って改めて調べてみた。

 よく台風が日本列島を通過した前後に聞かれる「台風は温帯低気圧に変わりました」という表現は、台風の強弱の変化を指す場合ではなく、台風の構造の変化を指す場合に使う表現なんだそうだ。具体的には台風の構造が、熱帯低気圧(tropical cyclone)の構造から温帯低気圧(extratropical cyclone)の構造へと変化した場合に使うとのことである。(小生はてっきり強弱で区別するのかと思っていた。)

 熱帯低気圧とは、熱帯または亜熱帯でできる低気圧で、熱帯は温度が高いため、海から大量の水蒸気が上昇するので、それで空気が渦を巻くわけで、そうしてできた低気圧が熱帯低気圧である。熱帯低気圧と台風は規模が違うだけで熱帯低気圧が発達して最大風速が約17.2m/s(34kn)以上になったものを台風と言う。

 対して、温帯低気圧とは、中緯度や高緯度に発生する低気圧のことを言う。日本付近では基本的に北へ行くほど温度が低くなる。南北に温度差があるので大気の状態は不安定になり、温度差を解消しようとして北側の冷たい空気と南側の暖かい空気が混ざりあおうとして渦が発生して発達する、これを「温帯低気圧」と呼ぶ。

 この温帯低気圧が発達してたとえ風速が 17.2m/s を超えてもこれを「台風」とは呼ばない(台風の定義に当てはまらないから)。しかもこの両者には、熱帯低気圧は名前の通り熱帯付近でできるので暖気だけでできているのに対し、温帯低気圧は温帯付近でできるので暖気と寒気の両方でできているという違いがある。

 また、熱帯低気圧は中心に近づくと急に強くなるが、温帯低気圧は一様に強い。そして発達した低気圧では、中心付近よりも周囲のほうが強いそうだ、だから移動していってもいつまでも強い風が続くわけだ、低気圧の中心はとっくに秋田沖に移動したのに外は更に荒れ狂っている。

 これだ、よく日本海側で急激に発達した低気圧で台風並みの強い風が吹いて船を沈めたり、家屋を倒壊させたりと大きな被害がでるが、今日の日本海側で急激に発達した低気圧がこれだ。
 
 ところで、一般には台風と聞くと大変だ、とばかりに身構えるが、低気圧というとそれほどでもない、でも低気圧でも台風以上の風が吹くのだから、最近ちょっとしたことで直ぐに警報や避難指示を出すほど気配りの親切の気象庁、この台風と低気圧の用語の使い方、プロだけが分かる使い方をしないで、もっと一般にわかりやすい伝え方を考えたほうがいいぞ。
 
 台風となる風速34knを計算尺で換算をしようとしたら、どうしても17.2m/sにならずに≒17.5m/sにしかならない、間違ったかなと思って電卓を叩いても同じだ、どうしてなんだろうか。

 年金の半分が今日入ったから、午前中、先月末、と言っても昨日だが、納付期限だった税金などを納付に行く、こういった税金、納付期限が過ぎると直ぐに延滞金が発生するのか思っていたら、いつだったかかなり先になるまで発生しないことを知って、それ以来律儀に慌てて期限までに納付しないことにしている。

 今晩も賄い方。カミさんは夕食後PTAの月例会議、毎月会議があるようだ。豚肉のムニエル、アンコールに応えて昨日と同じサラダ、豆腐と油揚げの味噌汁。

 昼はチャンポンを作る



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